八
明け方に雨が降ったので空気がひんやりと澄んでいる。村は普段ののんびりした雰囲気と打って変わって慌ただしい様子である。祭儀だからだそうだ。昨日は厨房で村の娘達と共に下拵えを手伝って、剣を振るっている時間もなかった。今朝もニーサが出かけた後に手伝いに行ったのだが、今日は大丈夫だからと体よく追い返されて拍子抜けしてしまった。ニーサも普段は流したままの髪を結い上げ服装も着飾って、ユーフェから見ても綺麗だった。
ユーフェはやることもなくなってしまい白いブラウス姿でそぞろ歩いていた。
木陰のテーブルから声をかけられる。
「どうしました? お暇なんですか?」
ヘスルが立ち上がって手でテーブルの空いてる席を指し示す。礼服姿のヘスルは紅茶を飲んでゆっくりしているところらしかった。慣れた手付きで紅茶を出してくれる。見るとユーフェの隣の席にもカップが置かれていた。
「さっきまでサラネがいたんですけど。人に呼ばれまして、すぐ戻ってくると思いますよ」
紅茶をご馳走になる。うっすら甘くとても良い香りがした。
「アダナーの森に物を納めた時にお土産にいただいたものですけど気に入ってもらえたようで良かったです」
ヘスルはユーフェの様子を見て笑顔になった。
「どうかしたんですか?」
ユーフェは厨房の件を説明する。
「それはそういうものなんですよ。当日は伴侶の決まっているご婦人の仕事ということになってますからね」
「そういうものなのですか」ユーフェは紅茶を味わうヘスルを見据えて続ける。「貴方もやることが特にない口なのですか?」
「そういうわけじゃないですけど」
やや不満そうな口振りであった。
「必要になる物を外から運んだりで私がやるべきことは終わってますから。ですから、ユーフェさんやサラネと紅茶を楽しんだり出来るのですけどね」
空になったカップを受け皿に戻す。
「サラネ、遅いですね。生真面目ですからね、あの娘」ヘスルは小さく笑う。「サラネ、ブセントさん、二人とも生真面目でよく似た兄妹ですよ」
ユーフェとしてはブセントに関しては同意しづらいものがあったが、あえて意見を挟むつもりもなかった。それを知ってか知らずかヘスルの口の端が微妙に歪む。
「彼らの父親が放蕩者で苦労したから、鑑と為したんでしょうね」
「そうなんだ」
ヘスルは遠くを見るような視線になる。
「実は、二人の父親は私なんですけどね」
「え?」ユーフェ二の句が継げなくなる。
「冗談です」
「何時から、わたしの父になったんですか」
サラネの冷たい声。呆れ返った表情で立っていた。サラネも髪を結い上げ赤いドレスを着ている。黒髪に銀色の髪飾り。褐色の肌に赤いドレス。
「ちょっと席を外している間になんて話をしてるんです」椅子に座りながら言った。「よりによってユーフェさんに、悪い冗談を言うなんて」
「父君は失格だそうです」
悪びれる様子もなく笑い、サラネとユーフェに紅茶のおかわりを差し出す。サラネはそれを口元に運ぶ。
ヘスルは様子を窺いながら、
「代わりに、夫君にしてはもらえませんかね?」
「ユーフェさん、この男をひっぱたいてもいいでしょうか?」勢いよくユーフェに振り向く。振り向いた拍子に手がユーフェのカップを持つ腕にぶつかった。サラネは思わず声を出した。
ユーフェはカップを落としはしなかったものの、紅茶が撥ねて着ているブラウスに染みをつくった。
「私に承諾を求められても困るのですが」
染みを見ながら呟いた。
「すみません」
ハンカチで服を拭きながら、サラネは申し訳なさそうに言う。
「ニーサ様にお借りしている服ですよね?」
ユーフェは頷く。
「わたしの家まで来てください。染み抜きしてしまいましょう」ユーフェの手を取って立ち上がった。「ニーサ様の服を汚したとあっては申し訳が立ちません」
ユーフェは事の成り行きにまごつく。
「サラネはニーサを尊敬しているんですよ」
ヘスルが説明を加えた。
「さあ、行きましょう」
サラネに引っ張られるようにして席を後にした。