魔術
先日読んだ本により、今が私の前世が死んでからどのくらい経ったのかがよく理解できた。三百年って、結構経ってるよねー…。
それにしても、私これからどうしよう。このままいけば、家のパン屋を継いでどこかの誰かと結婚してその人とパン屋やっていって子供を生んで…。
待っているのは簡単に想像できる、至って平凡な未来だ。そんな未来も悪くないだろうと思う。
戦争とか、戦いとか、魔術とか、そういうものと一切無縁の生活…か。なんか、前世が前世だっただけに、信じられないような生活が送れるんだなぁ…。
「リアちゃん、どうしたの考えこんで」
「え?ああいや、今日のご飯はなにかなって」
「そうなの?お昼食べたばっかなのに?フフ、食いしん坊だねリアちゃん」
「あ、あはは…」
いけないいけない。今は近所の友達たちと遊んでるんだった。
慌てて誤魔化して私は友達に笑顔を向ける。すると友達は安心した笑みを浮かべて行こうと言って手を引っ張って子供たちがよく集まる広場までつれていく。
「リアちゃん、ほら見てアムル君たちが遊んでるよ?一緒に遊ぼうって言おう」
「あ、うん」
アムル君というのは、私と彼女と同い年の男の子。さすが男の子というべきか、悪戯はするわ物は壊すやらのやんちゃ坊主だ。でも根は優しいので、結構みんなから慕われている。
見るとアムル君の他に数人男の子と女の子がいる。なんでかは分からないが、女の子の方の何人かは杖を持っている。…なんか、嫌な予感がする…。
「アムル君、一緒に遊んでいい?」
「おう!レアンとリアか!ナイスタイミング!」
私たち二人の姿を見ると、アムルはニヤリと笑った。そして私たち二人にこっちに来いという手招きをする。
「今な、シャーリィと競ってるんだよ」
「シャーリィ…ああ、あの子」
チラリと視線を向けた先には、プライドの高そうな金髪の女の子。一瞬彼女の金髪を見て、図書館で会った男の子の方が綺麗な色だったなと思ってしまう。我ながらなんとも失礼なことを考えてしまった…。
彼女シャーリィは下町では裕福な分類に入る家の子で(といっても貴族には足元にも及ばないくらいだが)プライドが非常に高くいつも取り巻きの子がいる子だった。個人的には、あまり好かないというか…上から目線なのが非常に苦手な子だ。
「んで、なにを競ってるの」
「魔術に決まってるわよ!」
「………は?」
いきなり会話に加わり高らかに言った言葉に、思わず呆れてしまう。声がどこか小馬鹿にしているような色があったが、それよりも今この子はなんて言った?魔術?
「ど、どういうこと?」
友達のレアンが、訳が分からないといったふうにオロオロした表情をしていた。
アムルがあのなあと説明するのが面倒くさそうだけど、教えてくれた。
「偶然会って話してたら、俺がちょっと魔術使えるって言ったらいきなり『勝負よ!私は魔術師になるんだから負けられない!』って言って勝負になったんだよ」
「…そ、そうなんだ…」
なんかよく分からないけど、まあいいか…。
とりあえず、アムルとシャーリィが魔術で勝負しているということはよく分かった。
私が頷くと、アムルはだからなと言いながら顔を近づけてきた。
「俺ら勝負したんだけどよ、勝敗が決まらねえからお前ら二人に決めてほしいんだよ」
あ、そうか。アムルの友達はアムルの味方するし、シャーリィの取り巻きはシャーリィの味方するに決まっているから、両者が互いに譲らない展開になるのか。
人の魔術なんて長い間見ていないので、ちょっと気になる。なので、私は喜んで頷いた。
「レアンはどうだ?」
「私でよければ…」
レアンがぎこごちなく頷いた。それを見てアムルがよしと満足そう言い、シャーリィにこれでいいかと確認をとる。シャーリィの異論はないようで自信満々の顔で頷いた。
「じゃあいっせーのせでいくぞ?せーの」
「せーの!」
同時に手を前につきだし、同時に二人の手の先に魔術陣が浮かび上がる。
うん、素人らしくグダグダな魔術式だ。乱れが二人ともえるし、戦場に立ったらすぐに死…うん、こういう評価はやめよう。
「「発動!」」
同時に二人が魔術を発動させる。
そして、アムルの前には水がドバアッと落ちてくる。一方シャーリィの前には土がこちらもまたドバアッと落ちてくる。
魔術の初歩の初歩、召喚術だ。…それにしても、土と水がはねて少し服にかかったぞ…。
「ようし!成功!」
「こ、この程度なんてことないわ!」
勝ち誇った顔をこちらに向ける二人。その表情は、やり遂げたという達成感と疲労があった。
私の判断を待っているのだ。…正直、私からいわせれば、同レベルなんだけど…。
どうしようとレアンに顔を向けると、レアンはよく分からなかったようで、どっちもすごいと言っている。…魔術をあまり見たことない子にとっては、どっちもすごいとしか思えないんだろうな…。
いつまでも答えを出さない私に痺れを切らしたらしい二人は、どっちがすごいか言い争いを始めた。
「そっちの魔術なんて水を落としただけでなんも捻りもないじゃないの!」
「それはそっちも同じだろ!?土を落としただけじゃねえか!」
それに取り巻きやら友達やらも加わって、大きな言い争いを始めそうになる。私は慌てて、仕方がないので正直に思ったことを告げる。
「引き分け!二人とも同じくらいすごかったよ!」
「そう、なのか?」
私の言葉にアムルは驚いた表情をしながらどこか嬉しそうに頷いた。が、シャーリィはその返答が気に入らなかったようで、グイと私に詰め寄る。
「ちょっと、なんなのそれ!ちゃんと勝敗を決めなさいよ!」
「い、いやそう言われても、魔術の式も全部同じようなかんじだったし、発動した時もまったく同じようだったから…」
「リアちゃん、よく見てるんだね…」
レアンが感心したような声をあげる。
私はレアンを見るけど、笑うだけで何も答えなかった。そんな私の視界に、納得しきれないという表情のシャーリィが映る。その後ろには、取り巻きの子が何人かいた。
「それじゃ駄目よ!ちゃんと勝敗決めなさい!私は将来魔術師になるのよ!?なのにこんなろくに勉強してない奴と引き分けなんて、そんなの許される訳ないじゃない!」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「そーよそーよ!シャーリィはこうして杖を持つほど魔術師になりたいのよ!?」
途中アムルが不機嫌そうな声を出すけど、無視した取り巻きたちはシャーリィの味方をする。シャーリィは、どこか満更でもなさそうな表情をした。
いや…というか、魔術師になりたい=杖を持っているのはおかしくない?魔術師は杖を持っていたのはもう千年くらい前の話だからね。
と思っていると、シャーリィの取り巻きとアムルの友達が言い争いを始めた。どうやら、アムルの言葉が無視されたのにカチンときたらしい。
またか。この言い争いを終わらせるためにはどちらかの味方をしなければいけなくなる。しかし、例えここでどちらかの味方をしたとしても、もう一方の取り巻きやら友達やらが納得しないだろう。
どちらをたっても角がたつ。どうしよう…。
途方にくれていると、リアが音もなく近づいてきた。
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