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黒輝  作者: 玉百石
黒エルフの村にて
7/17

 村の外れで木と木を打ち合す乾いた音が響く。

 ユーフェはブセントの繰り出す打ち込みを木刀で流すようにしながら受ける。牽制で放たれた攻撃ならまだしも、力の入った打ち込みを受け止めると容易に体勢を崩してしまうからである。時折攻撃を混ぜながらブセントの木刀を丁寧に受け流すことに集中する。気づかれないようにわずかずつブセントの左側に回り込んでいく。ブセントが正面に向く隙ともいえないような攻撃の溜めをついて、袈裟懸けに鋭い一撃を放つ。ブセントはそれを後ろに下がって余裕をもって避ける。ブセントはその離れた分だけ踏み込んだ攻撃を仕掛けてくる。ユーフェはブセントの間合を掴んでいた。踏み込んでくるブセントに木刀の切先を向けたまま左足を軸に身体を捻る。ブセントの移動先に木刀を残したまま身体だけ逃げた形である。決まると思った。だが、ブセントはすんでのところでユーフェの木刀をかわし、反撃にユーフェの顔に木刀を振るう。ユーフェは一瞬決まると思ったからか、初動が遅れ避けきれない。だが、ブセントの木刀は当る寸前で止まった。ユーフェの目の前に木刀が見える。

「だ、大丈夫ですか?」ブセントは慌てて木刀を引っ込めた。

 ユーフェは身体に流れた汗とは別の種類の汗が流れたのを感じながら頷く。

「よかった」ブセントは心底安堵したように言った。「顔は狙わないようにしてたのですが、申し訳ありません」

 言葉の通り、頭部を狙った攻撃は一度もなかった。あらかじめ寸止めと取り決めてあった。それでも打ち込みの勢いで何度か木刀を身体に受けることがあったが、痛みが後に残るほどの強い当たりもなかった。手加減していたと言っているようなものだったが、ブセントの真摯な態度故だろうか、ユーフェは嫌味な感じには受け取れなかった。

 最後の一撃に関しても、その前にブセントがかなり無理な体勢で木刀を避けていたので、本来であればユーフェが畳み掛けて追い詰めるべきところであった。ブセントはそれを警戒して牽制として放ったものだったのだろう。ユーフェは慢心からというよりも疲労により集中力が途切れたために追い込みを掛けられなかったが。

 ブセントはユーフェの剣の稽古の相手を務めていた。長老の家の前でその提案をされたとき初めは断ったのだが、長老から強く勧められたことで断りきれなくなってしまった。気の進まぬ相手ではあったが、その腕前はユーフェの想像以上だった。

「ユーフェメディナさん」ブセントは緊張を解いて楽な姿勢になって続ける。「貴方の剣技は勘を取り戻したら私以上かもしれません」

 ユーフェの考えに自身の身体が付いていかないだけなのだが、そのように捉えられるのかと思った。

「思ってはいたのですが、やはり貴方には剣は向かないと思います。力が足りません。多少の傷を物ともしない者が相手であったら、力押しだけでたちまち追い詰められてしまうのではないでしょうか」

 ユーフェもそのことは重々承知している。ユーフェの細い腕と足。どれだけの時間をかければ自身が想像した通りに剣を扱えるようになるのだろう。そもそも時間をかけたとしても出来るようになるのだろうか。そのくせ胸だけは大きい。

「そうかもしれません」

 わかっていることを改めて指摘されると苛立たしい。苛立たしい反面、ブセントの率直さ素直さが伝わってくる。わざわざユーフェの反感を買う必要はないのだから。ブセントの剣技も同じ印象をうけた。小細工はせずに、正確に的確に素早く剣を振るっていた。

