表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

CROSS ROAD

CROSS ROAD 「約束の地」

作者: カリン

 この短編は『CROSS ROAD』本編の冒頭導入部か最後に置こうと書き出してみたものです。

 もっとも今は、現行の連載でいっぱいいっぱい、他にも小説の形になっていないものが多数あり、という有り様で、本編を書ける日が果たしてくるのか、それさえ怪しい感じとなっておりますが…… (^_^;)

 ともあれ、いつになるか分からないので、とりあえず短編の形で置いておこうと思います。このシーンだけしかないと、なんのこっちゃ……という感じですが、そこはそれご愛嬌ということで、大目に見てやって頂けるとありがたいです。

 あの、『CROSS ROAD』本編って、なんか、こんなような話なんです (^0^;



 男は一人、歩いていた。

 今にも意識が遠のきそうな、果てのない時を引きずって。


 くる日もくる日も一人きり、日々は永々と繰り返された。

 荒涼とした無音の大地に、見わたすかぎり、人影はない。

 彼方からの哀れみが、地表にそそぐ日ざしに紛れる。

『 これが、お前の望みだろう 』

 男は、ただ、待っていた。

 砂漠をさまよう旅人が、ひたすら水を求めるように。

 耳をすませば、聞こえるはずだ。

 風にまぎれて吹きすぎる、世界のかすかな寿ぎが。

 どこかで生まれる産声が。ひそかに芽吹く春の息吹きが。

 波ひとつない、静かな海辺の浜に立ち、男はただ待っている。

 凪の海に波が立ち、それがこちらへ渡ってくるのを。

 この手に、再び還るのを。


 

 貝殻細工の風鈴が、あるかなきかの風に揺れた。

 吊るしのシャツの袖がなびく。昼さがりの店は無人で、通りや路地にも、人影はない。

 木造家屋が建ちならぶ、大陸北方の小さな町を、男はひとり歩いていた。

 無人の飯屋で食事を済ませ、店で品を吟味して、いくつか選んで街道にでる。

 うららかな陽を浴び、田舎道を歩いた。

 見渡すかぎり、人はいない。風だけが、ゆるく吹いている。

 ひっそり鄙びた街道を、風に吹かれてしばらく往くと、豊かに青葉おい茂る、樹木が一本現れた。

 道端の大木の向こう側に、ささやかな花壇とテラス席。古ぼけた二階家が奥にある。

 街道沿いの看板が、海からの風にカタカタ鳴った。

 薄汚れた木板には、字面に構わぬぞんざいな筆致で「どくろ亭」と書かれている。

 古木の扉を押しあけて、無人の宿へと、男は踏みこむ。

 薄闇に沈む店内右手に、飴色のバーカウンター。壁一面のグラスと酒瓶。

 この宿の一階は、昼には喫茶、夜には酒場を営業している。だが──と男は苦笑いした。ここの酒場は、まともに営業していた試しがないのだ。店主がよそへ飲みに行くから。

 うららかな春の陽が、奥の勝手口でたゆたっていた。

 戸口をくぐれば裏庭だ。すぐ左に階段があり、その古びた階段は、狭い踊り場で向きを変え、右手の天井で消えている。二階は、宿泊用の客室だ。

 ギシギシ木板をきしませて、男は階段の踊り場を過ぎ、二階の床を踏みしめる。

 向きを変えて廊下を進むと、窓のあいた板の間が右に、廊下を挟んだ向かいの壁に、西端の扉が現れる。扉の向こうがあの(・・)部屋だ。

 男はおもむろに扉を開けた。

 入口の向かいに長椅子と卓、衣装箪笥が据えてある。右手の窓際には、寝台が二台。

 こざっぱりとした簡素な部屋だ。古い木枠の窓からは、きれいな夕陽を見ることができる。町から外れた立地ゆえ、朝晩などは、とても静かだ。

 片隅の旅行鞄には、衣類が無造作に積まれており、窓に面した書き物机には、本が数冊積んである。

 重石をおいた用箋の上には、手紙でも書いていたのか、ペンが一本、転がっている。

 窓から風が吹きこんで、カーテンの裾がゆらめいた。

 開いたままの本の頁が、ぱらぱら音を立てて、めくれていく。

 男は入口で立ち止まり、無人の部屋を眺めている。視線の先には、窓辺に寄せた白い寝台。

 日ざしであたたまった板張りの床を、風がゆるく吹きぬける。

 男は部屋に足を踏み入れ、町から持ってきた白シャツを、書き物机の椅子にかけた。

 だが、椅子にかけて休むでもなく、無人の廊下に再び出ていく。そろそろ、時間だ。


 毎日必ず、足を向ける場所があった。

 宿の裏手の巨樹の下だ。木漏れ日ゆれるこの木の名はユグドラシル。「世界樹」の別名でも呼ばれるこの樹の根元に、とある物が埋まっている。

 男は木根に腰をおろし、腕をくんで目を閉じる。約束の日は、まだ遠い。それは先刻承知だが、ここで待つのも悪くない。

 幹にもたれたその肩に、梢を透かした木漏れ日がちらつく。

 高原をわたった春風が、男の髪をさらっていく。これまでどれほど長い時、くり返してきただろう。くる日もくる日も風に吹かれて──


「……ただいま」


 小さな声が、どこかで、した。

 気後れしたような女の声。

 男は、ふと目を開けて、声に視線をめぐらせる。

 まばゆい緑の向こうから、それは一歩、一歩やってきた。

 ふわりと白い夏の服。やわらかそうな薄茶の髪。長い髪を輝かせ──。

 娘のたおやかな輪郭を、日ざしが柔らかく包んでいた。

 はかなくも強いその姿は、当時と何も変わらない。

 寝そべった肩を幹から起こして、ゆっくり男は立ちあがる。

 ズボンの隠しに手をつっこみ、頬をゆるめて振りかえる。

「遅せーよ、お前」


 待ち焦がれた"あの頃"のように。


 


 

   ~  約 束 の 場 所  ~



お読みいただき、ありがとうございます。

お気に召していただけましたら、ブックマークやご評価をぜひお願いします。

読者さまからのご評価が、執筆の励みになります。

何卒よろしくお願いします (*^^*)   かりん


※「評価」は このページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