攻略開始
部屋を出ると、廊下があった。
赤と金の絨毯がしかれている廊下だ。一本道ではなく、途中いくつも道が分かれている。迷路って言っていたしね。
「…よし、じゃあ道に迷った時直感で行くか」
「ちょっと待て」
直感的にこっち、と最初の分かれ道を右に行こうとしたセインの服の襟を、自然な動作でヒースが掴み止める。蛙がつぶれたときの音が聞こえたが、それは無視の方向でいくか。
セインを止めたヒースは、私へと目を向ける。…これは、私に何かしろと?
「…あの、ヒース?」
美形に見つめられていると体に悪い(主に心臓とか心臓とか)ので、用件は何かと訊くと、ヒースは私を見つめていたまま答える。
「どっちに魔術の気配を感じる?」
「…え?」
「君は、あの床の魔術に真っ先に気がついただろう。多分、この中じゃ魔術の気配に最も敏感なのは君だ」
「それと、魔術の気配がある方の道をいくのとどう関係が?」
首を傾げるとヒースは分かれている廊下の方に目を向ける。
どちらとも先が暗くて、その先になにがあるのか分からなかった。ちょっと不気味だ。
…ついでにいうと、顔を青くさせているセインが非常に心配でならない。これは止めるように言うべきか。でも、あの顔ちょっと面白いんだよなー…。
「楽な道の方ほどなにか嫌なものがあると思うんだ。だから、ここはあえて困難な道の方…魔術の気配があるトラップの方に行った方がいいのではないかと思うんだ」
「…つまり、魔術の気配がないほうは逆に怪しいので、魔術の気配がある方に行きたいと」
「ああ」
私の言葉にヒースは頷く。たしかに、ヒースの言うことは一理ある。
私は頷いて、魔術の気配を探るために集中しようと目を閉じる。…前に、
「あの、ヒース」
「どうした?」
「襟…」
「ああ…貴女が俺のひいひいひいおばあちゃん…お会いできて光栄です…え?なんですか…?その川を渡って向こうの…ひいひいひいおばあちゃんの方に行けばいいのですか?…ええ…分かりました…では…」
そこでようやくセインの様子に気がついたらしく、謝りながらパッと襟から手をだす。
途端にセインは咳き込み、床に手をつく。…結構危なさそうだったからな…うん、間に合ってよかったよかった。
私は安堵の息を吐き、目を閉じる。が、
「げほっ、ごほっ、どるっしゃん!!」
「セイン、ちょっと静かにしてて。というか、最後のは咳?咳なの?」
注意すると途端に咳が控えめになり、やがて聞こえなくなる。
私は静かに目を閉じ、魔術の気配を探る。
「………ん、右、かな」
「了解した。じゃあ右に行くか。何か意義がある奴は?」
「え、俺左利きだから左の方に…」
「そんな理由でなんで左の道を決めなければいけない。ほら、さっさと行くぞ」
セインの腕を掴んで無理やり連れて行くヒース。うん、なんかお母さんというかなんというか…。
私はその光景を見て苦笑して、二人の後を追った。
「それにしても、トラップがあるって言っていたけど、どんなものなんだろう」
「さあな。でも、魔術を少しでも心得ており、咄嗟の判断力やらが良い奴なら突破できるようなものなんだろう」
「あとは、協力プレーができるかどうか、なども重要らしい」
「へえ~…でもなんで協力プレー能力も必要なの?」
魔術師の現在の仕事は、兵士のようなのの真似事や森などに出ると言われている魔物討伐だ。
魔物討伐において、自分の命を守りながら魔物を討伐するというのが重要だ。その過程で、ある程度の魔術能力や思考判断力やらが結構大事になってくる。らしい。
だけど協力プレーとはなぜ必要なのだろうか。見当もつかない私が質問すると、セインは首を傾げて何も答えなかったが、代わりにヒースが答えてくれた。
「魔術師は単独ではあまり動かないからな。大抵、三、四人ほどのパーティメンバーで魔物討伐をする場合が多いらしい」
「ああ…だから協力プレーの力が必要なのか」
納得納得。
じゃあ単独で自分勝手に動かないようにしなきゃ。
心の中でそう誓っていると、どでかい茶色のドアの前にたどり着く。
両開きのドアを前にして、ヒースがギギギ…という重そうな音をたたせながらドアを開けた。
「…なに、この部屋…」
ドアが開けた先は、ホールのような場所だった。それだけならまだよかった。
その部屋は、壁はピンク色で床は壁よりも薄い色のピンク。そして大量にあるウサギのぬいぐるみで埋め尽くされていた。
女の子らしい部屋、といえば聞こえはいいが、ここまで大量のぬいぐるみがあると、ちょっと怖い。
「…誰か住んでいるのだろうか」
「そんなわけあるか。ここは魔術で作り出された迷路だぞ?」
真顔でそう言ったセインに、ヒースがすぐに否定する。そのヒースの顔はどこかうんざりしたものだった。こんなにぬいぐるみがあると、そりゃ男子はそうなるよね。
私は素早く周りを見回す。ドアが私達が来たほうのやつしかなく、何か指示が書いてある張り紙があるわけではない。ただ、埋め尽くすほどのぬいぐるみがあるだけの部屋だった。
「…ここで何をすればいいのだろうか。もしかして、ぬいぐるみで遊べと!?」
「なんでそうなるんだ。そんな訳ないだろう。もう少しよく探そう。何かどうするればいいのかが書かれた紙でもあるかもしれない」
「…この中から?」
床があまり見えないくらいの色とりどりのぬいぐるみの数だ。この中からぬいぐるみを見つけ出すには、相当の労力を使うだろう。もしかしたら、制限時間がなくなってしまうかもしれない。
私の指摘内容に、ヒースが言葉に詰まる。私から視線をそらして彼は困ったように溜息をついた。
「…」
「?セインどうしたの?何か気になることでもあった?」
どうしたもんなかと私とヒースで途方にくれていると、セインがジッと大量のぬいぐるみを眺めていた。もしかしたら、と淡い期待を抱きつつ質問してみると、予想通りというかなんというか、そんな答えが返ってきた。
「…このぬいぐるみ、近所の子供にあげたら喜ぶかもしれない…」
「一瞬でもセインに期待を抱いていた三秒前の自分を殴りたい…」
ギュッと拳を握り怒りを抑える。
うう…八つ当たりにどでかい魔術でも使おうかな…。…魔術?………。
「…やってみる価値はあるのかな…」
「どうかしたのか?何か案があるのならば言ってくれ」
「…」
ヒースからの許可もとったし、魔術をやってみるか。
私は緑色の魔術陣を出現させる。広範囲に、すべてのぬいぐるみの下に現れるように。
うう…ちょっと大変だな。
「…すごいな」
セインがそう呟く。
二人とも、広範囲の魔術がかなりの集中力を使うことを知っているらしく、私に声をかけるでもなくただ黙って魔術を見ている。
やがて、魔術が完成した。私が発動と呟くのと同時に、下から上へと風が舞い上がりぬいぐるみが浮かぶ。のと同時に、茶色の部分の床があるのを見つけた。
「…隠し扉、か?」
「…なんであんな所に…」
ヒースが怪訝そうな声を出す。
たしかに不思議だ。なんであんな所に扉があるのだろう…。やがて魔術が終わり、ぬいぐるみが床に落ちる。
「とりあえず、あの扉に行ってみるか?」
「そうだな。それ以外の道はなさそうだし…」
三人で顔を見合わせて頷く。
そして一歩踏み出そうとした瞬間。
「…ん?」
グニャリと、周りの風景がゆがんだ。