《終焉の女王蟲》
ここは古代遺跡"サファロン"。そこに一攫千金を求める冒険者達がいた。
古代の人々が残した合成獣を倒しながら、彼は進む。
冒険者達は信仰国家から来た者達で、かなり腕が立つ。ギルドと呼ばれる冒険者総括組織の設けた基準でもBランクは下らない猛者ばかりだ。そんな彼等だからこそ、合成獣であろうが、簡単に切り裂いていく。
そして彼等は辿り着いた。王の間に。そしてそこにある玉座の下には隠し通路があった。冒険者達はその通路に迷うことなく進んでいく。
彼等の前に現れたのは見渡す限りの財宝。彼等は歓喜のあまり叫びだした。そして、それぞれが持てるだけの財宝を持ち出すのであった。
「サリーどうしたんだ?」
「アレン見てニャー、これ。」
サリーと呼ばれたのは猫人の少女。彼女は《探求者》と呼ばれる職業についており、怪しい場所や物を直感で察することができた。玉座の下が怪しいと言ったのも実は彼女だったりする。
そんな彼女が今回指差したのはピラミッド状の箱だった。表面には見たことも無いような魔法陣が描かれている。彼女は《探求者》であるから、魔法に関しては何も分からない。しかし彼女の直感が言っていた。これは怪しいと。
そして、そんな彼女を見かけたのは《魔法使い》のアレン。彼は人族で魔法に長けており、何より詳しかった。今も他の皆が財宝をせっせと集める中、彼だけは黙々と魔法書を探していた。
彼は仲のよいサリーが珍しく顰めっ面をしていたのを見つけてで心配して寄ってきたのだった。
「これは多分、封印魔法だと思うよ。」
ピラミッドの箱を見た瞬間、アレンの表情が変わる。いつもの朗らかな顔ではなく真剣な魔法使いとしての顔に。
「解除魔法を使ってみよう。」
彼は手をかざすとサリーには理解できない言語を喋り出した。古代語という奴で、強力な魔法を使うのに必要な言語である。
サリーはそんなアレンの邪魔をすることなく横から興味津々とばかりに見つめるだけだった。
アレンが長い詠唱を終えると魔法陣が現れ、何かが割れるような音がした。
「ニャー!!」
ビックリしたのはサリーだ。
「ごめんごめん、まさかこんな簡単に開くとは思ってなかったんだ。」
アレンが笑いながら謝る。それはもう魔法使いとしてのアレンではなく、いつもの朗らかなアレンだった。
「何だろう、これは?」
アレンが箱から取り出した物は黄金の球体。
「とても嫌な感じがするニャー。」
サリーはその球体を見た瞬間に身体を縮こませた。彼女は本能的にそれがあってはいけない物だということに気がついていた。
「よし、そろそろ戻るぞ。皆、最後まで気を引き締めていけ。ここで油断したら全てがパーなんだからな。」
リーダーの男、アルシが叫んだ。そしてそれを聞いた冒険者達は財宝探りを辞め、帰る準備を始めた。
浮き足立っている奴はいても油断している奴は一人もいない。そんな小物はこの中には誰一人として存在しない。流石はここまで生き残った奴らである。
「行こう。とりあえずこれは俺が持っておく。それともこの中身はサリーが欲しいか?」
箱に描かれた魔法陣に興味を持ったアレンは箱は自分が貰うことにした。
中身もできれば持っていたいが、そこは見つけた本人も欲しがるかもしれないと思っての確認だ。中身の黄金の球体も売ればかなりの値段になるだろうから、サリーに返した方がいいかもしれないとアレンは思ったのだ。
「いらないニャー。」
「なら遠慮なく貰っていこう。
どうした?気分でも悪いのか?」
「アレン、その球体には気を付けるのニャよ。」
サリーの希望としてはこの不気味な球体は置いていってしまいたかった。しかし、それを放置するのも気が引けた。ならば優秀な魔法使いであるアレンにもってもらうのが一番だろうという結論だった。
それから彼等は王の間を出て行き、遺跡の出口までやってきた。
異変が起きたのはその時だった。
遺跡の外にあったたくさんの石像が動き出したのだ。中でも8メートル近くもある巨像が動き出す瞬間は圧巻であった。
そして、遺跡の天井破って現れたの竜。普通なら絶対絶命のピンチである。しかし、この冒険者達にとっては違った。彼等の中には一人、最強の魔法使い、ギルドのランクでは世界に5人しかいないと言われるSランク保持者がいたのだ。そう、アレンである。
