3.七人の小人
白雪姫はフラフラになりながら、途方に暮れていました。森は暗く不気味で前方すら満足に見えません。どこまでも続く深い森は、白雪姫に恐怖を与えました。
もう歩けない、と白雪姫が膝をついたその時です。どこからともなく蹄の音が響いてきました。疲れきった白雪姫がゆっくりと顔をあげると、白く大きな何かが目の前にありました。
「おや?お嬢さん。こんな夜中にこんな所で…どうしたのですか」
白雪姫は目を見開き驚きました。よく見ると目の前にいるそれは、輝くほど白く美しい馬でした。白雪姫に声をかけ、馬から降りた男の人は、こちらに歩いて来ます。
「あの…その、森に入って、迷ってしまって……」
白雪姫はしどろもどろに答えました。嘘はついていません。オロオロとする白雪姫に、その男の人はそれ以上深く聞く事もせず、ただ笑って手を差し伸べました。
「では私の知り合いの家にご案内いたしましょう。とりあえず今夜はそこにお泊まりなさい。せっかく美しい方なのに、そんな泥まみれではいけない」
本当に疲れていて、傷だらけで、帰る所もない白雪姫には、それはとてもありがたい申し出でした。行くあてもなく、一人で心細く泣き出しそうだった彼女にとって、暗闇に突然現れたその人は、まるで――そう、王子様のようだったのです。
◇◇◇
朝、目を覚ますと白雪姫は見知らぬ家のベッドで寝ていました。
昨日森で出会った男の人に馬に乗せてもらい、そしていろんな事を話したところまでは覚えています。どうやらその間に眠ってしまったようです。
そうすると、ここはあの方のお知り合いの家かしら。そう考えながら白雪姫は体を起こしました。
ぼぅっとしていると、知らず涙が出てきました。
お母様は私を殺そうとした。どうして。最近は、ようやく少しずついい関係になってきたと思えていたのに。お母様も前より明るくなっていたのに。
昨日は逃げる事に必死でゆっくり考えている余裕は無かったけれど、今は疲れもとれ頭もしっかりしています。だから涙が次から次へと止まりません。
もうお城には帰れない。みんなにも会えない。私はこれからどうすればいいの?
――あなたはどこか放って置けない――
私をここに連れてきてくれた命の恩人。あの方は私の王子様。
白雪姫は、眠ってしまうまでの間に自分の身上を、彼にほとんど全てを話してしまっていました。
――私はあなたの力になりたい――
短い時間のなかで、二人は互いに恋に落ちてしまったようでした。
私はあの方と一緒にいたい。こんな気持ちは初めて…ずっと、側にいたい。
深く孤独な悲しみの中で、森で出会った男は、白雪姫にとって唯一の希望であり、光でした。
◇◇◇
白雪姫が階段を見つけ、下に降りようとしていた時でした。玄関の戸が開く音がして、誰かが入ってきました。この家の住人のようです。白雪姫は服と髪を正すと、階段を降りてゆきました。
「泊めていただいたお礼を言わなくては」
けれど白雪姫は勘違いしていました。こんな小さな家に、住人が7人もいたなんて思っていなかったのです。
白雪姫が見たのは、揃いの帽子を被り揃いの薄汚い布切れを纏った、疲れきった表情の7人の男達でした。
◇◇◇
あれから1週間ほどが経ちました。朝日に照らされた白雪姫は、笑顔でキッチンにいました。
あの日から、白雪姫はこの家で暮らしていました。一人きりになった白雪姫を、ここの住人たちは快く迎えてくれました。彼らにとっても、家事全般をこなしてくれる白雪姫はありがたい存在となっていました。
彼ら7人はこの森の研究をしたり、山へ鉱物を探しに行ったりしているそうです。小人というのは名ばかりで、実際には白雪姫よりも背丈のある若者たちでした。
なぜ小人と呼ばれているのか、という問いに彼らは、
「あいつから見たら、オレ達はただのちっぽけな働き手だからなんじゃないか」
と自嘲気味に笑うだけでした。白雪姫はよく分かりませんでしたが、あまり深く入り込むのはやめておきました。
古い布切れのような帽子と服や、自分達で作ったというこの家や、毎日朝から晩まで働きに行っているという事が、彼らが何かしらの苦労を背負っているのだと感じさせたからです。
森で助けてくれた男の人の事も聞いてみました。彼のおかげでここにいられるのですから、改めてお礼が言いたかったのです。
「奴はここから離れた所に住んでる。こっちに降りて来る事なんて滅多にない」
名前も聞いていないけれど、きっともう一度会いに来てくれるはず…白雪姫はそう信じていました。
「友達?いや、違うな。あまり会う事もないから…よく知らない」
彼の話をする時の小人達の表情が、どこか曇っていた事に、白雪姫は気付いてもいませんでした。
7人の小人達は皆、陽気で明るく、親切に接してくれました。けれど一人にだけ、白雪姫は邪険にされているような感じを受けていました。話しかけても反応がなく、顔を見ると睨まれている気がするのです。他の6人は気にするなと言ってくれますが、白雪姫はどうにかして打ち解けたいと思っていました。
彼の名前はグランピー。無口で無愛想な接しにくい青年でした。




