自己紹介
「どーもこんにちはじゃないこんばんは?まあどっちでもいいや」
そう言いながら、男はニッコリと笑った。
出てきたのは、私と同じかそれ以上かくらいの年の若い男だ。
ヒースやセインとはまた違う美形で、色気があるようなそんな人物だ。漆黒の髪に金色の瞳という組み合わせの髪と目の色だからなのかもしれない。
それにしても、この人って一体…。
姿を現してもなお警戒態勢を緩めようとしない私たちに青年はフッと笑い、視線を私に合わせた。
「どうも。君って気配に敏感なんだね。まさかあんなにすぐに見つかるとは思わなかったよ」
「…おい、僕の質問を聞いていなかったのかお前」
私の前にズイッと出るヒース。
さっきのお前何者だー的な言葉が無視されたのが屈辱だったのか、ものすごく不機嫌な声だ。会ってから最高記録を打ち出しそうなほどの不機嫌さだ。
そんなヒースを見て、青年はああと思い出したような顔をする。
「そういえばそうだったね。ごめんごめん。俺はレフィ・アーリス。受験生の一人だよ」
「受験生がなんでこんなところに来るのかしら?」
間髪を容れずにシセリー試験官が訊くと、レフィは実はですねーと言いながら肩をすくめた。
「試験が終了して迷路を脱出できて解散したのはよかったんですが、何名か試験官たちを探しに行って戻ってきてないというのを聞いてどうしたのかなーと不安に思いまして」
「…そう」
「…だとしても、なぜ隠れてたんだ」
「うん?それは何かあったらすぐにでも逃げれるようにと思ってね。好都合なことに気配を殺すのは得意な方でね。…まあ、そっちの彼女にはすぐにバレたけど」
「…」
そう言って青年、レフィは考えが読めない笑みをこちらに向ける。
そういえば私は昔から人の気配と魔術の気配とかに鋭かった気がする。敵が近づいて来た時も最初に気づくほうだったと思うし。
今更ながらに気づいた自身のことにかすかに驚いていると、スッという音ともに顎へと手が伸ばされる。
男らしい手だ。剣でも何かやっているのか、がっしりとしたものだ。視線をあげると、至近距離にレフィの顔があった。
驚いて後ずさると、彼は面白そうに笑った。今ののどこが面白かったんだろうか?
「お前、年頃の女にそんことをするなんて無礼じゃないか」
「そうかな?生憎そこらへんには疎くってね。ちょっと昔の礼儀とかはかなり身についてると思うんだけど」
そう言って、レフィは眉をひそめているヒースを品定めするように眺めた。
その視線が嫌だったらしく、ヒースは不機嫌極まりないといった様子で口を開く。
「それより、何もなかったんだからさっさと帰ったらどうなんだお前」
「うーん…でもせっかく知り合えたんだし、名前くらい知りたいなぁ。こっちしか自己紹介してないし」
「誰が教えるか」
「セインだ。セイン・レビス」
「って何さらっと自己紹介してるんだお前は!?」
バシンと、セインの頭をヒースがはたく。
途端にセインは痛そうに頭をさすり、それを見たレフィとシセリー試験官二人から笑われる。…うん?どんな状況だこれ。
同じことをヒースも思ったのか、不機嫌な顔でゴホンと咳払いをする。
「シセリー試験官も、部外者はさっさと立ち去るように言ってください」
「うーん…」
シセリー試験官は苦笑しながら頭を首を横にかしげる。それっきり何も言わないので、この状況に対して何か言う気はないらしい。それでいいのか、試験官さん。
「それじゃあセイン君、よろしく頼むね」
「ああ」
「だから何さらっと仲良くしようとしてるんだ!」
「ひどいなー。俺金髪君に何か嫌われるようなことしたっけな」
「その態度!態度が不愉快極まりない!その本音を隠すような物言い、ある人物らを思い出すから嫌いだ!」
「でも自己紹介くらいならしてもいいんじゃないの?あたしだって金髪の彼の名前知りたいし。…そこの栗色の髪の彼女の名前も知らないし」
そういえばまだ自己紹介してなかった。
来た時にはもう戦闘がはじまっていたから、自己紹介する時間がなかったししょうがないけどちょっと失礼だったかな。
どちらにせよ、試験官さんと長い付き合いになりそうな気がするしやっといたほうがいいよね。レフィの方は彼が入学できてたら同じ学園の生徒になるんだし。
「私の名前はリア・アテリア。とりあえずよろしくレフィ」
「うんよろしくリアちゃん。そこの金髪君は…してくれるよね?まさか他の人たちがやったのに自分だけやらないっていうのはないよね?当然」
「~~っ!」
あ、逃げ道を塞いだ。
レフィってば頭いいなあ。なんていうんだっけこういう時…ええと、越後屋、おぬしも悪よのう…?いや、これはなんか違うような。というか越後屋って一体なんなんだ。