アレンの圧倒的な殲滅力により瞬く間に石像は破壊されていった。しかし、竜はいくらSランクのアレンと言えど簡単にはいかなかった。
そして長い激闘の末、そこには動かなくなった竜と、肩で息をするアレンの姿があった。
この経験を経て、アレンは《魔法使い》から《魔導使い》へと職業を変化させ、更なる高みへと至った訳だが、それは今は関係ない。
重要なのはアレンの持っていた黄金の球体。実はこの竜の目的は侵入者からその黄金の球体を取り戻すことだったのだが、死ぬ間際にその目的を完遂した。
捨て身の突進時、僅かに角がアレンの鞄を掠り、鞄に掛けられていた防御魔法ごと切り裂いた。そして僅かに開いた穴から黄金の球体が戦闘の最中、転がり落ちたのである。
アレンが鞄に開いた穴とその事実に気がついたのは彼が国に戻った後だった。
ここまでがこの物語の長いプロローグ。そして運命の歯車の最後の分岐点。
サリーが箱に興味を持たなければ、アレンが箱の封印を解いてしまわなければ、黄金の球体を外に持ち出さなければ、アレンが最後まで黄金の球体を守り抜ければ、アレンが落とした黄金の球体に気が付ければ、未来は少し、変わったのかもしれない。
しかし、運命の歯車は動き出した。彼等が起こした"原因"は果たしてどんな"結果"を生み出すのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇
黄金の球体が揺れる。中から何か音がする。
そして何かが出てきた。それは幼虫だ。古代人が古蟲種を掛け合わせて作った最強の生物兵器。名前は《終焉の女王蟲》。
その幼虫はいきなり鳴き出した。それは虫型の魔物にしか聞こえない特殊な音だった。
続々と集まる虫型の魔物。実はこの音には聞いた虫型の魔物を【魅了】してしまう特殊な音であった。
幼虫集まってきた虫達におもむろに近付くと、虫型魔物達を食べ始めた。虫型魔物達は【魅了】されている為に抵抗することなく食べられていく。
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幼虫が虫型魔物を食べ始めてから三日が経った。幼虫は丸々と太り、巨大な姿となっていた。既に高さが三メートルは下らない。
幼虫は食べるのを辞め、集まっている虫型魔物達に指令を与える。『我を守れ』と。
幼虫はそれだけ命令すると自らに糸を吐き出し繭となった。
この森には虫型魔物の他にも強力な魔物が存在する。しかし、幼虫の出す幻惑フェロモンが近付いてきた敵を惑わし、自分には近付かせないように仕向けていた。
周りの虫型魔物達は万が一の為の保険である。
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更に三日が経ち、繭に変化があった。中からコツコツと叩くような音がしたのだ。
そしてその後すぐ、繭が割れ、中から蟲が姿を現した。《終焉の女王蟲》の成虫である。蜂のような身体をしているが、纏うオーラや魔力が桁違いである。
彼女は周りの護衛を頼んだ虫型魔物達を容赦なく喰らうと、羽根を動かし、飛び立った。
森の奥深く《侵されざる聖域》と呼ばれる場所。そこは名前とは裏腹にAランクやSランクの魔物が多く生息する魔境である。そこに彼女は降り立つと、いきなりSランクの《聖鹿》という魔物に喰らいつき、そのまま食べてしまった。そしてその場に卵を産んだ。
卵はすぐに孵り、幼虫は残った《聖鹿》の死体を喰らうと瞬く間に成虫へと成ってしまった。《終焉蟲の使徒》の誕生である。
卵から孵った《終焉蟲の使徒》は五匹。彼等はすぐにその場を散ると、獲物を捕らえて持ち帰ってきた。すべては母である《終焉の女王蟲》の為である。
《終焉の女王蟲》は子供達が持ってきた獲物を食べてはひたすらに卵を産み続けた。
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一週間が経った。《侵されざる聖域》の中央に巨大な巣が建設されていた。
この森の木々は背が高い為、上空からは分からないがその巨大な巣は蜂の巣のような造りで地下にまでその面積は広がっていた。
《侵されざる聖域》には生物は最早存在しない。全て食べられてしまったからだ。
異様な静けさを保つ森の中、翅音だけが響いていた。徐々に大きくなる翅音。それは巣の中から蟲達が現れたことを意味した。
