竜
「発動!」
ゴオオオという音とともに火炎が炎に向かって放たれる。それは竜に当たり、苦しむ声をあげた。
「リア、炎系はあの竜に対して効果が薄い。水あたりを、っと!?」
ヒースが驚いた声をあげたので何事かとそちらのほうを向くと、竜がふいた炎からヒースが避けるところだった。
華麗にジャンプして避けたヒースは、水系の魔術陣を組む試験官さんの隣あたりに着地すると、すかさず二つ同時に魔術陣を組む。
水の魔術かー…あまり得意ではないけど、最も効果があるやつをやったほうがいいよね…?
私はよしと小さく呟き、魔術陣を組む。
目標はあの竜。風の剣をふるうセインに当たらないように気をつけて…。
「リア!」
「!!」
そのセインからの声で、私はしっぽがこちらに向かってくるのを視界の端で確認。組んでいた不完全な魔術でしっぽを食い止め、しっぽが届かない範囲にすぐに移動。
「はあっっ!!」
そしてそのしっぽにセインが剣を一閃。
バッサリと切れたしっぽを一瞥し、セインは私の横に立つ。
「気をつけろ」
「ごめん、ありがとう」
それだけのやりとりをして、セインは再び竜へと向かって行く。
あのセインのすごいところは、超人的な身体能力や剣の腕はもちろん、そうしながら地味に体力を削る魔術を発動させていたりするところだ。セインって、バカだけど実力はかなりある方みたい。
私はもう一度、魔術陣を最初から組む。面倒くさいけど仕方がない。
急いで組むせいか、つきだした右手の前に現れクルクルと回る魔術陣は乱れが少しある。だけどそんなことを気にしている場合じゃない。こうしている間にも、しっぽは再生するのだから。
あの竜を中々あっさりと倒せないのは、恐ろしいほどの再生力だ。さっきセインが切ったしっぽも、見ると再び再生しだしている。
そうして戦っていくうちに、体力がつきた魔術師たちは倒れていったのだろうと思われる。
あの竜に、なにか弱点はないのだろうか…。
注意ぶかく竜を観察しても、それらしきものは見つからない。あるとすれば、さっきヒースが言ってくれた水系に弱いということくらい。
「…ヒース」
「なんだ?」
このままでは、私たちの体力が尽きて倒れてしまう。
そうなることは阻止したいため、私はヒースの横に立ち、竜へと目を向けたまま魔術陣を組みあげながら、話しかける。
ヒースも竜へと視線を向けたまま、私の声に反応する。
「あの竜、なにか弱点とかないのかな」
「知らん。が、少なくとも水が苦手なのだろう」
ヒースはそう言ってチラリと視線を魔術陣を組んでいる試験官さんへと向けた。
その視線に気がついた試験官さんは、一瞬だけこちらを見て、そしてすぐに魔術を発動させて近くまで移動してくる。私たちの会話が聞こえていたのか、何も言わないうちに話し始める。
「あの竜は新種らしくて、誰も弱点は知らないみたいだわ。さすが、東からやって来た竜といったところかしら」
「…そんなんで大丈夫なのか」
「まあ、今までもこうしてやって来たわけだし、大丈夫でしょう。ただ、今回のがてこずっているだけだし」
「でも、このままじゃ全滅するかもしれない…」
私の言葉に試験官さんは険しい顔をする。彼女だけじゃない。ヒースも険しい顔をしていた。
私は竜へと視線を移す。
勇敢に竜相手に剣をふるうセインだが、切っても切っても再生してしまう。心なしか、セインの顔に疲労の色が浮かんできているように見えた。このままじゃ、危ないな…。
竜の方は最初とまったく変わらない。相変わらず何又にも別れているしっぽをふりまわして、火をふいている。そして時々、苦しげな獣の声をあげている。
…苦しげ?
