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ゲームの心得  作者: ユウオ
第一章
2/3

(2)いつもと変わらぬ日常

まだ導入なのでゲーム要素が殆ど無いです。

相も変わらず文章力が無いですが宜しくお願いします。

誤字脱字は出来るだけ直しましたがありましたら教えて下さい



――ゲーム研究部――

・活動場所

別館三階

・活動時間

休日以外のほぼ毎日

・活動内容

我が国にある大量のゲームについて研究、考察をしていく。

とても有意義な時間を過ごしています。(主に奏が)

女子は大歓迎。可愛い子ならもっと大歓迎。

新一年生はぜひ我が部へ

部長:詩集院奏

代筆:黒乃 灯


 ***


 ――四月病という奴だろうか。

 朝起きても気だるさが取れない。まだ布団の中に入っていたいという衝動に駆られた。

 四月病とは、やる気が満ち溢れ色々無茶をし過ぎてしまい軽いそう状態なることだと聞いた事がある。しかし僕の場合は無茶をしているという実感は無い。ただ、疲れがどっと出てきたのだろう。

 現在朝の6時。僕の一日がまた始まった。



いつもの通学路。

 朝は少し慌ただしく朝食等を作るので、この時間が実はほっと出来る時間だったりする。自転車で何も考えずに風を切って行くというのは意外と良いもので、朝の交通量の少なさには感謝しないといけない。

そして自転車で十分ほど行くと、あの坂が現れる。

 多分、分かっていると思うが敢えて言おう。この長い長い坂だ! これは坂の上にある学校を選んだ僕が悪い。だから文句は言わないでおく。

 ……まあ正直に言えば文句は言いたい。

 自転車で坂を登ることを諦めて自転車から降りると両手で自転車を押していく。

長い坂をやっとの思いで登りきると校門をくぐった。あの大きな桜の木は淡い花びらを吹雪のように散らせている。僕は自転車を駐輪場に停めて身体に付いた桜の花を軽く払いながら昇降口へと向かった。

ただ向かっているのもアレなので簡単にあの後のことでも話そうと思う。

 結局昨日は部長のゲームに付き合うハメになり、家に帰ったのは日がとっくに暮れていた。と言ってもそれが嫌だったか? と訊かれたらそういうわけでもない。部長が買ってきたゲームが面白くて時間が経つのも忘れていたし、部長のプレイが上手くて驚嘆するばかりだった。

でも部長の罠にいきなり引っ掛かった気がする……。

やっと教室に着くと僕は驚く光景を目にした。

 僕の後ろの座席の主、鈴代悠也すずしろゆうやが既に登校していたのだ。しかし机に突っ伏しており完全にお亡くなりになっていた。

「おはよう、ユーヤ」

 僕はその屍に声をかける。

「……その声はマコトか、俺はもう疲れた。寝かせてくれ」

 屍はいつもとは違い語気が弱々しかった。

「大丈夫? 今日はいつもより来るのが早いね」

「仮入部なのに朝練に強制参加させられたんだよ……。あのキャプテン鬼だ、家まで来やがった」

 ユーヤの事だから朝の練習はサボるつもりだったのだろう。しかしそれを読まれて家まで迎えが来たというわけだ。初日からサボるユーヤもユーヤだが、それを読み切るキャプテンも凄い。

「それは災難だったね……」

「あぁ……これなら仮入部なんてしなきゃ良かった。今日から参加しない事にする……」

 スポ薦はどうするんだろうか?

「じゃ、俺は寝るからよ……午前中が終わったら起こしてくれ……」

「分かった。ホームルームが始まったら起こすね」

 時計を見るとホームルームまで後10分ほど、それまでに疲れを取って貰いたい。

「おう……」

 と言ってユーヤはそのまま寝息を立て始めた。ツッコミが返って来ない所を見ると本当に疲れているみたいだ。

「でも、授業はちゃんと受けないと駄目だからね」

 と言って僕は自分の机について先生が来るのを待った。


 ***


 今日から本格的に授業が始まる。と言っても初回の授業は先生の説明で終わり勉学は一切しなかった。説明は授業に必要な物や授業方針の説明等であっという間に時間が過ぎていく。