数万単位の蟲達が巣を飛び立つ。その中央には一際巨大な蟲、《終焉の女王蟲》の姿があった。
これは引っ越しである。餌の少なくなった場所を離れ、より餌のある所へと。
今、《終焉の女王蟲》達が向かう先には《信仰国家レリオス》があった。
◇◆◇◆◇◆◇
アレンを含めた冒険者達は遺跡の発見者として大々的にギルドから賞賛されていた。しかし、逆に《信仰国家レリオス》からは財宝の不当な請求があったりとで仲が悪化してしまっていた。元々、ギルドとは仲が悪かったこともあり、アレン達はもう一度、今度はギルドの連中も連れて古代遺跡"サファロン"に戻ってたんまり財宝を持ち帰った後、国を出てしまっていた。ギルドも支部をたたみ、この国を去った。
《信仰国家レリオス》が信仰している宗教は人間至上主義というものがあり、亜人も多く所属するギルドのことを目の敵にしていた。自己防衛の為、仕方なく駐留を許可していたが、最近になって強力な魔物が現れなくなったので、今回の遺跡の富を独占したギルドを追い出してしまったのだ。
そんなことがあり、今はアレン達一行は馬車に乗って《庸平国家フリーラ》に向かっていた。
「そういえば、これは何だったんだ?」
最近のゴタゴタですっかり解読を忘れていたピラミッド型の箱を取り出すアレン。既に中身の紛失には気付いていたが、結局あの黄金の球体が何だったのか疑問は残る。
「あんな国、こっちから願い下げニャ。
アレンは何をしているニャ?」
不機嫌なサリーがアレンに近付いてきた。人間至上主義の信仰国家レリオスで猫人のサリーは酷い扱いを受けた。ものを投げられたりはあたり前、ひどいときにはいきなり斬りかかってくる奴までいた。勿論、全て隣にいたアレンが防御魔法で蹴散らしたが。
「無くしたあの球体は何だったんだろうって思ってさ。箱を解読すれば何か分かるかと試してみるとこ。」
「仕方ニャいとはいえ、あれを無くしたのは失敗だったニャ。」
本能的にあれが危険なものだと悟っていたサリーはあれが無くなったことを一番恐怖していた。最近は毎日忙しかったがあの球体から感じた恐怖が頭の片隅に居座って離れない。
「ちょっくら《解読》の魔法を使ってみるわ。」
そう言うと軽い様子で解読を始めるアレン。しかし読み進めていくに連れて急激に表情が変わっていった。初めは表情が真剣なものになりその後、真っ青に変わった。
「馬車を止めろ!!」
アレンが叫ぶ。
「レリオスに戻るんだ、今すぐに!!」
普段、いつも余裕を忘れないアレンの突然の叫び声に馬車にいた仲間達は困惑する。
「ど、どうしたニャ?」
竜と対峙した時でさえ余裕で笑ってみせたアレン。それが今は焦り過ぎて顔が歪んでいる。
この中で一番付き合いの長いサリーでさえ、こんな彼は見たことが無かった。
「俺はとんでもないことをしてしまった。
この箱はパンドラの箱だったんだ。開けてはいけなかったんだ。」
「だからどういうことニャ?
あの球体は何だったんだニャ?」
「世界を終わらせる怪物の卵だったんだよ。」
◇◆◇◆◇◆◇
ギルドを追い出してから三日が経った信仰国家レリオスだが、それによる弊害は特に無かった。何故かギルドの手を借りねばならないほどの魔物が現れなくなったからだ。
神官達はそろいもそろって、それは異教徒達を追い出した我らへの神からの祝福だといい切った。もちろん信仰国家であるレリオスの国民が神官の言葉を疑うこともなく、表面的には平和な日々が続いていた。
そんな時である。最高神官、実質この国の支配者であるウロクの元に魔物の大行進の知らせが入った。
「虫型魔物の大群だと?」
虫螻ごときと笑う者はこの場には1人もいなかった。彼等は虫型の魔物の大群がもたらす作物への被害を身にしみて知っているからである。
「すぐに神術の扱える《神官》を集めよ。」
信仰国家にいる《神官》達は神術と呼ばれる魔法に似た技を操る。神官の数も多い為、魔物の大群が押し寄せてきた場合、神官達とギルドの冒険者達が力を合わせてことに当たってきた。今回はギルドを追い出してしまった為、神官達だけでの対応となる。
最高神官のウロクは虫魔物の襲撃になら神官達だけでも事足りると踏んでいた。そしてそれは正解である。もしもそれが小型の虫型魔物の大群であったなら神官達だけでどうとでもなっただろう。
しかし、この大群はその規模も虫達の大きさも桁が違った。
