(3)一人よりも二人。二人よりもみんな
相変わらずの著者クオリティです。
上手く書きたいですね……
無理ですか。
ピピピピピピ……
デジタル時計のアラームが部屋に響き渡る。時計に手を伸ばしてアラームを止めると大きく伸びをした。
もう、朝か……
そんな事を思いながら布団から直ぐに出る。布団に長時間入っているとまた睡魔がやってきてそのまま夢の世界に……なんて事もありえるからだ。
洗面所で軽く洗顔と歯磨きを済ませるといつも通り朝食の準備をする。杏香さんの分は昨日少し多めに渡しておいたので多分作らなくて大丈夫だろうと勝手に判断して調理を始めた。 簡単な朝食を作り食事を済ませると学校に行く支度を始める。
そしていつも通りの時間に家を出た。
昨日は久しぶりに寝付きが悪かった。あの日の事を今でも鮮明に覚えている。ふっ切ったつもりでいたけど、実は僕の中ではまだ整理出来ていないのかも知れない。
……少し心気臭くなるので考えないようにした。ただ逃避しているだけということは重々承知している。でも今は考えたくなかった。
すると、
「よう! マコトっ」
突然背後から声をかけられた。それはとても聞き覚えのある声だ。
声の主はブレザーの前ボタンを留めずに着て、学校指定の鞄を肩に担ぐように持っていた。
「おはよう。ユーヤ、今日はどうしたの?」
「たまには一緒に登校するのも乙かなと思ってよ」
……怪しい。何か理由がありそうだ。
「そうなんだ。それでユーヤ朝練は?」
「き、今日は無しだぜ……」
目線を逸らす様子に何となく察しがついた。
「もしかして朝練サボるためにここに来たの?」
「ギクッ! そ、そんなこと無いに決まってんだろ」
目線を合わせずかなりの早言だ。
「相変わらず嘘吐くの下手だよね……もう良いよ、今から急いでも間に合わないでしょ。朝練」
「さすがマコト。話が分かる!」
「……ユーヤ。さすがの僕も怒ったりすること知ってるよね?」
と満面の笑みで答える。
「すいません、マジすいません」
「謝る位なら最初からしないでよ……」
「家に居るとあの人に捕まるので……。あっそうそう!昨日さ!」
とりあえず会話が長引きそうなので遮るように手の平を向けると
「通学しながら話そうよ。遅刻はしないと思うけどさ」
「そうだな、じゃ行こうぜ」
僕達は自転車にまたがるといつもの通学路をこぎ進める。顔に当たる風が心地よい、カラカラと車輪の回る音だけが聞こえる静かな朝だった。
「で、さっきの話なんだけどさ」
ユーヤが続きを話したくてうずうずしている様に思えたので僕は黙って耳を傾けた。
「昨日さ、直帰しようと昇降口に向かったらキャプテンが待ちかまえていてよ、あっという間に捕まったんだがあの人何者だよ!」
「いや、僕に聞かれても……。ただ言えるのはユーヤの自業自得だから仕方ないよね」
どうやらバスケ部キャプテンは一枚も二枚も上手のようだ。今日のサボりがそれを更に促進させるのだろうが彼には良い薬なので言わないでおく。
「確かにそうなんだが……」
「これに懲りて部活には出た方が良いね。ユーヤ」
「……でもよ部活に出るのは俺の勝手だろ? なんでそんなに行って欲しいんだよ。俺が嫌いなのか?」
嫌いな人の話に付きあえるほど僕は出来た人間じゃない。僕はため息を吐いた。
「本当に嫌ならそれで良いよ。でもそれが誰かに遠慮して我慢しているなら、僕はそれをいけない事だと思うんだ。それにその人も嬉しく無いと思うしね」
僕も説教なんて出来る立場じゃないけど一応言いたいことを言っておいた。
「……とりあえず難しいことを言っているということだけは分かった」
「え!? 結構簡単だよっ!」
「中学時代、国語1の俺には死角しかねぇ」
「いやいやいや! 結構分かりやすく伝えたつもりだよっ! 日常会話レベルの単語しか使って無いよ!」
「マジかよ、やべえな」
「他人事じゃないよ!」
とここまで言ってから話をはぐらかされた事に気付いた。ユーヤの場合、素の可能性も否定出来ないけど。
「まあどうでも良いじゃねえか」
「良く無いよ……」
……話を変えるついでにこれも伝えておこう。
