梅に鶯、柳に燕――伍
つばめは友人と別れると一人薄暗い路地へと入った。
普段から薄暗くてこれ以上日が暮れてはさすがに怖いが、ここが一番の近道なのでいつも愛用していた。
つばめはいつもこの道を通ると懐かしい記憶を思い出す。
小学校へ上がりたての頃は行きたくなくて泣く自分を、兄は毎日手を引っ張って連れて行った。いつも一緒に登校した。そのときにこの近道を教わったのだ。
――母さんと父さんには内緒。危ないって怒られるから。
そのとき年相応の兄の笑顔を忘れることが出来ない。
路地を抜けてしばらく進むと、色あせた家が見えた。外観は青く、玄関先にはたくさんの鉢植えがあり、季節ごとにあちこちで花が咲く。紫陽花も見ごろを迎えていた。ベランダには洗濯物が干してあり、他人からすれば温かそうな明るい家に見えるだろう。それでもつばめにとっては色あせたものに見えた。
家の前まで来るとつばめは足を止めた。
いつもなら不快にしか思えない人物が立っていたからだ。
その人物が色あせた家の前に立つだけで、家に色が戻ったような気がした。
髪の色とふざけた顔がそうさせているのかもしれない。
千崎は女扱いされるのが嫌いだ。しかしこのときばかりは自分が男手に数えられていることが苦痛で仕方がなかった。
「柚里、おかしい絶対おかしい」
スコップで土を掘り返しながら千崎は先ほどから同じ台詞を繰り返している。その横で密が黙々と掘り進めていた。
「何もおかしくないと思います」
一方で柚里はみるみる疲弊していく二人を見ながらペットボトルの紅茶を優雅にすすっていた。
誰もが間違えることだが、千崎は生物学的上は女だ。そして柚里は男である。一般的に考えれば力仕事は男のほうが効率が良い。
「いくら拒絶反応なしの憑依とはいえ、体力の消耗は激しい。そんな力仕事してたら死にます」
「わかった、つばさをわたしに移せ。それなら問題はない……」
千崎も柚里同様の憑依能力者である。
「つばさくんが嫌がってます」
「なんでだ!」
「男は嫌だと――大変不本意ですが、ぐっじょぶです。つばさくん」
スコップで殴りたくなる衝動を必死に抑えて、千崎は発掘作業を開始する。
つばさが父親とタイムカプセルを埋めた場所は、小高い丘にあった。田舎町を囲むようにして存在する山々の中で小学生がよく遊び場としている低い山の麓にあるが、来るには竹林を抜けなければならないため、ここだけは人気がなかった。
しばらくして密のスコップが何かをつつくような音を出した。
少し土を払うと菓子箱の蓋が姿を現した。
「グッドタイミングですね」
柚里が竹林のほうを見ながらにやりと笑う。
振り返ると和泉とつばめの姿があった。
つばめは連れてこられた場所に懐かしさを感じた。
本当に幼くて記憶の断片にしか存在しないが、確かにつばめはここに来たことがあった。
いつの頃だったか、当時家族四人でピクニックに来たのだ。見晴らしがよく四方を自然に囲まれ、落ち着ける場所なのに人には知られていなくて、兄と父がとても気に入っていたのを覚えている。
つばめが最後にここを訪れたのはおそらく小学生になる前だった。
「宝物」
千崎が掘った穴から金属の菓子箱を持ち上げる。
兄が大好きなお菓子の箱だった。母が買ってきてはすぐに一人でたいらげてしまい、よく怒られていた。つばめ自身も何度それで泣かされたか知れない。
千崎は少し変形して開けにくい箱を、丁寧に慎重に開けた。
小学生のつばめから見てもガラクタとしか言えないものばかり入っていた。
当時流行っていたカードゲームのレアカード。いろんな色のビー玉。おはじき。父からもらったのか使い終わったライター。外国の硬貨。将来の自分への手紙。
手紙に重なって入っていたものを見て、つばめは手を止めた。
ベビーベッドで眠る生まれたばかりの女の子の赤ちゃんと笑顔で写る少年。慣れない様子で赤ちゃんを抱く少年。少し成長した女の子と仲良く眠る少年。幸せそうな両親と幸せそうに写る兄妹――幸せそうな家族。
つばめの頬を温かい何かが滑り落ちた。
今はもう家には決して戻らない明るさがここにあった。
柚里のキャラって難しいのです。
敬語なので真面目キャラかなと思うけど、そうすると千崎と被ってしまいますし……
かと言ってボケさせるとこいつは果てしなくボケると思う。こいつがボケ担当で行くと話進まなくなる。結構まとめ役だから。
適度に真面目で適度にボケで適度にまとめ役。おいおい、無口でどこに出番増やせばいいか悩む密くんより意外と難しいよ、柚里さん。
つーか柚里の「ぐっじょぶです」が意外にツボ。書いててツボ。
さて、そろそろ第一章も終わりに近いです~。
感想を書いてくださった方の案をお借りしてサブタイトル変更済み。