◇◆◇◆◇◆◇
「間に合ってくれよ。」
アレス達の馬車が猛スピードで道を駆ける。
アレスが魔法を使って馬と馬車に細工をした為、普段の四倍以上の速度で馬車は道を駆けていた。
「おかしいニャ。」
サリーが鼻をくんくんさせ、眉をひそめた。
「どうした?」
猫人であるサリーの感覚は鋭い。アレスもサリーの感覚を普段から頼りにしている。
「何か来るニャ。」
「!?」
アレンは急いで馬車に掛けた魔法を解除し、馬車を止めた。
アレンの気迫に圧されて付き合わされている他のメンバー達はいきなりの急停止に文句を発した。しかしアレンは聞く耳持たず、じっと前方を見つめたまま動かない。
「みんな、戦闘態勢に入れ。団体様のお出ましだ。」
△▼△▼△
「何なんだ、こいつら!?」
誰かが叫ぶ。だが、それに答える人は誰もいない。まず、その答えを誰も知らないし、答える余裕も無かったからだ。
唯一、ことの真相を知っていそうなアレンは彼等を置いて、単身でレリオスに向かってしまった。
後から後から現れる蟲。《終焉蟲の使徒》達。一匹一匹が人の二倍程度の体格がある上、数もハンパない。見渡す限りの黒い陰。全て《終焉蟲の使徒》だ。
彼等は円陣を組んでこの蟲達に対抗している。馬車は諦めた。彼等に馬車まで護っている余裕などない。
馬車に繋がれた馬達は為すすべもなく蟲に喰われ、跡形もない。
「早く帰って来いニャー。」
サリーの見積もりでは後、三十分くらいしか戦況は保っていられない。それまでにアレンが帰ってこなければ彼等は揃って蟲の餌だ。
▼△▼△▼
「‥‥嘘だろ?」
アレンが見たのは大きな蟲の巣と化した信仰国家レリオス。
アレン達がここを出てまだ四日だ。そう、四日で国が一つ滅んだのだ。
「これが《終焉の女王蟲》の力か。」
それはピラミッドの箱に記された名前。最強の生物兵器、開けてはならないパンドラの箱の中身。
「俺の責任だ。」
アレンは単身、蟲の巣と化したレリオスへと突っ込んだ。《魔導使い》となったアレンの魔法の威力は非常識な程に高い。
巣の一部を光の光線で貫き、道を作る。《終焉の女王蟲》さえ倒せればアレンの勝ちなのだ。彼は魔力を前回にし、《検索》で探し出した《終焉の女王蟲》の元へ向かう。
◇◆◇◆◇◆◇
女王蟲の部屋に穴が開き、そこから男が現れた。
しかし、人間の中では破格の《魔導使い》であるアレンも彼女にとってただの餌も同然であった。
男から放たれる多種多様にして大量の魔法。不意打ち気味に喰らわせれた魔法は全て彼女に命中した。
そして最後に一際魔力が高まり、アレンの最高の魔法《希望は我と共にあり》が放たれた。
女王は全ての攻撃をまともに喰らったにも関わらず無傷であった。最後のは少し痛いと感じたが、それだけだ。
しかし、最後の攻撃が終わり、女王が反撃に出ようとした時には男はもういなかった。女王の鋭い感覚は男が既に遠く離れた場所にいることを探り当てたが、深追いすることはなかった。放置しても問題ないと彼女は判断したのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「驚いたニャー!!死ぬかと思ったニャー!!」
怒り心頭のサリー。ほかの面々も同じような顔をしていた。
「ごめんごめん、俺も必死でさ。」
地面に倒れ込んだまま言うアレン。彼は女王との戦いの後、勝てぬと悟ってすぐに仲間と自分を《瞬間移動》を使って遠く離れた《庸平国家フリーラ》の前まで飛ばした。流石のアレンでもこの距離を飛ばすのは無茶だったようで、魔力欠乏症という症状を起こしていた。
この症状になると三日は魔法が使えなくなってしまう。因みにアレン以外の人間が今回のような無茶をしたら魔力どころか命まで吹き飛んでしまうだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
それから一年が経ち、アレンのいるハラナタア大陸は恐怖のどん底へと突き落とされた。冒険者達はこの大陸に見切りをつけ、隣のアラハナマ大陸へと移った。
《終焉の女王蟲》は気候の問題なのか飛翔能力の問題なのか海は渡れないようで、アラハナマ大陸まで滅びることはなかった。が、ハラナタア大陸は人の住める場所ではなくなり、蟲と蟲をも恐れぬ竜の上位種。そして植物だけが住む場所となったのだった。
―完―