四
金属の風鈴が軽やかな音を奏でる中、部屋は花の香りに満ちている。
「お願いだから」
ユーフェは切なげな懇願をする。
「お願いだから、露出の少ない服を貸して下さい」
基本的に黒エルフの服装は露出が多い。いままでは比較的おとなし目のものを選んでもらっていたが、今日出してもらった服は胸元が大きく開いていて、見ただけで身震いがした。
結局普段通り首元まで隠れる上衣に膝までのぴっちりしたスカートといった格好になった。スカートはいくら穿いても心許無くて慣れないが、下半身剥き出しというわけにもいかないので仕方なく穿いている。
着替えながら灰色の腕を見る。細い華奢な腕。前日長剣一本、満足に持ち上げることが出来なかった。腕だけではない、思う通りの行動が出来ない身体に苛立ちを覚えずにはいられなかった。改めて自分の身体を見る。胸が邪魔して足元が見えない。
「布袋を渡しますから」ニーサが離れた所から声をかけてきた。「使い方、わかります?」
ニーサの言葉にきょとんとしたが、慌てて否定する。
「イライラしていたようなので」
ユーフェの慌てようが可笑しかったのか微笑みながら近づいてくる。 「じゃあ、こちらですかね?」
ニーサは両手で凝った造りの細身剣を持ってきた。
窓から強めの風が吹いてきて二人の白い髪をなびかせた。花の香りが部屋を舞った。
「これは?」
「わたくしが昔、村の外で使っていたものです」両手で剣を差し出す。「言っては失礼かもしれませんが、貴方の仕草は何をしてもぎこちありませんでした。ですが、長剣を振るったときだけはしっくりしてたような気がしたのです。これなら長剣ほどの重さはありませんからね」
「もらってしまってもいいのか?」
ニーサは微笑みながら頷く。
細身剣を受け取ろうと手を伸ばしたが、ニーサの手が剣を離さない。
「一つ、お願いというか、希望があります」
ニーサの顔から微笑みが消え真剣な表情になった。
「丁寧な言葉を使って下さい。何も女言葉を使って下さいと言っているわけではないのです。ただ、荒い言葉を使っていると知らず心まで荒くなります。荒い心は他のものも傷つけてしまいます」にっこりと微笑んで続ける。「自分が男性だと思う貴方の事情もわかっています。ですが、貴方の心が荒れてしまうのは、わたくしには耐えがたいのです」
ユーフェは沈黙する。耳に聞こえるのは風鈴の音だけ。
「これは…… 剣の誓いなのだろうか?」
「いえ、わたくしと貴方のただの約束」
「わかった。剣を受け取る」
片膝をついて仰々しく受け取る。
「受け取ります」ニーサが注意する。
「受け取ります」ユーフェが繰り返した。
ニーサがユーフェの腰に、「胸が大きいのに細いですね」とか言いながら、剣帯を巻いた。そこに剣を通すとユーフェは晴れやかな気分になるのを感じた。細身剣は細かな細工がしてあり、護拳部は跳躍する一角獣を象っていた。
「ところで」
ニーサは玄関に置かれた大量の花束を見ながら溜息をつく。
「うちは何時から花屋になったのでしょう?」
「わからないが」
「わかりませんが」訂正が入り、「わかりませんが」とユーフェは言い直す。
「奇遇ですね、わたくしもわからないのですよ」
不思議そうにしているユーフェを見てニーサは小さく笑う。
「対処はわたくしのほうでします。ジェイドに働いてもらいましょう」微笑みをユーフェに向ける。「表で殿方に会ったら、とりあえずお花のお礼を言っておいて下さい。外れはしないでしょうから」