魔術と魔物
「危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ。何があるか分からないからな」
「うん、大丈夫」
「リア、おなか減った」
「うん、その辺の雑草でも食べてれば?」
「…君って結構ひどいな、ってセイン!本当に雑草食べようとするな!!」
「いや…だって食べたらって…」
「冗談に決まってるだろう!!」
試験官がたちがいる場所…それは山の方だった。
ちなみに、今現在も大きな魔術を使っているようなのを感じるが、最初ほどの大きさはなく、術者が疲労していることが簡単に予想できた。
この学園は王都の東にあり、元々王都が国の東側にあることから、東の壁と呼ばれているらしい。
王都…というより、このアリア王国からの東側に国は認知されていないらしく、よく分からないがひっそりと暮らす村があったりとするだけで、ほとんどが山やらなんやらの自然だ。
だが、もしかしたら実は東側に国があって、その国が侵入してきたのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、私は走る速度を上げる。それに気がついた二人も、速度をあげた。
試験官の人たちには無事でいてほしい。正直、もう息をしなくなった人間を見るのはこりごりなのだ。
「ここ…!?」
荒れた道を走ると、やがて広場のような場所に出る。
そこに着いた途端、私は息を飲む。隣の二人がいつでも戦闘できるようにと身構えたのを、気配だけで察した。
たどり着いたその場所には、五、六人くらいの人がいた。
恐らく魔術師だと思われ、試験官の人たちだとも思われる。
その人たちの周りには、何人かの人―試験官の人だろうか―が倒れていた。慌てて一番近くに倒れていた人に駆け寄り、脈をたしかめる。
「生きてる、か?」
「うん…気絶しているだけみたいだから、大丈夫そう」
ヒースが、ある一点を睨みながら訊いてきた。
私はそれに答えて、ヒースたちと同じものを睨むように見る。
それは、巨大な竜だった。
何叉にも分かれているしっぽに、赤い皮膚。王都の下町でゆっくりとのんびりと暮らしており、前世のときに住んでいた所にはあまり魔物がでなかったため、物語の中でしか見たことのないものだった。
それは今にも火を噴きそうな様子で、禍々しい気配を放っていた。
「…トラブルの原因はこれか…」
セインが淡々とした口調でそういうと、私たちの存在にようやく気がついたらしい試験官の一人が、鋭い声をあげた。
「貴方たち、なにしてるの!受験生は待機してるように伝えたはず―――」
「!発動!」
そう叫んだ女性の試験官に向って、竜のしっぽの一つが放たれる。
危ないという声をあげる暇もなく、セインが一瞬にして作った水の壁が攻撃を阻むが、咄嗟に作った魔術陣なため、竜のしっぽのスピードが少し遅くなっただけだった。
しかし、さすがは魔術師。その試験官の人はそれだけでも避けるには十分だったようで、しっぽを避けて私たちのところまでやって来る。
「ありがとう、礼を言うわ。でも貴方達はなんでこんな所に来たのかしら」
夕日色の髪を肩のあたりでバッサリと切った人は、責めるような口調をこちらに向けながら、厳しさをまとわせた瞳を竜に向ける。
「す、すみません…気になってしまって…」
「こいつらは僕が無理やり付き合わせただけですから気にしないでください。それより、魔物が出現したんですか。…しかも、これって高レベルの魔物じゃないですか」
「え、ヒース?」
「いいから、黙っていろ」
私が言い出したことなのに…。間違いを訂正しようとすると、ヒースが小さな、反論を許さない声で言った。
こうしている今現在も、他の試験官の人たちが魔術を竜に向かって放っているので、小さな爆発音が辺りに響いている。ちなみに、女性の試験官さんも、炎系の魔術(しかもかなり大きな)を放つため魔術陣を作っている。
