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6.紅茶のおかわりを


 「――話をするうちに、はっきりと思い出しました。繁った木々がクッションになった為か、私はまだ生きていて、森の中をさ迷い歩いていたのです」


 そうしてここにたどり着いたのだ、とエレナは話した。そして一息つくと、すっかり冷めきってしまった紅茶に手をのばした。


 「エレナさんはお妃様でしたか。どおりで美しいと思った」


 エレナの話を黙ってただ聞いていたテルが、久しぶりにその口を開く。


 「辛い目に……あったのですね」


 うつ向いたエレナの肩が震える。


 「いえ、私が悪いんです。辛い目にあったというならそれは白雪姫の方でしょう。これからあの男と幸せになってくれればいいのだけれど」


 はぁ、とため息をつくエレナを、テルは気の毒そうに見つめる。そして言いづらそうに呟いた。


 「エレナさん。あなたは真実を知らねばなりません」


 「…真実?何ですか」


 エレナは顔をあげた。そこにある、彼女をまっすぐに見つめるテルの瞳の、どこまでも深い青にエレナは吸い込まれそうになった。

 テルは立ち上がり、空になった自分のカップと、冷えきった紅茶の入ったエレナのカップをおぼんに乗せた。


 「紅茶のおかわりを入れて来ます。話はそれからにしましょう」


 そして彼は部屋を出た。

 すぐ隣にキッチンがあるのだろうか、開け放されたドアの向こうに、ぱたぱたと左右に動くテルの姿が見える。

 不思議な人だわ。エレナはそう思った。近くにこんな場所があるなんて知らなかった。あの人はここで一人で暮らしているのかしら。

 青い瞳と髪がよく似合う、彼の事を知りたくなった。



 しばらくして、湯気の立つ二つのカップをおぼんに乗せて、テルが部屋に戻ってきた。エレナは紅茶のおかわりを受け取ると、温かいカップに手を当てながら、椅子に座るテルに話しかけた。


 「知らなかったわ。森にこんな素敵なお店があったなんて」


 テルは微笑み答える。


 「ありがとうございます」


 エレナは更に聞いた。しかし今度ははっきりしない。


 「あなたの家はここなの?」


 「はい、まぁ……えぇ」


 困ったように笑うテルを見て、彼にも何か事情があるのだと思ったエレナは、あまり深く深く聞くのはやめておこうと思った。けれどやはり、自分の長い話を最後までずっと真剣に聞いてくれたので、彼にも話して欲しい気持ちもあった。話してすっきりするなら、いくらでも聞こうと思った。


 「何か、私のお役に立てる事はない?」

 そのエレナの申し出は、テルにとってとても嬉しい事だった。話してしまえばどれほど楽になるだろう。けれど実際には誰に頼っても、どうしようもない事だと彼には分かっていた。それにここは、この店は、自分は、お客様のために存在しているのだ。だからテルは黙って立ち上がり再びキッチンへと向かったのだ。

 そして出来上がった夕食をエレナと食べ、腹が膨れたところでようやく口を開いた。だが、その内容は自分の話ではなく、先ほどエレナに言った、『真実』の物語であった。


 「エレナさん。あなたは真実を知らねばなりません」


 白雪姫が今、本当に幸せなのかどうかという事を。


 「あなたは森一つ向こうの国の王は酷いけれど、その王子はきっと白雪姫を幸せにしてくれる。…そう信じたいのですよね」


 エレナは小さく頷いた。


 「だからその為に邪魔だと思われたあなたは、もうお城へ帰らない気だ」


 「…白雪姫がそれを望んでいるのなら」


 エレナは悲しそうにそう呟いた。彼女は先ほどから思っていた。

 偶然かもしれないけど、この場所にたどり着いた。ここならこっそり白雪姫の様子を見に行ける。ここに…置いてもらえないかしら。

 しかしテルの一言でその考えは消し飛んだ。


 「ではお教えいたしましょう。今あなたが帰らなければ、白雪姫は一生悲しみ悶え苦しむ事になるでしょう。自らの過ちを後悔しながら」


 「…どういう事ですか」


 エレナは顔を青くした。


 「言い忘れていましたが」


 そんな彼女に、何故知っているのか、テルは言った。


 「あなたが崖から落ちてから既に1ヶ月以上経っています」


 「え……?」


 エレナは言葉を繋ぐ事が出来なかった。それもそのはず、彼女自身崖から落ちてから物を食べたり飲んだりしたことは一度も無かったし、何より感覚的にそんなに時間が経っている訳はなかった。睡眠を取った記憶もない、せいぜい長くても1日くらいしか、森の中を歩いてはいないのだ。


 「そんな…まさかそんな事、ないわ。知らないのに適当な事言わないで頂戴」


 困惑するエレナにテルは、少し長くなりますが、とつけて話をし始めた。


 「そうですね…話すならずっと始めまで遡ります。そう、あなたが鏡に話しかけていた頃まで…――」





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