「そうそう。僕もユーヤに言う事があったんだ」
「なんだよ」
「昨日杏香さんが帰ってきたよ」
ガシャン! という大きな音と共に視界からユーヤが消える。僕は慌ててブレーキを握り、自転車を停めた。
「ユーヤ!?」
「あぶねぇ……」
道路の横にある排水溝に前輪が突っ込んだようでユーヤの自転車が斜めに傾いていた。その斜めになった自転車からユーヤは倒れない様にゆっくりと降りた。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。なんでここだけ蓋してねえんだよ。てかマコトもいきなりそんな話するなよ。おっかねえよ」
ユーヤは自転車を勢い良く持ち上げると道路に戻した。
「え、僕のせい?」
「そりゃそうだろ。いきなりそんな冗談言うなんて」
「いや、本当の事だよ」
「マジかよ……」
事故の時は平然としていたのに、何故か今頃になって青ざめ始めていた。
「ユーヤ大袈裟すぎだよ」
「俺にとっては死活問題だよ! ……あれ? 死活問題ってどういう意味だっけ?」
「分かって無いの!?」
「まあな」
なんで、そんなに得意顔なんですかね……
そのままユーヤは続ける。
「死活問題とかどうでも良いからよ、さっさと学校に行っちまおうぜ」
「いや、それ言い始めたのユーヤだし……」
「え、そうだっけ?」
不思議そうな顔を僕へと向けた。
「はぁ……。まあ良いよ。でも自転車は大丈夫なの?」
「おう、どうにか無事みたいだ」
「気を付けてよ。怪我とかしたら本当に洒落にならないんだから」
「大丈夫だって!」
こんなにも信用出来ない『大丈夫』を僕は聞いたことが無い。
「俺からも言わせてもらうとさ、マコトお前も気を付けろよ」
ユーヤが自転車に乗るのを見届けてから僕は再びこぎ進める。
「……僕が?」
「そう、マコトだよ」
少し考えてみたけど特に思いつかない。
「何に気を付けるのさ」
「うーん。例えば知らない人について行ったり……」
「児童ですか、僕は!」
「だって見た目が……いや何でもない」
わざとらしく僕から目を逸らしていた。
「……言いなよユーヤ。見た目? 見た目がどうしたの?〝大丈夫〟何にもしないから」
「――いや何でも無いっす」
「そう。良かったね、また……事故にならなくて」
「怖っ!」
「登下校は気を付けないとね」
「そ、そうっすね」
声色から若干の恐れを抱いている事が分かった。そして僅かな沈黙の後、ユーヤが続けて言った。
「は、話は戻るけどよ。杏香さんマジで帰って来たんだよな」
「うん、そうだよ」
「何か変わってた事とかあったか?」
少し想起したが外見の変化以外は前と変わらず、杏香さんのままだったと思う。
「ほとんど無かったと思うけど……」
「そうかぁ……。ま、暇な時にでもあいさつしに行くかな」
「へーめんどくさがり屋のユーヤが自ら進んで行動するとは」
「後が恐いからだよっ! それにお前は俺にどんな評価を付けてるんだよ」
「見ての通りにだけど……?」
ほとんどの人が僕同様に思っているはずかと……
「むむ、否定出来ねえのが悔しいぜ……」
「まあまあ、一緒に付いていってあげるからさ」
「マジか! 絶対だぞ! 絶対だからな!」
「そんなに苦手なの……」
「お前は逆に可愛がられてたしな。アレもアレで恐かったが」
「確かにあんまり思い出したくは無いね……。確かあの頃のユーヤってよく泣いていた気がする」
「忘れてくれ、恥ずかしすぎる」
その言葉に思わず顔が綻んだ。
「あの頃は楽しかったよね」
今でも当時のことを覚えている、忘れるわけが無い。
するとユーヤはしみじみと語り始めた。
「…………お前はすげぇよ。マジで色々とさ」
「え、僕なんかまだまだだよ」
「かもしれねえけど、たまには羽目とか外せよ。まっそこがお前の良いとこなんだけどさ。その内壊れちまうぜ?」
その言葉にユーヤの優しさを感じた。
「ありがとう。大丈夫、ちゃんと気を付けるから」
「……まだ、―――許せ――のか」
ボソっと何かをユーヤが呟いたが聞きとる事ができなかった。
