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人生終わらせ屋、はじめました  作者: 秋桜
【第三章】お母さん
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親思う心にまさる親心――参

 午前中に雲ひとつない青を見せていた空は、午後にはその色を暗い灰色に豹変させていた。

「意外でしたね。和泉くんが真っ先に引き受けるとおっしゃったのは」

 柚里が煎餅を豪快に噛み砕き、わざととも思える豪快な音を立てて咀嚼する。

 由紀子が帰った後、時雨荘の四人は無意識に黒く悲しい雰囲気を漂わせていた。

 母親に関する事柄は、自分たちには荷が勝ちすぎた。

 それでも和泉が「引き受ける」と勝手に言い出したとき、千崎はそれに反対する言葉が出てこなかった。千崎だけではない。密も柚里も、どこか沈んだ顔を見せながら、何も口にしなかった。

「俺だって母さんに会いてぇもん。気持ち分かるから」

 和泉は柚里の手元にあった煎餅をさらうと、柚里以上に乱雑にそれを咀嚼した。

「普通、かっこいい男の子ってそんな気色悪いこと思ってても口にしません」

「え、俺かっこいい?」

「都合のいい耳ですね。でも僕は結果的に気色悪いという意見を述べましたが」

 柚里は負けじと咀嚼する音を大きくする。

 しばらく時雨荘に粗雑な音が響き渡った。

 縁側に寝転んでいた千崎はその無意味な争いをため息を吐きながら背中で聞いていた。

「――会えるなら、会いてぇって思うだろ。誰だって」

 ふと和泉が容易く消えてしまいそうなか細い声で呟く。いつもなら鬱陶しいくらい輝きを放つ金の髪も、このときは輝きを鈍らせていた。黄緑色の神秘的な瞳が悲しげな色をしながら、居間から見える灰色の空を見つめる。

 柚里は眉を顰め、紫水晶のような瞳の輝きを翳らせた。

「僕には理解できませんね」

 その声はひどく悲しい響きをしていた。

 柚里はすくりと立ち上がり、あからさまに不機嫌そうな顔で部屋を出て行こうとした。

 しかしそこへお盆を片手に密が現れる。銀色の綺麗な髪を桃色の三角巾に納め、首からくまのアップリケがついた桃色のエプロンを下げている。

「どこ行く?」

 密に尋ねられた柚里は、相手の手元を見てため息を吐いた。

「どこも行きませんよ……」

 柚里は密からカレーの盛られた皿を受け取り、机に戻った。

 全員の目の前にカレーが並び、いつも通りの夕食が始まる。しかしいつもより静寂が支配を強めていた。




 翌日の放課後、千崎たちは制服のまま、町内唯一の保育園へと足を運んだ。

 そこは小学校の隣にあり、放課後の校庭で遊ぶ元気な児童の声が絶えず聞こえる。園内からも負けじと園児の泣き声やら笑い声やらが聞こえていた。

「千崎ちゃん、こっち!」

 フェンスの外側から園の様子を見ていた千崎たちの姿に気付き、由紀子が手招いた。

「千崎ちゃん」

 嫌味ったらしい笑みを浮かべる和泉の腹にカバンをめり込ませてから、千崎は保育園の入り口へと歩き出した。

 学ラン姿でちゃん付けされることほど、むず痒いことはない。

 保育園の門をそっと開けると、千崎たちの姿に気付いた園児が一斉に集まってきた。

「ねーねー、だれ?」

「だれのお母さん?」

「お母さんじゃねぇよ、お父さんだろ、ばかじゃん、お前。ハゲ」

「げいのうじん? さつえい?」

「カメラねぇからちげーよ、バカだな、ハゲ」

 園児は口々に思ったことを吐き、興味津々という明るい色を瞳に宿しながら千崎たちから離れようとしなかった。

 見かねた由紀子が困った表情で駆けてくる。

「先生のお客さんなの! 後で遊んでくれるから、それまでみんなはお外で元気に待っててね」

 そんなことは言っていない。和泉を除いた三人は一斉に園児を説得する由紀子の背中を睨んだ。

 ようやく解放されて靴箱でスリッパに履き替えていると、いつの間にか、その子はいた。

 黒くて長いふんわりとした髪を左右に結い分け、赤い眼鏡をかけた女の子はクマのぬいぐるみをしっかと抱き、首をかしげて和泉を見上げていた。

「え、俺……?」

 女の子は瞬きもせずに和泉を見上げている。そして小さな口が何かを紡いだ。しかし声はまったく聞こえない。

「真帆ちゃん、どうしたの?」

 女の子は由紀子に声をかけられても、変わらず和泉を見上げて声なき声を発していた。



しょっぱなから暗い雰囲気はこれから徐々にどっかいかせたいです。


密可愛い、可愛い…

「ハゲ!」とさりげなく二回も突っ込んでいた園児をいつか出したいと密かに思ってます。思うだけで終わりそう。

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