一人でボケとツッコミという悲しいことをやっていると、睨み殺さんとばかりにレフィを睨んでいたヒースがハッとした顔をしてシセリー試験官を指さす。
「その試験官の自己紹介も聞いてな「シセリー・キャンベル」ってずるいです!!」
最後まで言わない内にシセリー試験官が自己紹介をしてしまったので、ヒースが叫ぶ。
自己紹介ごときでなぜそこまで躊躇するって訊きたいけど、ヒースもちょっとムキになって後に引けなくなっているのだろうと思う。
ヤレヤレ。
心の中だけで苦笑し、私は一歩前に出てみんなの視線を集める。
「ここにいる金髪の彼は、ヒース。ヒース…ええと、なんだっけ」
「クラインベルだ!ヒース・クラインベル!もう忘れたのか!」
「う…ごめん。結構色々あったから…」
「ところでヒース、お前の名前の方はなんだったか?」
「いや今お前僕の名前言ったよな?今ヒースって言ったのになんで僕の名前訊く!?」
ヒースの怒鳴り声があたりに響く。
ああ、シセリー試験官がクスクス笑うの分かるわ。面白いものこれ。
「ヒース君か。よろしくねヒース君。きっと同じ学校に入学することとなるんだろうしさ」
「い・や・だ!誰がお前と仲良くしなければならないんだ!」
「ツンデレってやつ?だったら早くデレてほしいなあ」
「一生デレないから安心しろ!というか、ツンデレってなんだ!」
「ツーンとくるデレデレ…すまない、なんでもない」
「セインお前自分で言っていて意味分からなくなっただろ」
「賑やかね」
シセリー試験官が微笑ましそうに目を細めた。
うん、たしかに賑やかだ。…ヒース、大変そうだけど…。
「…じゃあ俺はそろそろ行くかな、そろそろ暗いし、何かあったら困るし。…それにしても」
レフィはひとしきりヒースをからかうとそう言った。
そして私に視線を向ける。一瞬だけ、その目が鋭さを持ったような気がした。
「…じゃあね、また会えることを願っているよ諸君」
「二度と会わないことを望む」
「つれないねえヒース君」
レフィは苦笑してそう言うと、スタスタと歩いていく。
やがてその姿が見えなくなると、ヒースが疲れきったように息を吐く。
「…ヒース、何故あそこまでレフィを嫌ったんだ?」
「………さっきも述べたとおり、嫌な人物を思い出すからだ」
「嫌な人物って…?」
私がそう訊くと、ヒースは私から目をそらして「リアは絶対に知らない人だ」と素っ気無く答える。
私が絶対に知らない人か。でもまあそれもそうだよね。ここで私の知っている人が出てきたらビックリだよ。
納得していると、ヒュウという音が聞こえた。それと同時にかすかに感じた魔術の気配。それはシセリー試験官の方へと向かう。
敵意やら殺意やらはこもってなかったから安全なものだと思ったけど、今の魔術にはそこまで詳しくないので不安になり試験官の方を向く。
そして、ホッとした。シセリー試験官は一枚の手紙のようなものを持っているだけだ。多分、今のはメモとか手紙とかを飛ばす魔術なんだろう。
「…魔術は、進んだな…」
「どうしたセイン。急におじいさんみたいなことを言い出して」
すぐ近くではそんなやりとりがあった。
ヒースのおじいさんみたいな、という発言を聞くとセインは苦笑して何も答えなかった。…なんとなく、その態度が引っかかるような……?
「…みんな、本日は解散。そして、リアさん」
「え、あ、はい!」
「とりあえずその竜はこちらで一旦預かる方向みたいだから。悪い扱いは受けないみたいだから安心してちょうだい」
「……」
シセリー試験官の言葉に戸惑ってしまう。
確かにそれが普通なのかもしれないけど…竜を見ると寂しそうな様子だった。うう…離れたくない…。
私の気持ちが分かったのか、シセリー試験官は苦笑する。
「大丈夫よ」
なにが、と訊きたい。
でもなんだか訊いても無駄なような気がして、私は仕方がなく竜を試験官さんに渡す。最後に頭をなでることを忘れない。
「キュー…」
「また、会えるよね…」
「キュウ…」
「…リア、人の縁とは不思議なものだし会いたがっている者同士は会える可能性が高い。だからきっと会えるから安心しろ」
「竜は人じゃないけどな…」
たしかに。
私が頷くとセインはふいと顔をそらす。
「それじゃあ、明日は一応来てちょうだいね三人とも。合格者は説明会を受けることとなっているから。それじゃあ、貴方達を生徒に持てることを楽しみにしてるわ」
シセリー試験官はそう言うとウィンクして去っていた。
…人生で初めて、ウィンクが可愛いと思える人に会った気がする…。