「あっ、ごめん。良く聞こえなかった」
「いや、何でもねえよ。気にすんな」
「……そうなの?」
「あぁ」
それだけを呟くように答えるとユーヤはただ正面を見据えていた。視界の先に何が映っているのか僕には知る由も無い。
そしてあの坂が眼前に待ち受けるのはそれから間もなくの事だ。
***
時刻は8時10分。
「それは無事で良かったです」
教室のほぼ真ん中。僕たち三人はユーヤの席を囲んで歓談していた。頭に可愛いリボンを付けていてこの輪に加わっている女の子の名前は千代川皐月さんと言って僕と同じクラスメイトだ。
「まったくだよ」
ユーヤを軽く一瞥して答える。
「……俺さ、昔の事は忘れるようにしてるんだ」
「昔ってほどの時間じゃないよっ!」
「……だよなぁ」
あれ? ユーヤにしては呑み込みが早いことに少し驚く。
「やっぱ一日ぐらい立たないとダメか……」
「変わらないよっ」
「最近ツッコミが鋭くなってきたよな」
「――誰かさんのおかげだよ……」
片手で頭を抱え込むような仕草をすると少し呆れた顔で呟いた。
「やっぱりお二人は仲が良いですね」
千代川さんは微笑みながらそう言った。
「僕はもう友人を辞めたいぐらいだよ……」
「こんな冗談を言い合えるぐらいの仲だよな!」
「うん、どうだろうね」
「え……冗談だよな?」
「そういえば千代川さん」
敢えて机に身を乗り出してユーヤが視界に入らないようにする。
「露骨にスル―したっ!」
「はい、なんですか?」
「話は変わってしまうのですが、部活の件はどうですか?」
「はい、それを早く言うべきでしたね。わたし、面白そうなのでゲーム研究部に入部してみようと思います。一度部活動を見学させて下さい」
「多分構わないと思うけど……本当に良いんですか?」
「もちろんです」
いつものような屈託のない笑みで答えてくれる。部長との約束もどうにか守れそうだ。
「本当ですか! ありがとうございます」
「……俺を忘れてねぇか」
声に力がこもっておらず、表情はムスッと頬を膨らませている。完全にいじけているようだった。
「ごめんごめん」
「どうせ、俺は友達じゃないですよ……」
「友達だって!」
「……本当か?」
「わたしから見ましてもお二人は仲の良い友人だと思いますよ?」
千代川さんが僕に助け船を出してくれる。
「ほら、千代川さんもこう言ってるし」
「……やっぱ……そうだよな! ダチだよな!」
うん。元に戻った。
単純っていうのか何と言うのか……。そこがユーヤの良い所なんだけどさ……とか思っていた時だ。
黒板の上に付いたスピーカーから本鈴を告げる鐘が鳴り響いた。
「残念ですがわたしは席に戻りますね」
と軽く会釈して千代川さんが僕たちから離れていった。何故か僕たちの担任は来るのが早い。本鈴が鳴り終わるか終わらないかで入室する。
ちなみに僕はユーヤの席前なので動く必要は無い。
そしていつも通りに鳴り終わったかな? ぐらいに担任が教室へ入室して教壇に上がった。
「あの先生いつも来るの早いよな、常にスタンバってるのか?」
(流石にそれは無いよ……、シュールすぎるよ……)
心の中でそれを否定すると僕は身体を黒板の方へ向き直し先生の言葉に耳を傾けた。
時間は飛んで四時限目が終わる頃。
新任男性教師の板書をノートに写す作業を淡々と行っていた。冗長とした授業を受けるよりはこちらの方が楽だが、やはり勉強と言う点では丁度良いバランスの授業を受けたい。
四時限目の終業を告げる鐘が鳴る。慌てて教師がまとめを軽く入れて四時限目が終了した。
「あーやっと午前終わった」
とユーヤ。
「ほとんど寝てたじゃん」
「起きようと思ってると逆に眠くなってこないか?」
「何となく分かるけどさ……」
「マコトは勉強出来るから良いけど、俺にとっては拷問だぜ」
なんでこの学校に来たの?
「ちゃんと聞いておかないと考査の時に大変だよ」
「まっ、その時はいつもみたいに頼むぜ」
「……だと思ったよ」
ユーヤはやる気さえ出してくれれば凄いのに……。今度、簡単にまとめたプリントとか作らないと……でも考査はまだまだ先だし大丈夫かな?