「どうしたリア」
「…うん…なんか…あの竜…」
なにか引っ掛かった。
あの竜の声が苦しげなのは、魔術が当たったからだと思ったけれどよくよく見ると、魔術が当たっていなくても、セインが剣をふるっていない時にも出している。
もしかして、とある可能性が頭に浮かんだ。もしそうだとしたら…。
私は素早く竜の体をじっと見つめる。今までよりも、もっと注意深く。
やがて。
「…あっ」
あった…!
私はヒースと試験官さんの方を向き、早口で二人に問いかける。
「治癒…治癒の魔術ってどう使うの!?」
「治癒? リア、今は治癒で味方を回復するよりあの竜を…」
「違う!あの竜に治癒の魔術を使うの!」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔するヒース。一方試験官さんは険しい顔で竜を一瞥し、口を開いた。
「そうすれば、状況は変わるのね?…良い方に」
「はい!私の予想がはずれていなければきっと!」
真っ直ぐ試験官さんを見つめると、試験官さんは数秒だけ考え込むとすぐに首を縦に振った。よっしゃ!
これで、なんとかなる。思わず安心してしまうが、まだまだ安心するには早いと己を軽く叱責して治癒魔術を使う方法を教えてもらうため試験官さんの言葉を待つ。
「…治癒魔術はそう簡単に使えないわ。まず、素人の貴女には無理ね。たとえ初歩の初歩でも」
「う…」
治癒魔術が非常に難しい魔術だというのは、前世の時から聞いていた。なにせ、医学やらなんやらの心得も多少なりとも必要とする魔術なのだ。前世のときなんて、治癒を専門とする魔術師は千人に一人しかいあいと言われていたほどなのだから、戦闘魔術が専門の私が治癒魔術なんてそう簡単にできるはずがないのだ。分かっていた。
それでも、今は…。
私は試験官さんを真っ直ぐ見つめて、口を開く。
「お願いします!どうしても治癒魔術を使う必要があるんです!じゃなきゃ、私達はきっと全滅です!」
「…」
「…リア、その治癒魔術ってのがどうしても必要なんだな?」
「うん、じゃないと、みんな救えない…」
「じゃあ、使える人を呼んだらいい」
使える人を呼んだら…?
あ!その手があった!そうだ!専門の人にやってもらえれば…!
ヒースが試験官さんを見た。これはつまり、呼んで来いって試験官さんに言っていることなのだろうか。
試験官さんもヒースが何を言いたいのか分かったのか、溜め息をつくと右手を前に突き出して魔術陣を出現させる。
「いいわよ。別に」
「本当か!」
あっさりとOKをもらったことに、もっと悩むか却下されるんじゃないかと少なからず思っていたっぽいヒースは、目を丸くさせながら驚く。
そんなヒースに試験官さんは苦笑しながら頷いて、真っ白な、あまり見たことのない魔術陣を組む。
「それじゃ、どこを直すのか教えてちょうだい」
「…え?あれ、治癒魔術使える人を呼ぶんじゃ…」
「それなら、ここにいるわ」
「…それはつまり、貴女が治癒魔術を使える魔術師だと…」
「ま、ちょっと色々あってね。腕はそこそこあるはずだから、心配しなくってもいいわよ」
こ、こんな近くにいたとわ…。
驚く私の近くで「どおりであっさりと了承してくれた訳か…」とヒースが呟いた。そしてすぐに、ヒースは真剣な顔で私の方を一瞬だけ見て、
「まずは攻撃の手を休めなければいけないな」
そして、爆発音などに負けないほどの声量で「攻撃止め!!!」と叫んだ。
有無を言わせないその強い口調に、魔術師たちが思わず手を止める。剣をふりまわしていたセインなんかは、すぐに手を止めて竜から遠ざかりヒースの近くまで移動する。
その数十秒もかからなかったであろう行動のスピードに、本当に人間かと問い詰めたくなる。
「どうした?」
「セインか。…セイン!?」
そんなセインを見ていなかったらしく、気がついたら隣にいたセインにヒースがぎょっとして慌てて距離をとる。…なんか可愛い。
