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怨神様

「グギャアアアア!」

 死神のごとき雄叫びが響きわたる。木々や住居が次々破壊される音がする。鮮血の生々しい悪臭が鼻をつく。私はしかし、もう立ち上がることさえできなかった。


 村民たちは避難を開始しているらしい。そこかしこで老人の叫び声が聞こえる。

 ――村民。

 その単語が脳裏に浮かんだとき、私のなかでなにかが弾けた。


 守らないと。私が。みんなを。


 命と引き替えに、先祖が守り抜いてきたこの村。その遺志を引き継ぐのが私の役目ではないのか。父は矢に撃たれて死んだ。そのとき父はなにを思っていたのか。自分の生涯さえも犠牲にして、なにを守ろうとしていたのか。

 いまの私が、その役を背負うべきではないのか。

 精神力を振り絞り、身体の節々が泣け叫ぶのを無視し、私は立ち上がった。足がふらつく。剣も先程の衝撃でどこかに飛んでしまった。けれどもそれは何の理由にもならない。私は喉が潰れんばかりの勢いで言った。


「やめなさい……この、悪魔!」

 その声は予想以上に響いたらしい。巨大蜘蛛、ひいては逃げ惑っていた村民までもが押し黙り、私に注目した。

 立ち上がったことで久々に村全体を見渡せた。ひどい有様である。先祖が長きにわたって築きあげた家屋のほとんどが半壊している。倒れている木々は、どれも不揃いな割れ目で切断されている。地面のあちこちに血液が流れている。


「ギギギギギ……」

 巨大蜘蛛が唸りながら私に複数の眼を向けた。

 びくんと鳥肌が立つ。また先程のような突進をされたら今度こそ耐えられない。

 私は恐怖心をおさえ、巨大蜘蛛の攻撃に備える。いざというときのために、武具がないときの戦闘法も鍛錬済みだ。


 そのとき。

 この沈黙を狙ってか、長老がふいに私と巨大蜘蛛の間に割り込んだ。

怨神おんじん様! お静まりください!」


「な……!」

 自分で血の毛が引くのがわかった。

「長老! なにしてるの! どいてください!」


 しかし長老は聞く耳を持たなかった。両腕を高く掲げ、再び巨大蜘蛛に問い掛ける。

「貴方様がなぜお怒りになっているのかは存じませぬ。しかし我々では到底貴方様には敵いません。どうかお静まりください」

「ググ……ギギ……」

「本来貴方様は優しく、美しいご神体のはず。貴方様がいらしっしゃるからこそ我々人間は存在しえているのです。そのような姿は似つかわしくありません」


 長老の言葉がすこしは通じたらしい。巨大蜘蛛が徐々に落ち着いていく。さっきまで固く伸びていた体毛が、柔らかさを取り戻したかのように縮んでいく。

「キサマ、ソノコトバ、ホンシンカ」

「もちろんでございます。我々人間ごときが、自分たちの力だけで生存することなどありえぬ話です」


 私はもはやなにも言えなかった。

 長老はいったいなにを話している。あの巨大蜘蛛がまさか怨神様だなんて……


 ふいに。

 まばゆい光が、巨大蜘蛛の周囲に発生した。それは七色の光彩を放ち、巨大蜘蛛を包み込む。敵を視界から逃してはいけない。その原理原則を知りながらも、私は思わず目を閉じた。あまりに神々しい輝きだった。


 そして再び目を開けたとき、私は言葉を失った。

 村を壊滅の危機に追い込み、私に悪魔と罵られた化け物は、もうそこにはいなかった。


 化け物? とんでもない。そこにいたのは、人間すべての視線を釘付けにするかのごとき絶世の美女である。

 腰まで伸びた長い髪。顔はくりっと小さい。若干吊りあがった瞳が、ほんのりと翡翠色に輝いている。年齢は――その外見だけで判断するのであれば、私に近い十七前後であろう。

 なにより特徴的なのは、彼女自身から、青緑のきらめきが発せられていることだ。私たちと変わらぬ表着を着ているが、その輝きが彼女の神々しさを一層増している。


 怨神様だ――。思わず私はつぶやいた。古くから村に伝わっている絵巻で、たしかに見たことがある。




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