「ユーヤ昼食買いに行く?」
「そうだな。行くか」
「私もお供して良いですか?」
後ろから声をかけられる。千代川さんだった。
「もちろん良いですけど……。他の人と行かなくて良いんですか?」
と僕。
「実は入部届けの場所が良く分からなくて……、ついでに良いですか?」
僕は昨日下校するついでに届けを出して来たので場所は分かる。先に入部していた僕なら知ってると思って聞いたのだろう。
「そういうことですか、じゃあ購買部に寄った後に行きましょう」
「俺もそれで良いぜ」
「はい、お願いしますね」
ということで僕たち三人はまず購買部へと向かった。
購買部はすでに多くの生徒がごった返していて、僕は惣菜パンをいくつか購入すると千代川さんとすぐに出てきた。その時のユーヤは五つほどのパンを選別している最中で「これで足りるかな……」とかぼやいているのを耳にした。
そうして僕たちは購買部を後にするとその足で職員室へと向かった。
「ここにあるんですか?」
と千代川さんが聞いてくる。
「そうですね……文化部は少し特殊で自分で取りに行く必要があるんですよ」
「確かバスケ部は届けを配ってたな。もうどこかに行っちまったけど。……お前らのとこは違うのか?」
少し言いたいことがあったけどここは我慢して、
「黒乃先輩から教えて貰ったんだけど」
――みんなも知ってると思うけどこの学校は文化部に力をほとんど入れて無いんだ。一部を除いて学校側が関心を持っていないっていうのかな? そういうわけで基本的に文化部の入部届けは無造作に置いてあるんだ。
職員室前の壁には、そない付けられている三段の棚がありそこには大学案内やその他のチラシなどが程よく均一に置かれているのだがその中に千代川さんが探している〝それ〟があった。
「……こんな所、普通気付かないよね」
僕は棚から入部届けを取って手渡すと、千代川さんはそれを両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「さてと、用事も済んだし飯食おうぜ」
とユーヤ。
「そうですね。どこで食べましょうか?」
「やっぱり屋上だろ」
「うん。良いと思うよ」
「んじゃ行こうぜ、さっきから腹へってるんだ」
すると千代川さんが表情をくもらせてこう言った。
「すいません……わたしのために」
「ん? 関係ねえよ。どっかに寄ろうが寄らなくても腹は減るんだからよ」
ユーヤは何で気にしてるんだといったような表情をした。
「そうだよ、それにユーヤはいつもこんな感じだから千代川さんも気にしないで下さい」
「そうですか……」
千代川さんは少し複雑そうな表情をしていたけど納得したのか微笑みを取り戻した。
「それでは鈴代さんもお腹を空かせていますし、行きましょうか」
「オーケーだぜ」
とユーヤが先頭で歩き始めると僕たちはその後ろを付いていくように歩みを進めた。
肌を刺すような強い風が屋上に吹き込んでいた。そのため千代川さんは頭のリボンを取れない様左手で抑えている。ユーヤはそんな風を涼しそうに受けていた。
……屋上には僕たちの他に誰も居なかった。
「結構風がありますね……」
「それに誰も居ない……」
「うーん、どうする? 場所変えるか?」
少し残念そうな表情をしているのが分かった。
「ここで良いと思いますよ。なんか貸切みたいで良いじゃないですか」
千代川さんは人差し指を立ててそう言った。
「そうだね。こういうのもたまには悪くないと思うよ」
ということで屋上で食事を取ることになった、ユーヤが一番嬉しそうなのは言うまでも無い。
そんな中、僕は自分のビニル袋を見て飲み物を買い忘れた事に気付く。
「ごめん、僕飲み物を買い忘れたからちょっと行って来る」
「ん、俺のやるぞ?」
ユーヤは缶コーヒーを右手で見えるように持った。
「ううん、大丈夫。先に食べてて」
「はいよ」
「ではお待ちしていますね」
僕は首を縦にふって頷くと急いで屋上を後にした。
ゴトン。
自動販売機から商品の落ちた音がした。僕は取りだし口からペットボトルの緑茶を取り出す。販売機は購買部と本館二階の踊り場、それと中庭の三か所にある。僕は現在踊り場に居た。
思うとまだ一度も中庭には行っていない事に気付く。
(今度の昼食は中庭にでも誘ってみようか)
そんな事を考えていて気が回って居なかったのか、
「きゃっ!」
「うわ!」
ドンッという衝撃で一瞬何が何だか分からなかったが下の方を見やるとショートカットの少女が尻餅をついている。どうやら衝突してしまったようだ。
「いたたー」
僕は慌ててその子に手を差し伸べる。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか」
「うん、へーきへーき。よっと」
少女は僕の手を借りて一気に立ちあがると軽く制服の裾を払ってからこう言った。
「こっちこそごめんね。急いでて良く見て無かったんだー」
「でもすいません……」
少しばつが悪い。
「そんなに気にしなくて良いってお互いに非があったんだしっ!」
「確かにそうですけど……」
「そうなのですっ!」
否定的な意見は聞いていないとでも言う様に身を乗り出して言葉を遮った。少女は続ける。
「そしてあたしは少し用事があるんです。同じ一年なのでまた会う機会があると思いますがっ! ではまたっ!」
少女は勢いよく捲し立てると颯爽と去っていった……
「……なんか凄い子だな」
(同じ一年生か。あれ? でも何で知っていたんだろう?)