い、いつのまに…と呟きかけ、ヒースはコホンと咳払いをするとさっきの驚きようはどこへやら、真面目な顔をする。
「その竜に治癒魔術をかけるらしい」
「治癒魔術…?」
「ねえ、それでどこに治癒魔術をかけるのかしら?」
試験官さんに話しかけられ、私はヒースとセインから視線を外す。
「ええと、全身にお願いします」
「全身?」
「はい。あ、でも治癒魔術をかけるのは私が合図してからでお願いします!」
「え?」
どうしてかと問われる前に、私は竜に向かって走り出す。
試験官さんの困惑したような声と、ヒースの戸惑った声も聞かずに、攻撃の嵐が止まったにも関わらず苦しげな声をあげる竜へと向かって。
途中、竜のしっぽが襲ってきたが竜を傷つけないように避けながら、竜の体に飛び移る。
「っとと…」
絶えず動く竜の体の上を移動するのは、正直きつい。視界が休む暇もなく揺れるし。
そんなこんなで苦労しながら、私は竜の胸…というんだろうか、そんなかんじの部分までたどりつく。
そこにあったのは、一本のナイフ。深々と刺さっており、非常に痛そうだ。何か魔術でもかかったものなのか、嫌なかんじの魔術の気配がそのナイフから感じ取れた。
「よーしよし、今ナイフ抜いてあげるから…そうしたら、治癒魔術をかけてくれるからね…」
この苦しげな竜の声の原因は、きっとこれだ。
私はその竜のナイフの柄を掴んで、思いっきり引っ張る。
竜が、一際高く声をあげたのを聞きながら。
「と、とれた…!」
案外、簡単にとれた。
そのことに安堵しながら、私は試験官さんたちがいる方向へと声をあげる。
「今ですっっ!!治癒魔術をお願いします!!」
そう叫んで竜の体から飛び降りる。
試験官さんの発動という声を聞き、これで大丈夫だとなんとなく確信する。
よかった…。きっとあの竜は、このナイフが刺さっていた痛みだけで暴れていたはずだし、これでおとなしくなるはずだ…。…大人しく、なるよね…。うん。
ホッと胸を撫で下ろす。のと同時に、
「このアホっっ!!!」
ヒースの怒声と、キャッチされる感覚。
首の後ろと膝の後ろあたりに感じる、人の体温。
そして見上げた先にある、焦った色を浮かべる整った顔立ち。
その深緑色の瞳には、驚きの表情を浮かべている私の顔が映っていた。
……………え。
「えええっ!!?な、なななんでヒース!?」
「っ!急に大きな声を出すな…」
そう言いながら、ヒースは私を下ろしてくれる。
って、え、私今、お姫様抱っこされて…!?
「リア、後先考えずにあんな高いところから降りるな。あのまま僕が何もしなかったら、お前は地面と激突。絶対に怪我をしてたんだぞ」
「え?ああ…そういえば、竜のことばかり考えてて自分のことあまり考えてなかった…」
しまった…。そう考えると、私って結構危ないところだったんだ…。
ヒースは私を受け止めようとしてくれたんだろう。さっきまでヒースがいた場所からここは結構遠いいいのに…。
よくよく見ると、ヒースはわずかに口をあけて肩を上下させている。走った証拠だ。
途端に感謝の気持ちが沸いてくる。
「ヒース…ありがとう」
「…!」
私が素直にお礼を言うと、ヒースは驚いたように私を見て、
「別に、礼を言われるほどのことはしてない。人として当然のことをやったんだから、礼を言われてもこれっぽっちも嬉しくないからな」
と言ってそっぽを向いてしまう。
あれ…もしかして、不快にさせてしまったかな…?
「…リア、ヒース、無事か」
「あ、セイン!と試験官さん」
「お疲れ様」
試験官さんが穏やかに微笑む。
そうだ!試験官さんを見て思い出したけど、竜は…あの竜はどうなったの!?
私が竜を見ようと振り返ると、そこには驚きの光景があった。
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