ヒースの言葉を聞いて、試験官さんは厳しい声で説明してくれる。
「このあたりから東は未開の地というのは知っているわよね」
「…深く迷いやすい森がある、ということしか認知されていないのは知っている」
「そこから時々魔物がやってくるのよ。人を狙ってね。この学園がこんな東にあるのは、それらの魔物の侵入を阻むためなのよ」
そんな訳があったのか。
驚きながらも、私はただじっとしているのに我慢できず得意の炎系魔術の火の玉をぶつけてみようと思い、魔術を組む。
「その魔物がちょうどこの日に侵入してね。普通に担当の魔術師たちだけで対処できればよかったんだけど、あらわれたのがこの魔物だったからズタズタにやられて、仕方がなしに迷路を作っている魔術師たちも派遣されることになったのよ。おかげで、魔物退治しながら迷路を継続させるとおいう至難の技を強制されているわ」
「…なるほど、そのうちの一人が気絶かなにかになって、僕たちの迷路を継続させるのを不可能になってしまったということか」
そう言いながらもヒースは魔術陣を組む。水系の魔術だ。
ドカアンッ
「ッチ」
魔術が完成したらしい試験官さんが、弾丸のように何発も炎の弾を竜にぶつけるが、大したダメージを食らった様子はなかった。そのことに舌打ちをしながら、一瞬だけ私たちに視線を向けて、ギョッとした顔をした。
「な、何をしてるの貴方達…!」
「魔術です」
「いえ、それは見れば分かるけど…でもあなたたちの魔術なんて、あいつにやるだけで無駄よ!素人は引っ込んでいてちょう…え?ちょ、ちょっと待って?何その魔術陣のクオリティの高さ!」
「発動!」
前世の死ぬ間際まで使っていた魔術だったが、長いこと使っていないと組み方を忘れてしまうものらしい。魔術を組みあげるまで、少し時間がかかってしまった。
私の一声により、魔術で作られた火の玉(玉といっても、人二十人ほどに被害を与えるほどの大きさ)が竜に当たる。
「うーん、あんまりダメージは与えられなかったか…」
「ちょっと待ちなさい。今貴方竜のしっぽを一つ焼いたわよ?焦がしたわよ?それであんまりダメージを与えられなかったって…」
試験官さんが何か言っているが、爆発音のせいでよく聞こえない。
なんて言いましたか?と問う前に、ふと目に入ったヒースとセインの魔術陣を見て思わず驚いてしまう。
二人とも、かなりのクオリティの高さの魔術陣だ。戦場に立っても、それほどの魔術の腕を持っていたら生き残れるだろうと思われる。
セインとヒースは同時に魔術を完成させたのか、ヒースは竜に水の竜巻のようなもの、渦潮を放ちセインは鋭い風を放つ。
同時に攻撃力がそれなりに高いものを食らい、竜が悲鳴のようなものをあげる。すごい…!
「あ、貴方達…何者?」
「そんなことより、さっさとこの魔物を倒そう。早く試験を再開させたいし…」
「了解した。では、全力であたらせてもらう」
「ようしっ!久々に腕をふるうぞ!」
セインが魔術陣を出現させ、一瞬で発動させる。そして次の瞬間、風でできた剣がセインの手にあった。
そのままセインは飛び出し、本当に人間かと疑いたくなる身のこなしで竜に攻撃していく。
一方ヒースは、水色の魔術陣をいくつも出現させる。二つの魔術を同時に行使するだけでもそこそこのものだといわれているのに、四つも同時に…しかもかなりの高レベルのものをなんて、こっちも本当に人間なのかと疑いたくなるようだった。
そして、私の方は、どでかい火の球を放つ魔術陣を三つ出現させる。
急に参戦してきた私たち三人に、他の試験官さんたちはポカンとする。
まあたしかに、私が試験官で急に受験生二人が人外じゃないかと疑うほどの高レベルの魔術をいくつも行使していれば、ポカンとするよね。
とりあえず、今はこの竜を倒すことに専念しないと…。
久々の戦闘に、少なからずの緊張をしながら、私は魔術を発動した。勝てる、よね…!