――あ、バッジの色。胸元に付けているバッジを見て判断したのか。
かなり目ざとい子のようだ。僕がただ気にしていなかっただけかも知れないけど……。
「そうだ。僕も急がないと」
二人を待たせていることを思い出して僕も駆け足で屋上へと引き返した。
***
それから昼食を終えて終業のチャイムが鳴った放課後の事。
皆一様に教室を後にする中、一人だけすごい勢いで教室に入室する人物が居た。
「悠也は居るかっ!」
そこには赤ジャージの見知らぬ女子生徒が入り口前を塞ぐように仁王立ちしている。
勿論、僕も含めてクラスのみんなは唖然とした面持ちでその状況を見ていた。ただ一人を除いて。
その主は女生徒の声に反応したかと思うと素早く机を壁にするように身を屈め隠れていた。
「ユーヤ……。ばればれだよ」
その主は囁くように答える。
「頼む気付かないフリをしてくれ……。キャプテンかなりキレてる……」
「……ごめん、もう遅いみたい」
「え?」
キャプテンと呼ばれた女子生徒は躊躇なく教室に足を踏み入れると僕の横を通ってユーヤの席前で立ち止まる。
ちなみにこれからは僕もユーヤに倣って、その女子生徒さんをキャプテンと呼ぶことにする。
「…………」
机を挟むようにユーヤとキャプテンは対峙している。キャプテンと完全に目は合っているのだが机の陰から出ようとはせずそのまま隠れていた。
「何をしているんだ?」
しかしユーヤは答えない。
「バレバレだぞ。……今なら今朝のことも許してやる」
「はいっ! なんですかっ」
ユーヤが勢いよく返事をすると共に立ち上がる。
「……許すわけ無いだろうがぁぁぁ!」
怒声が教室に響き渡る。その声にユーヤと教室に居た皆がビクっと驚いていた。僕も一瞬竦んだが勇気を出して声をかける。
「すいません……。ここ教室なのでもう少し静かにお願いできますか?」
と冷静に諭すように言った。
「え! いや。あの、その。え~とだな……」
するとキャプテンの頬がどんどん朱色に染まっていく。それもそのはず、多くの視線がキャプテンに向かって投げかけられていたのだから。
「……行くぞ」
キャプテンはユーヤの首元を掴むとそのまま身を翻して強引に引っ張り始めた。
「え、ちょっ……」
ユーヤの体勢が崩れるがそんなことお構いなしに引っ張っているためそのまま引きずられるように教室から退出する。
「マコトォぉぉぉ。助けてくれぇーーー」
悲しい絶叫が廊下にこだまする。
――ユーヤ。君は良い友人だったよ……。
ユーヤが拉致されてから三分ほど、ざわついていた教室は落ち着きを取り戻していた。
「さっきは凄かったですね」
千代川さんはくすくすと笑っていた。
「そうだね。僕は少し恥ずかしかったけど……」
「でも面白かったですよ」
「そうですか……」
頬を人差し指で掻く。
「さてと、僕はそろそろ部室に向かいますが千代川さんはどうしますか?」
「もちろん、お供させて頂きますよ」
「はい、分かりました」
鞄を手にすると共に教室を後にした。
別館へと向かう道中は千代川さんと他愛もない話をしながら過ごす。そんな感じで部室前へと着いた。
質素で目印も無い扉は他のものと変わらないためとても分かりずらい。休みの日にでも百均へ行ってドアプレートでも購入してこようか。
「ここですね」
「一番端ですか覚えておきます。鍵とか持って無い様ですけど開いているんですか?」
そこのところは大丈夫ですよと頷き、ドアノブを捻ると何の抵抗も無く扉は開いた。
「こんにちは」
いつも通りの格好で机上に腰を下ろし、ハードカバーを読んでいる先輩がそこに居た。あいさつに返事は無いけれど多分気付いていると思う。
「失礼しまーす……」
僕に続いて千代川さんもぎこちなく入室するとまず先輩に目が移っていた。千代川さんはどう思っているのだろうか。
