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10.白い鳥

1年以上ぶりに投稿します。あと2話で白雪姫は完結します。ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。


 「――その後、白雪姫は王と国に帰りました。王は重症でしたが無事回復し、今は穏やかな毎日を送っています」


 エレナはすぐに言葉を繋ぐ事が出て来なかった。唖然とテルを見つめ続けていた。


 「すみません。長くなってしまいました…」


 ふぅ、と息をつく。そしてテルはにっこり微笑んだ。

何から口にすればいいのか分からなかったが、震える体をぎゅっと抱きしめ、エレナはようやく言葉を絞り出した。


 「森一つ向こうの国は…どうなったの」


 「滅びました。けれど民達はあなたの国が面倒を見ています」


 「小人達はどうしているの?」


 「同じ場所で変わらぬ生活を続けています。王は城に住むよう誘いましたが、彼らはそれを断りました。白雪姫はよく遊びに行っていますよ」


 「白雪姫は……幸せなの?」


 そこまで聞くと、テルは黙ってしまった。黙って、何かをじっと考え出した。そしてぽつりと呟く。


 「例えば」


 それは何とも分かりづらい例え。


 「白雪姫のジグソーパズルはほぼ完成しているのですよ」


 エレナは目をしばたいた。突然何を言い出すのかと。思っても見なかった回答に戸惑った。


 「いくつものピースをはめ込んだ。ただ1ピース、足りないだけなのです」


 テルは全く気にせず続ける。


 「けれどそのたった1ピースが足りないせいで、売り物にもならない。飾る事も出来ない。それどころか、何が描かれているかすら分からない」


 「1ピースだけで?」


 テルはこくりと頷く。


 「何故なら、最後の1ピースがとても大きかったからです」


 そしてエレナを見た。


 「大切だと思える、多くの人を、ものを、想いを、白雪姫は持っているのに、ただ一つ足りないせいで、彼女は今幸せとは言えないのです」


 「私は・・・」




 煮えきらないエレナから視線を外し、テルは立ち上がった。そして出入り口の扉を開ける。夜中になったのだろうか、外は真っ暗な闇に包まれていた。

 爽やかな夜風が部屋に流れ込み、エレナの髪を揺らす。彼女は立ち上がると外へと歩み出た。心地よい涼しさに、エレナはモヤがかった心が晴れてゆくような気がした。


 その時、ぴぃっという鳴き声がして、エレナの肩に一羽の小鳥がとまった。暗闇の中でも分かる、真っ白でふわふわの羽毛に覆われた小さな鳥。怖がる事なく大人しく彼女を見つめている。


 「あなたの案内人です。その子が正しき所まで導いてくれるでしょう」


 テルはそう言い柔らかく微笑んだ。白いシャツと青い髪が風にさらさらと揺れていた。


◇◇◇




 エレナは森を歩いた。小鳥に導かれるまま、一本道が続くまま。



 『あなたの話が本当であるか、確かめに行かなくてはね』


 そうは言ったものの何故か彼が嘘をつくとは思えなくて。


 『ありがとう。私もう一度王と白雪姫と話をしてみます』


 ありがとう。その勇気をくれて。


 『またお邪魔してもいいかしら?お代はその時にお支払いします』


 おいしい紅茶とお料理を頂いたもの。けれど彼は笑顔のまま、首を振って確かこう言った。


 『いいえ、お金なんか僕の店では必要ありません』


 そんな訳はないでしょう。お礼はきちんとしなければ。


 『いけません。今度は家族を連れてきますから。必ず伺いますから』


 彼は笑ってこう言った。


 『またのお越しを心よりお待ち致しております』


 ――来た時と同じ、まるで前々から準備をしていたように、そう言うのが決まりであるかのように。彼は丁寧に頭を下げた。


 小鳥が飛んでゆく方へとついてゆくと、森へと続く一本の道があった。家の正面玄関を目の前にしてちょうど左側。来たときは全く気付かなかったが、森へと続く道はそこだけだった。


 『必ず、また来ます』


 そう言い残して森へ入った。テルは笑って手を振った。






 彼には分かっていた。けれどその言葉だけで嬉しかったので、あえて口にはしなかった。今までもいろんな人がここを訪れた。皆また来ると言い残したまま、誰も来てはくれない。それは彼らが皆幸せだと言う事なのだろう。だからそれでいいのだ。それがテルの役目なのだから。




◇◇◇



 ほんの数分。暗い森の道を歩き続けていると、辺りは徐々に明るくなってきた。それに伴い道は少しずつせばまっていき、遂には全く無くなってしまったが、繁る草木の量も質も穏やかなものに変わっていたので、何の問題もなかった。


 すっと森を抜け出た。眩しくて手を目の前にかざした。

 辺りを見回し考えてみる。ここはどこだろう、と。そしてしばらくの後ハッと気づく。目を見開く。息を飲む。全身がよだつ。



 そこは一軒の家の裏側。小さく古く、簡易に作られた小屋のような家の、真裏側に出たようだった。

 エレナはそれを知っている。裏側からでも見て分かる。


 少し開いた窓の向こうから、白い湯気と共に甘い林檎の香りが漂っていた。




◇◇◇




 「幸せの色は人それぞれ……エレナさん、どうか御幸せに」


 そう呟き微笑むテルの周りを、色とりどりの小鳥が飛び交っていた。


 「さぁお次のお客様はどのような方でしょうか」


 そう言って森の向こうに目をやると。がさがさという音と共に。




 今日も幸せに迷った誰かが、森をかき分けやって来るでしょう。


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