トラブル
ハッとすると、周りの風景はぬいぐるみがたくさんあった部屋ではなく、試験を受ける前の外だった。
なんでいきなり…。そうだ、ヒースとセインは!?
慌てて周りを見ると、すぐ後ろに二人はいた。ホッと胸をなでおろして、そしてすぐに二人が警戒した表情をしているのに気がつく。
「何か不具合でも起こったのか」
「可能性は低くはないな…だけど、試験の続きという可能性も低くはない」
セインの言葉にヒースが答える。
その警戒ようは、どこか慣れているように見えた。まるで常に周りを警戒しなければいけない状況にいたことがあるかのように。
ふと、私は周りにも他のチームの人が何人かいるのに気がついた。
とはいっても、少数だ。三十何人くらいだろうと思われる。彼らも、この異常事態を不審に思っているらしく、困惑しているようだった。
「…試験の続きという線は、ちょっと薄いと思う…」
「…この様子じゃあ、そうだろうな」
いくらなんでも、受験生の何人かがここにいるというのはおかしい。眉をひそめていると、試験管らしき人が受験生らを落ち着かせようと声をあげたのが聞こえた。
「すみません、現在魔術に支障が生じてしまいました。申し訳ありませんが、このまま少し待っていてもらえますか!?」
「…。不具合、みたいだね」
一体どういった不具合なのかは不明だが、正直いって迷惑だ。
ヒースも同じ心情なのか、面倒くさそうな顔をしていた。セインの方は不具合と聞くと警戒心を緩め、さっきのキリッとした表情はどこへやら、涼しげな顔だ。…呑気な…。
呆れていると、不意にとてつもなく大きい魔術を使ったっぽい気配を感じた。ここまで大きいと、さすがのヒースとセインも気づいたのか、一人は眉をひそめ、もう一人はわずかに目を細めた。
他のチームの人何人かも、この気配に気づいたらしく首を傾げていたり警戒心を露にしていたりした。
「…今の、結構でかかったな…もし人に向けて放った魔術だったのなら、ひとたまりもなかっただろうな」
「うん…魔術で防いだって、並の使い手じゃあ無事じゃすまないだろうね」
…。
………。
………………。
「あのさ、二人とも」
「どうした?何かあったか?」
「いや、そうじゃなくって、ちょっと魔術が使われたほうを見に行ったりしてもいいかなー…って」
「はあ!!?」
大声を出したのはヒースだ。急に出したもんだから、周りの人が不思議そうな顔をしてヒースに注目する。
慌ててシーッと口元に人差し指を当てると、ヒースは慌てて口元をおさえた。…ちょっとその動作が可愛くってキュンとしました。
って、そうじゃなくって…私は詳しい説明をするため、声を落としてヒースとセインに話す。
「いや、だって気になるんだもん…すごい大きさの魔術があったんだし、何かあったのかなって…もしかしたら、試験官の人たちに何かあったかもしれないし…さ」
「…たしかに気になるが、危険だぞ。何かあったらどうする」
「セインの意見に同感だ。リアは魔術にそこそこの実力を持っているみたいだが、並の魔術師ほどの実力はないだろう」
…すみません、前世魔術師でした。しかも戦場に立っていたし、そこら辺の魔術師よりも戦闘においては実力があると思います。
とはさすがに言えないので、私は言葉に詰まるしかない。うう…大人しくしてないとダメなのかな…でも気になるんだよなぁ…。
私たちがいた魔術で作られた迷路が消えたということは、誰か試験官のが大変な目にあっていると考えられる。そう思うと、ここでのんびりと待機なんてしてられなかった。助けにいきたいという気持ちが生まれる。
でも…この二人(主にヒース)を説得するにはどうしたものか…。さすがに、そこら辺の魔術師より実力あると思いますなんて言えるわけないですし…。
と、どうしようかと困っていると、
「どうしたのー少女A」
「何か悩み事かー少女A」
最初に女性…というより女の子の声。次に、男の子の声。
驚いて声のしたほうを見ると、そこには二人の男女がいた。
年齢は私と同じか、それより下くらいかな…。二人ともエメラルドのような色をした髪で、女の子の方は二つ結びにしていた。二人とも瞳の色は藍色で、二人ともまったく同じ種類の笑みを浮かべていた。双子…なのかな?