 そう思うとブセントのことが少し可笑しくなった。だがブセントのその視線は好きにはなれなかった。

 ブセントをじっと見据える。

「何で、私の顔を見て話さないのですか?」

 ブセントが他の人のときには相手の顔を見て会話しているのを何度か見ていた。

 ブセントは驚いた表情を浮かべて、さすがに視線をユーフェの金の瞳に向けた。何やら言いにくそうにしていたが、

「し、失礼な気がして・・・」

 木刀を打ち合わせていた時とは別人のような弱々しい響きだった。

「顔を見ないで胸を見ているほうが失礼だと思うのだけど」

 ブセントは長い耳の先まで真っ赤に染めた。あたふたと、

「とんでもない。見ていたのは首元です」

 見られる方にとっては首元でも胸でも大して変わらない気がする。

「それで?」

「それで?」ブセントは一杯一杯で聞き返した。

「私の顔を見たくない理由は? 私の顔が気に入らないというのであれば仕方ないとも思うが」

「違う。違います」慌てて首を振った。「その…… 美しいで……」

 ユーフェは意味がわからず唖然とした。

「美しいので、目を奪われて見入いるようでは失礼になってしまうと思って」

 ブセントは何を言っているのだろうかと理解しかねた。ユーフェの長い耳がぴくぴくと動く。

「よくわからないが、問題ないのであれば、私の顔を見て話をして欲しい」

 ブセントはたどたどしい返答で了解の意を伝える。

 強い風が吹いてユーフェの長い髪を大きく揺らす。風が肌に気持ちいい。無造作に髪をかきあげる。

 ブセントがその様子をじっと見ている。白い髪が珍しいわけでもないだろうに。ニーサにしても白髪である。

 ユーフェとしてはブセントの黒々とした髪のほうが羨ましい。

「サラネもブセントも綺麗な黒髪ですね」

「両親が黒髪なので」

「村には黒い髪と白い髪の人がほとんどですが、たまに一部分紫の人もいますよね」

「あれは染めているのですよ」

「黒髪のほうがいい。白髪は年寄りみたいで」

 ユーフェは自分の長めの髪に手を触れる。

「そんなことはありません」ブセントがまた別人のように否定した。「それと、貴方の髪は白ではなく白銀色といわれる色です。鋼のような光沢のある白ですね」

 大して気に留めてもいなかったが、同じ白髪でも他の人と何か違うとは思ってはいた。

「どうですか、続けますか?」

 ブセントは木刀を軽く持ち上げる。ユーフェの顔を見て、落ち着きを取り戻した声できいてきた。 

 ブセントは整った顔立ちだし落ち着いていれば様になる。狼狽したりしなければいいのだが。

 続けると答えたいところであったが身体の方がついていかない。そんな自分を情けなく思いながら首を横に振る。

「川まで行きませんか」

 ブセントが提案した。少し行った所に川がある。ユーフェが一人の時は帰りにそこで水浴びをしていた。ブセントがいるので水浴びとはいかないが汗を拭うぐらいは出来るだろう。

「そうですね」

 同意して川に向かった。

 ブセントは歩きながらユーフェの腕と脚を見る。灰色の細い華奢な手足。ブセントは剣を扱うには力が足りないので向いてないと言った。それは間違っていないと思う。だが何故あそこまで、ブセントをあわやというとこに追い込むまで剣を使うことが出来るのだろう。細かい駆け引きなどブセントも及ばない。実際に剣を扱ったことがなければ、ことによっては実戦を経験しなければ、そういったものは身につかない。そこまで出来てあのか細さはありえないと思う。

 あまり見入って気を悪くされたら大変なので視線を戻した。

 そうこう思いを巡らしている内に川につく。

 川はさして広くはないが泳ぐぐらい出来そうな大きさがある。川に覆い被さるような対岸の木々が陽の光を浴びてその葉を輝かせている。流れは澄んでいて穏やかであるが、川原は狭く所々泥濘んでいる。時折鳥の囀りが聞こえる。

 ユーフェは泥濘に足を取られないように注意しながら進み、川辺にしゃがむ。手拭いを水につけると顔や首筋などをふく。ひんやりして気持ちがいい。もう一度水に手拭いを浸し今度は先程よりも硬めに絞る。立ち上がると、側にいるブセントに声をかけて絞った手拭いを放り投げる。

 ブセントは驚いたような声を上げて慌てて手拭いを受け取ろうとする。

「またどこ見てたんだか」

 ブセントは何とか手拭いを受け取るが足を泥濘にとられよろめいた。踏ん張ろうとするが泥が滑ってユーフェ目掛けて倒れこむ。ユーフェは抱き抱えられるような形で背中から川に落ちてしまう。

 ブセントに押され川に落ちる短い時間に、ユーフェの脳裏に栗毛の娘の姿が浮かんだ。赤い服を着て、裾を持ち上げ、川か泉だろうかではしゃいでいた。満面に笑みをこちらに向け何かを話かけているようだが声は聞こえてこない。その娘の顔を見ると、懐かしいような切ないような何ともいえない気持ちになる。

 激しい水音がした。脳裏から栗毛の娘の姿は消え我に返った。

「痛え」

 思わず出た言葉は荒っぽくなってしまった。

 幸い怪我はしてないようだが彼方此方が痛い。服も髪もずぶ濡れになってしまった。半身を起こすと白銀の髪から水が滴り落ちる。

「すみません。申し訳ない」

 倒れたユーフェの上に覆い被さるようにブセントが膝をついて覗き込む形で謝ってきた。ブセントは情けない表情をしていた。

「わかったから、そこをどいてくれないか」ユーフェは苛立たし気に言う。「こういう場合平手が相場なのだろうが、拳で殴りたくて仕方ないから」

「すみません」

 ブセントは頭を下げた。下げた視線の先に、水で透けたユーフェの形の良い二つの膨らみがあった。ブセントの思考は停止した。目だけは思考から自立してユーフェの胸を凝視する。触り心地の良さそうな灰色の肌。大きな膨らみ。そしてその先。

 ユーフェが拳を握る動作を感じ取りブセントは思考を取り戻す。慌てて飛び退いた。

 慌てたものだから水辺にまた足を取られ、背中から川に倒れて盛大に水飛沫を上げる。

「何やってんだか」

 ユーフェは呆れて声に出した。

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