犬猫は三日扶持すれば恩を忘れず――弐
「猫探し?」
味噌汁をすすりながら柚里が聞き返す。
今晩のおかずは昨日食べ切れなかったブラウニーだった。おかずになりきれてないブラウニーを食べ終わったあともデザート組のブラウニーが待ち構えている。
喜んでいるのは作る手間が省けた密だけで、他三人はもはや吐き気を我慢しながら詰め込んでいる状態だった。
「滝川さん家の猫が行方不明なんだとよ」
和泉がブラウニーをおかずにご飯を口に放り込む。果たしておかずとしての機能を果たしているのか甚だ疑問だが、和泉は特に表情を変えずに口を動かしていた。
「滝川さんって果物農家の?」
通学路に存在する大きな農場を思い出し、千崎が問う。
滝川農場は広く従業員もいるが、経営しているのは老人だった。
「そ。偶然通りかかったときに頼まれちゃってさぁ……。俺、人気者だから」
例のブラウニーを頬張りながら得意げに和泉は言った。
密は嫌味のつもりかデザート用のブラウニーの皿を和泉の目の前にわざわざ置く。
「滝川さん家の猫はもう寿命で先が長くなかったらしい。滝川さん曰くもう生きてねぇだろうから亡骸だけでもって」
それで人生終わらせ屋に頼むことを思いついたのだろう。
「けど猫って自分の亡骸を隠すって言うだろう。見つけるのは可哀想な気もするが……」
「それは滝川さんも言ってた。それでも見つけてほしいんだとよ」
和泉はポケットから一枚の写真を取り出す。七十歳くらいの老人女性と一緒に写る黒猫の姿があった。鈴のついた青い首輪に金色の瞳をしている。
「ですが、成仏されているかもしれませんし……」
「この世にとどまっていたとしても、地縛霊なら死んだ場所を探さなきゃいけない。浮遊霊だとしてもあちこち動き回っているだろうから、相当厳しいな」
地縛霊は土地に縛られた霊だが、浮遊霊はその逆。土地に縛られず、この世を彷徨う霊のことを指す。
「たとえ浮遊霊で見つけたとしても、憑依が難しいしな」
千崎はブラウニーを大雑把に口に放り込み。顔を歪めた。不特定多数の人間からもらった大量のブラウニーの中には当然はずれも存在する。
「猫の名前は?」
「きらりん、男の子」
三人は自分の耳を疑い、次に常にふざけている和泉の口を疑った。
「……なんだよ、その目。その写真の首輪にも書いてあんだろっ」
言われて確認すると、確かに鈴と一緒につけられた丸いプレートに小さく「きらりん」と表記されている。
「とにかくせっかくの依頼だからやれるだけやってみよーぜ!」
前回に比べて一人でやる気を見せる和泉に三人は裏を感じつつ、了承した。
千崎と密は翌日の放課後、滝川農場を訪れた。
そこは商店街から少し離れた場所にあり、人影は多くない。それなりに広大だが、もともとが緑の多い田舎なのでともすればその存在に気付かない通行人も多いだろう。
多くの果物を栽培し、旬の季節には果物狩りで少ない観光客や時には地元にも重宝されている。千崎にもその記憶があった。
千崎たちが農場の中をちらりと窺うと、一番手前のビニールハウスから白髪の老人が腰を低くして出てきた。
「滝川さん」
彼には町内で度々出会うが、農場を訪れたのは何年ぶりだろうか。
千崎は家族で来た儚い思い出を脳裏に蘇らせた。その記憶の中では彼はまだ黒髪もあった。
「珍しいお客さんだ、千崎ちゃんたちかい」
千崎は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、特に意見するつもりはなかった。千崎を幼い頃から知っている大人たちは当たり前のことだが今も千崎を女の子として扱う。
「滝川さん、和泉からお話伺いました」
千崎がそういうと、滝川は敷地内にある家へと案内した。
滝川の家は時雨荘には及ばないがそこそこ広い古風な平屋だった。妻の千代子は隣町の病院に入院していて、子供たちは東京に出てしまっている。現在彼はこの広い平屋にたった一人で生活していた。
「見たところ、家にはいないな」
千崎は密に確認する。
霊の存在だけなら数人の気配があった。しかしそれはどれも古い屋敷には付き物の守護霊と呼ばれる類だ。動物霊の気配はなかった。
「きらりんは妻の千代子が十年くらい前に拾ってきた野良でなぁ。千代子に気持ち悪いほど懐いとった」
滝川が千崎たちを案内したのは居間でも客間でもなく、縁側だった。
「千代はその頃から身体を壊して農作業をやめ、家できらりんとここで過ごしておった」
その様子が千崎には何故か色鮮やかに想像することが出来た。身体を壊した老人女性が縁側でゆったりと時を過ごすその様子が。
「千代が入院して、きらりんはわたしにも分かるほど、寂しがっておった――会いたかったんだろうなぁ」
しかしそれが叶わぬまま、寿命を迎えようとしていた。
「わたしは千代子に会わせてやりたい」
ブラウニーに埋もれております、時雨荘。
なんだか今回はまだ序盤だというのにシリアスな感じですね。
次回、大変なことになります。