「黒乃先輩、部活見学の人で千代川皐月さんです」
反応があるか分からないけど自己紹介をしておく。
「よ、よろしくお願いします」
すると黒乃先輩は顔を上げてこちらに目を向けた。
「……宜しく」
冷淡でとても澄んだ声だ。
「今日は部長来ますか?」
「来る」
それだけ言うと先輩は活字の世界に再び潜っていった。
「えっとどうすれば……」
うん。そうなるよね。この状況はかなり恐い。
「とりあえず、椅子に座ってて良いよ」
「あ、はい」
パイプ椅子を引いて座れるようにすると、千代川さんは遠慮がちに腰をかけた。
「今本を読んでいる人が黒乃灯さん。部長が来たら多分詳しく紹介してくれると思うから」
「分かりました。それにしても黒乃さんって綺麗な人ですね……」
「それを言ってあげると部長が喜ぶと思いますよ」
それに対して千代川さんは首を傾げる。
「どうして部長さんがなのですか?」
「……会えば分かると思いますよ」
今はそれしか僕には言えない……。
それから僕はパイプ椅子に腰を下ろすと部長が来るまでの間千代川さんと駄弁ることにした。
10分くらい経っただろうか、突然部室の扉が勢い良く開け放たれる。何となくデジャヴを感じた。
「あかりん遅くなった!」
それが部長、詩集院奏の第一声だった。
僕等は首だけを向けるようにしてそんな部長を見つめた。黒乃先輩は相変わらず本へと目を落としていたがそれは御愛嬌かもしれない。
「ん? どうした少年。それに可愛い女の子も居るじゃないか」
しかし当の本人は普段通りであった。
「もしかして部員を見つけてくれたのか! 丁度良い。実はもう一人いるんだ」
部長が扉から離れるとその後ろにも人が居る事が分かった。
「どうも! 春風夏葉です。よろしくですっ。……ってあれ?」
不意にその少女と目が合う。
見たことがある、いやはっきりと覚えていた。何故なら……
「お昼ぶりですっ。実は社交辞令のつもりでしたがすぐに会えましたっ」
昼休み、僕の不注意でぶつかってしまった少女がそこに立っていた。肩に少しかかる程度のショートヘアーでかなりの小柄。目が大きくとても綺麗な瞳をしていた。
「なんだ、知り合いだったのか」
「えっと……知り合いというか何と言うべきか……」
「ぶつかり合いですっ」
「稽古仲間か、凄いな少年」
合っているけど違う。慌てて誤解を解くことに努める。
「違います。今日昼休みの時間に廊下で偶然ぶつかちゃって、それで少し話しただけというか……」
「うむ。フラグ立てか、やることが早いな少年」
……もう敵わないですよ。
「すいません、話についていけないので説明して頂けるとありがたいのですが……」
申し訳なさそうに千代川さんが僕たちの間に入る。
「おっと、それはすまなかった。まずは自己紹介をしておこうか」
僕たちは促されるように長テーブルにコの字型でついた。部長が窓際にかけられていた脚付きのホワイトボードを引っ張って来て白い面を見えるようにすると、簡単な会議のような形になる。ちなみに黒乃先輩も読書を中断し一緒にパイプ椅子に座っている。
「それにしても今年は凄いな。本当に部員が五人揃ってしまった」
一人で満足そうに頷いている。千代川さんは一応部活見学だと伝えた方が良いのかな……
「では一人ずつ自己紹介をしていこうか。まずは私から……」
部長からみて右から黒乃先輩、僕、千代川さん、春風さんといった順で簡単な自己紹介をする。
「私とあかりんが一年先輩だが気軽に名前で呼んでくれ。その方が私も嬉しい」
すると、
「はいっ!」
手を綺麗に伸ばすように春風さんが挙手する。
「どうした夏葉女史」
「今みんなのあだ名を考えていたんですけど、言っても良いですか?」
「ほう、是非教えてくれ」
「ふふんっ」
小さな胸を張る、かなり自信があるみたいだ。
「奏ちゃんはそのままかなちゃん!」
