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人生終わらせ屋、はじめました  作者: 秋桜
【第二章】依頼:猫探し
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犬猫は三日扶持すれば恩を忘れず――漆

「それにしてもよかったですね、千崎くん」


 柚里がくるりと半回転して千崎を向く。小柄な彼が両手を広げて回る様子を見て、千崎は何故か彼がスカートを穿いているかのように錯覚した。それくらい彼は千崎から見ても、女子っぽい。

「何が?」

 考えていることが悟られれば機嫌を損ねられそうなので、平静を取り繕って千崎は答えた。

「きらりん、まだ中にいるんですよね? みんなの前で鳴かれなくてよかったですね」

「あ、確かに……」

 千崎はすでに過ぎ去った危険性を指摘されて、今更ながら安堵する。

 昨日、千崎に憑依した猫のきらりんはそのまま今も千崎の中にいる。学校にいる間もずっと千崎の中で大人しくしていた。

〈にゃぁ〉

 話している内容が分かったのか、きらりんが一鳴きした。

「偉いですね~」

「柚里、わたしの頭だからなそれ」

 千崎は自分の頭を撫でる柚里の手を払いのけ、すたすたと先を行く。

「学校で千崎くんがにゃぁっつってたら……俺、来年のバレンタインもらえねぇかも」

 和泉が一人で苦悶し始める。至極どうでもよかったので誰も相手はしない。

 四人が土手のほうへ方向を転換させると、その異変は起こった。

「おわっ……」

 千崎は突然四つんばいになり、四肢を使って全速力で駆け出した。二足で走るよりも何故か速いスピードで土手を駆け下り、途中でバランスを崩して川岸に滑り落ちる。

 顔面を地面に強打する一歩手前で千崎は身体の支配権を取り返した。そのまま地面に手をつき、身体を跳ね上げ、空中で一回転して、見事な着地を決めた。

「ち、千崎くん!」

 突然の千崎の奇行に驚きながら三人が後を追ってきた。

「――きらりんっ!」

 言わずもがな、中にいる彼の仕業だった。

 大人しい猫だったので千崎も気を抜いていたのだ。こうもあっさり支配権を奪われるとは。

 気をつけなければ――。

「うおっ……」

 そう思ってるそばから千崎は再び身体を支配されてしまった。

 川岸にしゃがみこみ、地面に落ちた石をあさる。

〈にゃぁ〉

 何かを探していた。

 そして千崎の脳裏に、覚えのない記憶が再び流れ出した。




 白髪交じりの年老いた人間の女は買い物袋を重そうに持ちながら、沈みかけた夕日のほうへ向かって歩いていた。

 彼はその後をゆっくりと追う。二つの影が後ろに伸びていた。

 彼女はふと歩みの方角を変えて、急な土手を危なっかしい足取りで下り始めた。彼はそれをただはらはらしながら見守った。

「少し休んでいこうか。わたしは疲れたよ」

 彼女はそういって川岸に座り込み、彼も静かに腰を下ろす。地面に転がる大小さまざまな石のおかげでお尻が痛かった。

「ねぇ、見て綺麗な黒い石」

 彼女は自分の近くにたまたま転がっていた石を拾い上げ、彼に差し出した。

「まるでお前みたいね。綺麗だけど、どこか寂しそうだわ」

 目じりの皺を深くして彼女は笑った。

 彼は感じていた。出会って間もないというのに彼女は前より明らかに老いている。白髪の数も増えた。肌は日に日に色を失い、歩く足は今にも折れてしまいそうなほどだ。

「あら、今度は……」

 彼女はまた何かを見つけた。

 黄色い石だった。小さいけれど、それは確かに水に濡れ、日を浴びて輝いている。

「お前の金色の目には及ばないけど、綺麗な石だね」

 彼の金色の目が物悲しそうに笑う彼女を見る。

 それから買い物の日は必ずここで石を探しながら休憩するようになった。

 いろいろな石を見つけた。彼女の夫のように頼りないけど優しい色をした石。果物のように美味しそうな色をした石。

 だが彼にはどうしても見つけることの出来ない色の石があった。

 彼女のように儚く消えてしまいそうな優しい色の石。それだけが見つからない。




「石、探せばいいんですか?」

 千崎が抵抗もせずにきらりんに支配権を委ね、必死に石をあさっている姿を見た柚里が腕をまくってしゃがみこむ。

 それに習って和泉や密もしゃがみこみ、石をあさる。

 どんな石を探しているのかは誰も聞かない。聞かなくても分かっているのだろう。


 彼の心の中にいるのはいつも、千代子という名の神様。


 死んだ今もずっと。




七の大字って「漆」なんだそうです!

他にもあるようですが……

漆ってかっこいいなぁ。


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