魔術師という職業
「ねえリアちゃん」
「どうしたのレアン?」
ものすごく困った顔をしながら、私の名前を呼びながら私の服のすそを引っ張るレアン。彼女は、どうしたものかと視線を彷徨わせ、やがて私に視線を向けた。その顔に浮かんでいるのは、苦笑と呼ばれる類の笑いだった。
「いっそのこと、本物の魔術師さんが来ればいいのにね」
「…え?」
「だって、私がずっと前に見た魔術師さんが使った魔術すごかったんだよ。水の泡をぶわあって出して」
「…水魔術の初級技だね」
「え?何か言った?」
「ううん、なにも。それで、どうしてそこから来ればいいって思ったの?」
「私、それを見た時すごく感動して思わず何も言えなくなっちゃったもん」
「………」
えへへ、とどこか照れくさそうに彼女は笑った。
彼女の口ぶりから、本当にすごいと感じたのだろう。…そっか、魔術の力というのは身近にはなったのだけど、やっぱりまだ信じられないようなものであるってことなのか。
いや…もしかしたらマジシャンと同じような種類のものなのかもしれない。って、そうじゃなくって…。
恐らくレアンが言ったことを訳すると、すごいことが起きるとみんな喧嘩やめるかもねと、そうなる。
たしかに、本物のすごい魔術が起これば喧嘩なんかやめるだろう。でも、そんな魔術師なんてそう簡単に転がってるわけ…。
「………」
「あれ?リアちゃん急に黙ってどうしたの?」
レアンの言葉は無視して、私は小さく息を吐いた。
いた。ここにいたよ。前世だから元になるけど、魔術師ここにいるよ。私だよ魔術師!
使ってしまったら、どこでそんなの習ったのかなどと色々と問い詰められそうで面倒だが、ここで使わなかったとしても別の方法で喧嘩を止めなければいけないので、それも面倒だ。
私は再びため息をついて、手を前にだした。
「え?え?リアちゃん…!?」
レアンの驚いた声に、何事かと皆が振り向き、皆が目を丸くする。
それもそうだ。なんせ、今私の手のさきには水色の魔術陣があるのだから。
正直にいうと、水魔術よりも炎魔術の方が得意なのだが、さすがにここで炎魔術は危ないのでこちらにしておく。
とりあえず、使う魔術は派手なかんじのものでいいか。………よし。
「発動」
魔術が発動し、魔術陣が消え去る。
のと同時に、
「うわあ…!」
「なにこれ…すごおい…!」
泡が、大量の泡がふわふわと浮いて、そこにあった。壁に当たっても砕けず、ポヨンと跳ね返ってフヨフヨと浮遊する。
アムルもシャーリィも、その泡を見て驚いていた。もう少し派手なやつでもよかったかなと思ったが、状況が飲み込めてきたらしい子供たちが喜びながら泡に手を伸ばしているのを見ると、まあいっかと思う。
やがて魔術が終わり、子供たちが残念そうな声をあげる。
しかしすぐに私の方にキラキラとした視線を向ける。アムルなんかは露骨に、シャーリィはおずおずといった様子だが、期待するような目を向けた。
「…喧嘩をしないって誓ってくれたら、もう一回やってあげ」
「しねー!ぜってーしねーから今のもう一回!」
最後まで言わないうちにアムルが言った。周りの皆も同意見のようで、賛成の言葉を異口同音に唱える。
仕方がない、と呟いてみるけど、ちょっと嬉しい。私の魔術を見て、こんな風に喜んでくれる人を見るのは、何年ぶりかな…。
そう思いながら、私は再び魔術を発動した。今度はもっともっと長く続くようにした。
再び、広場が泡に包まれ子供たちがはしゃぎ、喜ぶ。それが嬉しくって、思わず顔を綻ばせていると、レアンが不思議そうな声をあげる。
「すごい…けど、こんなのどこで覚えたの?こんな魔術、初めて見た…」
レアンの言葉が聞こえてたらしいアムルとシャーリィが、二人揃ってたしかにという顔をしていた。…実は仲いいでしょ、君たち。
私はレアンの問いに誤魔化すように笑って、唇に人差し指を当ててみた。
「秘密。それは教えてあげられない」
「ええっ!?」
教えてくれなかったのがショックだったのか、レアンはガーンという顔をする。少しだけ離れたところにいた、アムルは拗ねたように唇をとがらせたが、無理やり訊く気はないようだ。その隣にいたシャーリィは、アムルとは真逆のようでムッとした顔をしてこちらに近づく。
