一
金属同士がぶつかる激しい音。剣戟の音。それが間延びしたように響く。場所もよく分からない。周囲もぼんやりとしている。明るいのか暗いのかさえも。
ただ黒い鎧を身に着けた者と、白い鎧を着た者が剣を打ち付け合っている。
その剣が交わる度に残響が頭に響く。頭が痛い。気持ちが悪い。残響に残響が重なり合って耐え難い苦痛を与える。二人の姿をとらえていた視界が暗い靄のようなものに包まれていく。それでも剣戟の音は止むことはなく、次第に意識は薄れていってしまう。
激しく剣を打ち合わせる二人を、どこかで見たと思いながら。
頭痛がする。酷い吐き気で目が覚めた。
思わず呻いてしまうが、なんとか吐き気を堪えることができた。
「……」
暖かな光の中、柔らかな風が頬に触れる。
寝台の上で半身を起こした。それだけで、体の節々が悲鳴を上げた。特に首から肩が酷い、まるで筋に鉄板でも挟まっているようだ。痛みを堪えて、思わず両の手を握る。その手に優しい風に揺られた髪がかかる。
違和感を感じた。が、次第にはっきりしてくる意識は、見覚えのない今いる光景に注意を奪われた。丸太小屋のような広くはない室内。調度や小物が多く置いてあるが整っていて清潔な印象を受ける。テーブルと椅子が真ん中あたりに置いてあり、そこから少し窓に寄った所に自分のいる寝台がある。窓には小さな金属を組んで作った風鈴のようなものがかけてあり、時より綺麗な音を奏でる。寝台のすぐ脇に小さな台が置いてあり花瓶に花が飾られていた。
記憶のない場所にいることに呆然とする。
自然に視線を下げて、
「な!?」呆然が驚愕に変わった。
胸にある大きな二つの膨らみ。
「ちょっと待て!」
何を待つのか、言った本人にもわからないが、その出た声にさらに驚く。自分の知っている自分の声ではなく、どう聞いても女性のものとしか思えなかった。
見慣れぬ自分の膨らみに触れようとした手は、躊躇われて、もしくは恐怖して、その途中の空中でわなないた。
「お目覚めになりましたか」
褐色の肌の女がそう声をかけてきた。突然の声に呆けたように相手の顔をみる。普通に家に入って来たのだろうが、まったく気付かなかった。
女はにこやかにこちらをみている。褐色の肌に、白い髪、そして尖った長い耳。黒エルフ、心のほんの片隅にそんな単語が浮かんだ。
「これは何だ?」自分を指さして問いかけた。
「わたくしの寝衣ですが、お気に召しませんでしたか」
「そうじゃない。なんで、男……」
言いかけて、混乱で自分が何を言いたいのかわからなくなった。
「ここには今、殿方をおりませんが」女は首を傾げた。
「俺は男なんだ。なんで男の俺に胸が……」
女は困った顔をする。しばし二人は顔を見合わせる。
女は何かを思いついたように、部屋の奥にいくと、鏡を手に戻ってきた。
「ちゃんと、女の子ですよ」女はにこにこと微笑ながら鏡を差し出した。
そこには確かに女性の姿が映っていた。金色の瞳。切れ長の目に長い睫毛、整った顔立ち。腰の辺りまである髪は光沢のある白色。そして、肌の色は、今まで見たこともない、青みがかった灰色だった。