梅に鶯、柳に燕――肆
「収穫ゼロですね……」
帰宅して玄関に倒れこんだ柚里が呟く。
兄のつばさにたどり着くための苦労は結局無駄足に終わった。宝物が何なのかすら掴めずに日は暮れようとしている。
四人とも玄関に座り込み、疲弊した顔で動こうとはしなかった。
玄関も開けっ放しで梅雨時期ならではの湿った空気が疲弊しきった四人を襲う。
しばらく無言で時を無駄にしていると、一人の老婆が時雨荘へとやってきた。
「ひよばぁ……」
和泉が弱々しく腕を上げ、老婆に手を振る。
時雨荘の隣人の高浜ひよである。齢八十にしては足腰がしっかりしていて、目も耳も健在。
「なんだい、四人して使い古した雑巾みたいな顔しよって……」
「使い古した雑巾……」
どんな顔だ。
反論しようにもそんな気力はどこにもなく、どうにか四人とも立ち上がるのに精一杯だった。
「回覧板だよ。町の小学校でタイムカプセル埋めるから暇な中高生は手伝えってさ。若いってのも大変だねぇ」
ひよは回覧板を無造作に密に投げ渡し、去ろうとしたところで足を止める。
「タイムカプセルといえば松原さん家のつばめちゃんが、うちに愚痴を言いにきたよ。和泉、お前さんも悪だねぇ、本当」
「言いつけてんじゃねぇか、あの野郎……」
近所のおばあちゃんに言いつけるとは学校の先生よりもたちが悪い。
和泉は舌打ちしながらふてくされたように明後日の方向を見る。
「ひよさん、今タイムカプセルといえばつばめちゃんって言いましたよね? どういうことです?」
柚里が疲弊の色をしていた表情を一変させてひよに問う。
千崎にとっても気になった点だ。
「つばめちゃんというか松原さん家の子、だね。お父さんが健在だった頃、長男のつばさくんと二人でタイムカプセルを埋めたらしいんだ。つばめちゃんはそれ掘るのを楽しみにしていてね」
疲弊の色ではなく期待の色を顔に浮かべて、四人は顔を見合わせた。
「埋めた場所はきっとお父さんとつばさくんしか知らないんだろうねぇ。どこに埋めたんだろうね」
ひよは続けた。
「どんな宝物を埋めたんだろうねぇ」
埋めた二人はもうこの世にいない。
翌日、四人は学校が終わると急いで事故現場へ向かった。
彼は今日も横断歩道を渡る人々をじっと見つめていた。
「つばさくん」
千崎が呼びかける。
つばさは少しだけ驚いた表情をしたが、警戒している様子はなかった。
「タイムカプセル、掘りに行きましょう」
柚里が手を伸ばす。
しかしつばさは柚里に憑依しようとはしなかった。
「……ここに何の未練があるの?」
千崎が尋ねる。
彼はおそらく地縛霊だった。幽霊の中にはその土地に強い念があることで場所に縛られる種類の幽霊がいる。つばさは二年前に死んでから死亡した場所を離れていない。つばさはおそらく土地に強い思いがあり、それが彼を地縛霊にしているのだ。
つばさは千崎をじっと見つめた後、透けた腕をまっすぐと伸ばして、昼間の賑わいを見せる百貨店を指差した。
「何かを買いに来たのか」
その前に事故に遭った。
一年も部屋から出なかった少年がついに外に出て求めたものは何だったのか。
「つばさくん、教えてください。わたし達はあなたの力にもなりたい」
柚里が再度手を伸ばすと、つばさは少し躊躇して見せたが、今度は素直に憑依した。
「何が、欲しかったのですか?」
さてちょっと話が進みましたね。
地縛霊って退屈そうですよね。だってずっと同じ場所って。
なるなら浮遊霊になりたいっす、と罰当たりで呪い殺されそうなことを考えて、書いてました。
感想を書いてくださった方の案をお借りしてサブタイトル変更済み。