「ハッキリ言いなさいリア。仮にも魔術師を目指している私よりも高度な技を使えた訳!」
ここで『前世が魔術師だったもんで。てへぺろっ♪』なんてやったら怒られるだろう。
じゃあどう言い訳しようかな…さすがに、偶然は無理があるし…うーん…。
悩んでいると、シャーリィがハッとしたそう顔をする。…嫌な予感がするのは気のせいだろうか…と思っていると、シャーリィはショックを受けたように二、三歩下がりワナワナと震える唇で言葉を紡ぐ。
「そう…なのですね…」
「?」
「私…知りませんでした…まさか、まさか貴女が…!」
ごめんなさい、とりあえず何にそんなショック受けているのか話してください。
シャーリィが何を言いたいのかさっぱり分からず、レアンとアムルを見ると、二人ともシャーリィが何を言いたいのか分からないらしく、首を傾げていた。
そんな私達の様子に気づかず、シャーリィは恐ろしいものを見たかのような声をあげる。
「貴女も、魔術師目指していたのね…!」
「…え?」
「そのためにこっそりと術の腕を磨いていたのね…貴女という人は…恐ろしい子!」
「………」
「でも私だって魔術師を志す者!負けないわ!」
ビシィッという効果音がつきそうなかんじに私を指差すシャーリィ。いや、その前に話が読めないのだけど、どゆこと?
「こうしてはいられないわ!私も今から家に帰って勉強よ!」
「え、ちょシャーリィ、待って!」
声が聞こえなかったのか、シャーリィは泡の中を突き進んで家路を急ぐ。…なんか、勘違い?をさせてしまったっぽい…?
呆然としていると、肩を叩かれた。見るとアムルが不思議そうな顔でこちらを見ていた。隣には、レアンがいる。
「お前、魔術師を目指しているのか?」
「……」
はいともいいえとも言えなくて、私は二人から視線をそらす。私が答えられないのを悟ったのか、レアンが優しく微笑みながら「そう簡単には答えられないよね」とだけ言って、アムルの手を引っ張って泡で遊んでいる子供たちの中に入っていく。アムルは答えを聞きたげだったが、珍しく、強引なレアンに引っ張られて仕方がなしに他の子達と遊びはじめた。
一人残った私は、さっきのアムルの問いの答えを考える。
魔術師とは、前世の子供の頃から憧れていたものだ。最初は好奇心で魔術の勉強をして、そして習得したものを見せびらかしたくて父親に見せた。その時、父親はすごいなと笑ってたくさん褒めてくれた。だから、もっと褒めてほしくって他の魔術も独学で習いはじめた。
その次に魔術を見せたのは、それから少し経ってからだ。親に叱られて落ち込んだ友達に元気を出してほしくって、魔術を使ったのだ。すると途端に友達は目をまんまるにしてすごいと褒めて、笑ってくれた。
自分の魔術で笑ってくれて、嬉しかった。もっともっと、色々な人に笑ってほしくて、私は魔術師になる道を目指したのだ。
当時、魔術師という存在は受け入れられていたものの、男性がなる職業であったため女性がなるということは珍しがられた。そして、魔術師にならないほうがいいとまで言われた。
認めてもらえなかったのが悔しくて、意地でも魔術師になってやると思い、必死に努力した。そのおかげで、私は魔術師になった。
ようやく、人を笑顔にできると、そう思った。
でも現実というのは甘くない。戦争が始まっていたため、魔術師というのは嫌でも戦場に立った。
魔術師になって見た初めての人の表情は、恐怖、だった。
…魔術師になったら、またあの恐怖の表情を見ることになるかもしれない。
別に魔術師にならなくたって、私は暮らしていける。パン屋で修行して、家を継いで…。そうやって、静かに暮らしていける。
それで、いいのだろうか?
今の時代は戦争がない。けど、いつかあるかもしれない。そうなったら、またあの表情を見る。
でも、私は…。
大好きな魔術と無関係で、生きられるのだろうか。
透明な泡が、夕日に照らされながらフワフワと浮いていた。
、