長老の予感
鍛錬場は村からすこし離れた位置にある。村民に迷惑をかけないためと、集中して修行するためだ。
私たちは浮き足立っていた。暗い話が絶えない昨今だ。きっとみんな喜んでくれる。
「ねえ、手つないでいかない?」
私は茶化すように言った。
「え? いまかい?」
「そう。みんなを驚かすの」
「うーん。いいけど、恥ずかしいな……」
と言いつつも、ミノルがこちらに手を伸ばしてきた瞬間。
「あぁぁぁぁぁあ……」
断末魔のように聞こえたそれは、間違いなく悲鳴だった。しかも村の方向からである。
私とミノルは顔を見合わせた。
聞き違いであってほしい。だが、いまの声の主は……
私とミノルは条件反射的に駆け出した。
血が騒ぐ。たぎる。鍛錬によって磨かれた戦闘本能が燃え盛る。
「いまの声! 誰だと思った!」
息を切らしながらミノルが訊いてきた。
「長老! それしか考えられない!」
ミノルも同意見だったらしい。暗い顔で頷いた。
視界が開けてきた。じきに森を抜ける。そうすれば村はすぐそこだ。
「なにがあったの!」
叫びながら、私は生まれ故郷を見渡した。
村のあちこちにある家屋よりも、ひときわ大きい家。その手前のほうに、うつ伏せている老人がいた。顔を見ずとも彼が誰であるかはわかる。
「長老!」
私は長老のもとに駆け寄った。ミノルも後から続いてくる。
返事がない。
急いで長老を起こそうとした瞬間――
「あーいたたたた……」
「ぎゃっ」
あまりの衝撃に、私は間抜けな声を発した。
「たたたっ……あー死ぬかと思ったわい」
場違いなほど明るい声で言いながら、長老はよっこらしょと立ち上がった。その腰がぶるぶると震えている。
私とミノルは顔を見合わせた。思い人はあっけらかんとした表情をしていた。たぶん私もそんな顔をしているのだろう。
「あ、あの……長老」
ミノルがおそるおそるといったふうに訊いた。
「どうなされたのですか。あのような声を出されて」
「いやーすまんすまん。歳を取るとな、腰がもろくなるんよ」
「こ、腰……?」
ミノルが間抜けにつぶやくと、長老は自分の腰をトントンと叩きながら、
「そう、腰よ」
と、こちらも間抜けな声で返した。
「いやーどうしたどうした!」
「長老ー! 大丈夫かー」
今更のように村民たちが駆けつけてくる。だがみんな三十代や四十代の老人ばかりなので、当然ながら足どりは重い。
「気にするなー! 腰を痛めただけじゃい!」
長老が意外にも元気な声で返答する。
「なにー! それだけかー!」
「それだけじゃーい! お主らもはよう農業に戻らんかーい!」
あっけらかんとする私とミノル。あたたたと腰をさすりながら、長老は言った。
「で、どうしたんかね? 二人揃って」
「いや、その……」
言いづらくなってしまった。私がしどろもどろしていると、ミノルが代わって話題を変えた。
「長老こそどうされたんですか。お身体が心配ですし、安静になったほうがいいと思いますが」
「ああ、それなんだがな」
長老は震える腕で空を指し示した。
「変ではないかね?」