「……うん?」
部長 詩集院 奏 (かなちゃん)
「あかりんはそのままあかりん」
黒乃 灯 (あかりん)
「誠人はマコちゃん!」
「僕の名前が女の子みたいなんだけど……」
「じゃあまこっちゃんで」
「変わらない!!」
城井 誠人 (まこっちゃん)
「皐月ちゃんは五月だからメイちゃん!」
千代川 皐月 (メイちゃん)
「あたしは……なっちゃんで!」
春風 夏葉 (なっちゃん)
今ここに僕らのあだなが決まったっ! 部長がホワイトボードに各人のあだ名を連ねて行く。そしてそれを眺めるとこう言った。
「なんとなく私のイメージが音を立てて崩れている気がするが良いだろう! 好きに呼ぶと良い!」
……妥協。
「分かりました! かなちゃん!」
「ぐふっ!」
物凄い精神的一撃を喰らったようだ。
「大丈夫ですか、かなちゃんさん」
「うぐっ!」
追撃の千代川さん。
「慣れるまで大変そうですね……」
「そうだな……少年。いやまこっちゃんだったか」
ぐふっ!
……わざとだ。絶対わざとだ
「さて自己紹介はこんなもので良いだろう。次はお茶会だ!」
と高らかに宣言した。
――え? と僕らは顔を見合わせる。
「部長、これで終わりですか?」
「ん? あぁ、久しぶりにこれを使いたかっただけだからな。なんだ、なにかやると思ったのか」
するとくすくすと笑いだす声が所々から漏れ始めた。
「ふふふ、奏さんって面白いですね。最初のイメージと全然違います」
「かなちゃんさすがっ! 予想外ですっ」
女子二人には好評のようだ。僕はただただ呆気に取られているだけである。
「なんだか分からないが盛り上がったな。よし! 今日はゲー研発足の日として外にいくぞ!」
「いや部長。まだ入部してない人もいます」
「何を言っている! 今から提出しにいけば良いだけだろう」
確かにそうですけど……。
「千代川さん。どうでしたか? 今日はゲームも何も無かったですけど……」
「いえ、とても面白かったですよ」
「メイちゃんまだ提出してないようですね。偶然あたしもなのですよっ。一緒に出しに行きましょう!」
「はい、もちろん」
なんだろうこの展開。完全に置いてかれてる。
「そうと決まれば善は急げだ」
「それはあたしの好きな言葉ですっ!」
「そうですね、行きましょう」
それに同意するように千代川さんも答えて三人は扉の方へと向かう。
「……誠人」
「え?」
声のする方を見ると黒乃先輩がすぐ横に居た。
「楽しくない?」
「いえ、楽しいですよ」
この状況で当たり前の事を口にした。
「……そう」
無機質な表情では無く、その表情には笑みのようなものを感じられた。
(いつもそんな表情をしていれば良いのに……)
「城井さん達置いていきますよー」
扉の前で千代川さんが僕らを呼ぶ。
「あ、はい」
慌てるように鞄を手にして、黒乃先輩と共に扉まで向かう。各々に部室から退出すると最後に黒乃先輩が施錠した。
「よし揃ったな」
「それで何処に行くのですか?」
「そうだな……。少年、君が決めたまえ」
「え、僕ですか!」
「これはまこっちゃんのセンスが問われますっ」
夏葉さん追い込むような事言わないで下さい。
「うーん。――――」
で良いんじゃないですか?
「わたしは良いですよ」
「異議な~し」
「……構わない」
「うむ、満場一致だな」
そして部長が一歩踏み出す。
「ゲーム研究部最初の活動は……ファミリーレストランだっ!」
今日、ゲーム研究部の部員が揃い正式に発足した。
『僕はこの日を忘れないだろう。
〝この始まりの日を〟』
読了ありがとうございます。
ここまでが第一章という感じです。
どれだけ長くなるかは未定ですがよろしくお願いします。
一応この続きをおまけとして(SS的な感じ)で書いていますので新しい連載投稿におまけとして上げておきました