戦い前と
手加減しなければ、駄目だろうか。
私が使う魔術は、基本人を殺すためのものだ。
そうじゃなければいけなかった。じゃなければ、私は戦場で、あの時よりももっと早く死んでいた。
今回、先生はどんなにひどい攻撃をしても死なない。代わりに痛みを与えて気絶させるだけと言った。
死なないんだったら、手加減なしでもいいんじゃないのかと思う。だってこれは実力を示すものなんだから。出し惜しみなんかしても、なんも得じゃないし下手したら手を抜いたのが見抜かれてなんで手加減したのかと問い詰められるかもしれない。
シセリー先生は、私の魔術を何度も見ている。手加減していることを見抜かれてしまう可能性は高い。
だからといって、手加減なしだったらどうなる?
相手には容赦ない攻撃で、死なないけど死ぬほど痛い攻撃を与える。
それに、もしかしたら私の攻撃を見て他の生徒たちが私を見て恐怖するかもしれない。
竜の時はそんなこと全然構ってなかったけど、よくよく考えたらあそこでヒースとセインが私の魔術を見て距離を置いてくれなくてよかったと思う。まあ二人とも私と同じような実力だったしね。
だけど他の人は違う。
きっと、簡単な初歩の初歩の魔術だって使えない人もいる。
そんな人から見て、戦場で使っていたような私の魔術を見てどう思うだろうか。
…よっぽどのことじゃなければ、恐怖を抱くだろう。
その恐怖を抱いた人が、クラスのみんなだったら…私は…。
私は、きっと孤立する。
…別にそれでも構わないかな。前世の時だって、女性の戦闘要員ってだけで孤立してたんだし。
前と状況は大して変わらないだろう。ただ、なんだこいつ的な視線じゃなくて恐怖の視線で見られるだけの違いだ。
でも――
「おーい?」
「リアちゃん?」
ひょこっと双子が私の視界に入る。
驚いて一歩後ずさるけど、すぐ後ろは椅子の背もたれだ。
今は、くじ引きのくじを引く順番が回ってくるのを待っている時間だ。他のクラスとも混合してくじを引くから、結構待つ。
「どうした?変な顔をしてるが」
「浮かない顔の間違いだろうが。今さり気に失礼なことを言ったぞお前」
「セイン君って結構毒舌?リアちゃん大丈夫だからね。リアちゃんめっちゃ可愛いから」
「「うわー…」」
「おーい、ヒース君?セイン君?そんなに引かれまくるとちょっと傷つくんだけど」
…この人たちにも、恐怖の目を向けられるだろうか。
レフィに、エリスにユリス。
ちょっと仲良くなれたから、この人たちから拒絶されると…。
「傷つくなぁ…」
「なにがだ?」
あ、つい言葉が漏れた…。
幸い他の人たちは聞こえなかったようだけど、すぐ隣のヒースには聞こえてしまったらしい。
怪訝な顔をこちらに向けているヒースになんて答えようかと迷っていると、ヒースが何か言いたげな顔をして手を動かした。
「はーい、こちら戦闘の順番の番号です。この番号を呼ばれたらフィールドまで行ってくださいね。ちなみに、同じ番号の人との対戦になります」
私の顔の位置まで手が上がったところで、丁度順番が回ってきた。
…ヒースは一体何をしようとしたのだろうか。心の中だけで首をかしげながら、私はくじを引くために箱の中に手をつっこむ。
この中から紙を引き、その紙に書かれている番号を呼ばれたらフィールドに上がるのだ。
フィールドというのは、戦闘をする場所だ。今私達がいるのは観戦席というところで、フィールドで行われる戦闘がよく見える場所だ。ここから応援などをするらしい。
名前を呼ばれたらこの観戦席からフィールドへ続く階段をおりないといけない。…ちょっと面倒だというのは、私の心の中だけの秘密だ。
ちなみにこの観戦席はフィールドを囲うようにグルリとあり、席の数もかなりある。事実、一組を含めた四組ほどの生徒二百人ほどが観戦席に座っているが、ガラガラで千人ほどは余裕で入れそうなほどだ。
「…三十番」
三十番ってことは、三十番目に戦闘をすることになるのか…。うん。早めに終わるからいい順番だなぁ。
って、そうじゃなくて…どうしよう。真面目にどうしよう。
みんなから恐れの視線がたまらなく怖い…。あーあ。これが前世で、それでいて戦場なら恐れの視線なんてなんのそのってかんじなんだけどな…。
「あ、三十番」
「え!?」
声がしたすぐ隣を見ると、そこには番号が書かれた紙を見ているヒース。
ああ、てっきり私の番号を読み上げられたと思った。なんだ自分の番号を言っただけ…か……あれ。
「!? ヒース三十番!?」
「みたいだ。さっさと終わる順番だな。お前はどうだった?」
いやいやいや!貴方と一緒ですよヒースさん!
っていうか、ヒースと戦うの!?ヒースめちゃくちゃ強いじゃん!
これ…手を抜いたら痛い目あうよね?いやでもいいかもしれない。見た目はめちゃくちゃカッコイイヒース。そのヒースが華麗に圧倒的な強さで私を倒した…。
これ、もしかしたら恐れられるとは真逆なことが起こるんじゃ…!?
「リア?」
「! あ、ごめんボーっとしてた」
「会話の途中でボーっとするな。それで、何番だったんだ?」
「三十番だから、ヒースと戦うことになるね」
「そうか…!」
驚いた表情をして、ヒースはなにやら考え込む。
何を考えてるのか分からないけど、とりあえず私は無残に負けることにしよう。これも私の平穏な学園生活のため。うん。
と一人でうんうんと頷いていると、
「…リア」
「何ヒー…ス!?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、頭にポンと手を置かれる。
…もしかしたら、さっきの手は私の頭を撫でるためのだったのかも…。って、違う違う!そうじゃなくって。
「な、何してんのヒース?」
「頭を撫でてるんだが」
「いやそうじゃなくって、なんで急に頭を撫でてくるの?」
「深い意味はない。が、こうやってたほうがお前は落ち着いて話を聞いてくれると思ってな」
「話?」
話って一体なんの話だろう…。
キョトンとしてヒースを見ていると、深緑色の瞳と目が合った。
「お前とはまだ少しの間しか過ごしてないが、お前は結構分かりやすい性格をしていることは分かってる」
「…う、うん…」
「まあ…だから、若干の勘も入ってるが、なんとなくお前の考えてることが分かっている。もしかしたら全然違うかもしれないが」
「うん…?」
「でも、それが間違ってても間違ってなくても、言うぞ」
「はい…?」
え?何を?っていうか私の考えてることが分かるって…。
ひたすら驚くことしかできない私。
そんな私に向かって、ヒースはニコリと完璧な。だけど完璧すぎるのが逆に不自然な笑みを浮かべ、
「お前が僕との戦いで手を抜いたら、僕はお前と一生口をきかない」
次回からバトル開始です