「少女A、もしかしてこの状況に不満を持っているのー?」
「少女A、それはボクたちも同感だから安心しろ。いつまで待たせるつもりなのかー」
「え、ええと…少女Aというのは、私のこと…なのかな?」
とりあえず、真っ先に気になっていたことを訊いてみる。
すると二人はコクンと頷いた。
「なんとなくで」
「命名少女A!」
「…あのー、私リアっていう名前があるんだけど…」
「「…」」
二人は一瞬だけ顔を見合せて、すぐにニッコリと笑った。
「あたしはエリス」
「ボクはユリス」
「「よろしくねーリアちゃん」」
「よろしく…?」
あれ、なんか友達になった?二人のペースにひたすら困惑していると、不意に肩に手を置かれた。
ビックリして後ろを見ると、セインがいた。そのすぐ横にはヒースもいる。セインは無表情だが、ヒースは怪訝な顔をしている。
「友人、か?」
「…いや、今私自己紹介してましたよねセイン。聞いてなかった?」
「…」
無言で顔をそらしたセイン。
そんなセインなんかは気に留めず、ヒースは怪訝な顔で双子に問う。
「君達も受験生か?」
「「そうだよー少年A」」
「…ヒース・クラインベルだ」
少年Aと呼ばれた途端ヒースが不機嫌そうに名乗った。途端に、双子たちの顔に驚きの色が走る。
え、何?ヒースのこと知っていたりするのかな…?まあたしかに、ヒースくらいカッコイイ人なら、有名になってもおかしくはないよね…。
と思っていると、双子は顔を見合わせて、それから驚きと好奇心を混ぜたような表情をして確認する。
「本当にクラインベル?」
「嘘じゃないー?本当?」
「本当だ。僕はヒース・クラインベル。…何か文句でもあるのか?」
どこかイライラしたようにヒースが答えると、双子はもう一度顔を見合わせ、それからヒースを見て「そっかー」と声をそろえた。
?二人はヒース…というより、クラインベルって名について何か思ったっぽいけど、どうしたんだろうか。
気になったので訊いてみようと口を開く、より前に双子の女の子の方…エリスがさっきとまったく一緒の、ニコニコとした笑みを浮かべながら訊いてくる。
「ねえね、それより話戻るけど、リアちゃんたちは試験官の人たちのところに行きたいのー?」
「いや、僕は別に行きたくはな―――」
「うん、そうなの!何か大変なことがあったかもしれないから、心配で…」
「そうなんだ…それじゃあ、行ってみた方がいいんじゃないー?大勢だったら、何かあっても大丈夫だろうし…」
「おい、人の話を軽やかにスルーする―――」
「そうだよね!もし危険そうだったら引き来ればいいし!」
「…そうだな。気になるのはたしかだし、危険だったらすぐ引き返せば問題ないだろう」
「…本気か」
ヒースは無視されたことに軽く拗ねているのか、不機嫌そうにそう言った。
私はそれに対して頷くと、今度は大げさなほど溜息をついた。
「ヒース、溜め息をつくと幸せが逃げるぞ」
「つかさせてるのはどこの誰だ。…ほら、行くならさっさと行くぞ」
「え…来てくれるの?」
「無論だ。リア一人だけだと心配だからな」
「…セインに同意見だからな。ほら」
そう言って、ヒースは仕方がないなと顔にデカデカと書いた表情で、私の手を引っ張る。
そして、私達は試験官がいるほうへと歩いて…
「あ、試験官たちがいると思われる場所は」
「あっちだよー。そっちから魔術の気配しなかったしー」
「「「………」」」
私達は無言のまま方向転回し、試験官たちがいるであろう方へと歩いていった。