決意
私は、どうすればいいのだろうか。
泡の魔術を使ってから数日、私はぼんやりと窓の外を見ることが多くなった。
ちなみに今は両親が材料について商人と交渉しに行っているため店番中だ。午後のお客さんがあまりいない時間帯だし、じっくりと考え事するには適した時間だ。
「はぁ…」
私は片手を天へと上げて、目を細めた。
次の瞬間には、私の掌の上に赤い色の魔術陣が現れ、やがて消えると同時に小さな火が私の掌の上で数センチほど浮かびながら、揺らめく。
その光景をぼんやりと見ながら、私は今日何度目になるのか分からない溜め息をつく。と、
「あ、あの…」
「わっ!?」
急に声をかけられ、咄嗟に火を消す。
見ると、カウンター越しにお客さんがいた。
目深につばの広い帽子を、かぶっているため顔はよく分からないが、声と来ている服からして女の子。体格からして大体同い年くらいの子だと思われる。
この時間帯にお客さんが来たことに驚きながらも、私は慌てて接客にうつる。
「いらっしゃいませ!どんなパンがお望みですか?」
「ええと…あの、フランスパンとガーリックトーストとメロンパンはありますか?」
「はい、あります!」
本来ならば置いてある商品をトレーの上に置いてそれをここまで持ってきてもらうのが普通なのだが、パン屋という店じたい初めてなのだろうか。目の前の少女は不安そうだ。
私は慌ててトレーの上にパンをのせてカウンターまで持っていき、袋につめる。…うん、でもよく考えたら、慌てる必要性はなかったんだよね。忙しい時間帯でもないんだし。
パンがはいった袋を渡すと、少女は微笑みながらありがとうと言った。…いや、帽子のせいで笑ったのかとか微妙によく分からないから、若干あやふやなんだけど…。
「…ところで、今のって魔術だったよね…?」
「え?ああうん。そ、炎系の魔術」
おずおずといった様子で話しかけてくる子に、私は見られていたかと思いながら、もう一回やってみてと言われる前に魔術陣を掌の上に出現させる。
少女が、じっと私の魔術陣を見る。他の子供に見せた時と反応が違うように感じるのは気のせいだろうか…。なんか、観察というかなんというか、緊張する視線だ…。
やがて魔術が完成し、さっきと同じように掌の上に数センチほど浮いた状態の火が現れる。
すると少女は、驚いたように私の顔をじっと見て、口を開いた。
「…綺麗な魔術陣ね。乱れもなくって、完璧」
「え?あ、ありがと…?」
魔術に詳しい子なのか、私の魔術陣を見てそう感想を言ってくれる。
魔術陣に対してなにかを言われたのは、二回目の人生初なので驚いていると、少女は再び口を開いた。
「貴女は、魔術師を目指しているの?」
「…っ」
なにも答えられない。
なにも言わない私を不審に思ったのか、少女は首を傾げて少し困ったように声をだす。
「どうしたの?魔術師に、なにかトラウマとか…?」
「トラウマ、というか…」
なんて答えようかと頭をフル回転させてみるけどなにも思いつかないので、正直に話してみようと思ったの。
見ず知らずの他人なのに、なんだか彼女に話してもいいような気がした。…もしかしたら、見ず知らずの他人なんだから話しやすいのかもしれない。
「私…魔術で辛い思いをしたことがあるの…」
「辛い思い…?」
「うん、だから魔術師になったらまたそんな思いをするんじゃないかと思って不安で…だから、魔術師を目指すか迷っているの」
「………」
少女は少し黙って、それから慎重に言葉を選んでいるのか、少しゆっくりと喋りはじめる。
「…その気持ち、なんとなく分かるよ」
「え?」
「私も、魔術で辛い思いをして、もういやだって思ったんですけど、魔術が大好きで、それ以外の道に進むのが想像ができなくって…」
「………」
同じだ。
私も魔術が大好きで、だからそれ以外の道に進むのが考えられない。
いや、もしかしたら考えたくないのかもしれない。
「だから私、決めたんです」
少女は胸に手を当てて、真っ直ぐ私の顔を見ながら、
「他の道が考えられないのはきっと、それだけ魔術が好きだから。だから、例え辛いことがあってもまた魔術師になろう、と」
「……!」
彼女の話に、少なからずの衝撃を受ける。
辛いことがあるかもしれないのに、魔術師になろうとしているその子に。
しかし、それだけではなかった。
今彼女は、またと言った…?
私が目を丸くしていると、彼女はパンがはいった袋を手に取り、軽く会釈をする。
「すみません、長々と話をしてしまいました。そろそろ父の仕事も終わっているかもしれませんので、そろそろ失礼します」
「仕事?」
「小説家をやっているの。だけどたまに熱中しすぎて食事をとるのを忘れて…。そうなったときは私がサポートしてるの。それじゃあ、パン、ありがとう」
「あ、ありがとうございました!」
彼女は少し早足でお店を出ていった。早く帰ってお父さんにパンをあげたいのだろうか。
私は彼女が店を出たあとも、店のドアを眺め続けた。
強いなぁ…。辛いことが待ってるかもしれないのに、自分のやりたい道に進もうとするなんて。
…いや、そもそも彼女の思ってる辛いことと私の思っている辛いことが違うからかもしれないからかもしれない。
それでも、強いと思った。
その強さが羨ましく思った。
「…よし」
若い子が頑張ってるのに、私が頑張らなくってどうする。
私は精神年齢でいえばもうそこそこの年いってるんだから。
それに、ここで決めなければ一生悩み続けることになりそうだし。
「…よし」
私は両手をギュッ握る。あの子感謝しなければいけないな。背中を押してくれたようなもんなんだから。
じゃあさっそく準備しなくちゃ。まずは両親に私の気持ちを言って…
「ただいま、リア。良い子にしてた?」
「なにかトラブルはなかったか?そうそう、リアに話があるのだが…」
丁度良いときに来た。
私は両親の元まで歩き、真っ直ぐと二人を見つめる。
そうすると、二人はキョトンとした顔をする。
お父さんが、なにかを言いたそうだったけど、それを効いてからじゃ待っていられなかった。
「お父さん、お母さん、話があるの」
私は二人を見つめながら、口元を緩めて、
「私、魔術師になる」
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