 倦怠的な午前中が終了すると昼休みとなる。

「マコト。飯だぞ! やっと飯だぞ!」

 昼休みになった途端、ユーヤは魚が水を得たように元気になっていた。

「約束は守ったぜ! 飯奢ってくれよ!」

 実は僕と『授業中一切寝ないで過ごせば、今日の昼食を奢る』という約束をしたのだ。睡眠不足と眠くなる説明で半分以上寝てはいたが起きていようとする努力を評価したい。

「そうだね。約束通り昼食を奢るよ」

「よっし! さっそく購買行こうぜ!!」

 ユーヤは僕の腕を掴むと凄い力で引っ張った。

「待ってよ、そんなに引っ張んないで」

「おっと悪い」

「それにユーヤ購買部の場所知ってるの?」

 すると、ユーヤは面を喰らったような顔をする。

「……しらねえ」

 僕は苦笑しつつユーヤと肩を並べた。

「あっそういえば」

「どうした? マコト」

「僕、部活に入ったんだ」

「おお! なんの部活に入ったんだよ! あれか? 運動部か?」

「残念ながら違うんだけど……ゲーム研究部って所に入ったんだ」

「ほーそんなのあるのか。でもマコトお前ゲーム得意だっけ?」

 ユーヤにしては痛い所付いてくる。

「微妙だね……多少は知ってるんだけどさ……」

「まっ! 俺で良ければ色々教えてやるぜ!」

 ユーヤはガッツポーズをしながら自信満々に答えた。

「うん。その時は頼むよ」

「おう!」

「でさマコト。部員ってどんな人なんだ?」

「え、どうして?」

「ただ、どんな人が居るのか知りたくてな」

「えっと……」

 頭の中で軽く整理をしてみる。

 黒乃灯くろの あかり先輩。とても静かな人。悪い言い方をすれば無愛想だ。しかし部長との会話を見ていると暗い性格と言うわけではなく、むしろ根は明るいんじゃないかと思う。

 詩集院奏ししゅういん かなで部長。とても明るい人。黒乃先輩と仲が良いのが不思議なぐらいだ。そして僕はこの人に一生敵わないだろう。

……うん。

「黒乃灯先輩と詩集院奏先輩。二人とも良い人だよ。」

「…………」

 名前を聞いたユーヤは何やら考えこんでいた。

「どうしたの?」

「いや、詩集院奏ってどこかで聞いた事あったからよ。後で部活の先輩にでも聞いてみるわ」

 確かに面白い人だからどこかで噂になっていそうではある。でも部活の先輩に聞くと部活をサボることが意味を成さなくなるのでは? と思ったけど敢えて言わないでおいた。

「覚えてたらで良いよ。何か問題があるって訳じゃ……」

 ――なかった。

 完全に忘れていた。

「問題あったよユーヤ。しかも結構大変なの」

「うん?」

 僕がちょっと憂鬱になるのはここだけの話である。



「つまり、だ」

 購買部に向かう途中で昨日部長に頼まれた(拒否権無し)事をユーヤに説明して、僕達は購買部にあるベンチで会話に勤しんでいた。

「部員が後二人入れば良いんだろ? じゃ俺が入るか。そうすれば一人探すだけじゃねーか」

「でもこの学校、部活のかけもちは禁止されてるんだよ? バスケ部はどうするの?」

「マジかよ。初耳だわ。後バスケ部は無かったことにした」

「……ユーヤの場合、ほとんどのことが初耳になっちゃうんじゃないかな」

 バスケ部の事にはこれ以上触れないでおくが、なんだかんだ言ってユーヤはバスケが好きで、僕のために好きな事が出来なくなるような真似はしたくなかった。

「何言ってるんだマコト。俺はちゃんと興味のある事は調べるし、話も聞くぞ! ……多分な」

「最後まで自信もってよ……」

「マコトよ、自信とは一体なんだと思う?」

 ……はい?

「自信とは今までの経験が左右していると俺は思っている。経験とは繰り返しだ。繰り返していくおかげでその経験は自信となる。つまり、俺にはそんな経験ないんだぜ」

 良い笑顔でこちらに向かって親指を立ててくる。

 ……いや全然凄い事言ってないよ、コレ言ってる本人がわけわかんなくなってるよ。

「力説してもらった所悪いけど、そろそろ買いに行かないと昼食が無くなっちゃうよ?」

「おう。そうだな、話は買ってからにしようぜ。マコトは何を買うんだ?」

「特に決めてないけど、惣菜ぱんかな? 安いし」

「んじゃ、俺もそうするか」

「ユーヤは他のでも良いんだよ? 僕が奢るんだし」

「えとよ、やっぱこういうのは屋上とかで食う方が旨いんじゃねーかと思ってよ」

 少し思案しながら答えていたので深い意味は無いのだろう。

「……そうだね。たまには良いかも」

 確か屋上は開放されていて問題は無いはずだ。

 僕達は一緒にベンチから立ち上がると惣菜パンのコーナーへ向かう。

 この学校の購買部は学生食堂とおにぎりや惣菜パンのような軽いものが購入出来る二つのスペースに分かれており、それらのスペースはたくさんの生徒達でごった返していた。

学食ではカレーやラーメンのような人気のある商品が取りそろえられており、値段もとても良心的だ。

「こんなものかな?」

 僕は棚からパンを二つほど手にする。

「マコト、そんな量で足りるのか?」

 と言っているユーヤの手元には両手で抱えるほどのパンがあった。

「さすがにそんなには食べられないよ……」

「そうか? 結構余裕だぞ」

 と言いながらユーヤはレジへと歩いてゆく。

 ――身長が違うよ。ユーヤ……

 恨めしそうに自分の体を見つめる。しかし何かが変わるということはない。僕は嘆息するとユーヤを追いかけるようにレジへ向かった。


***


僕達は購買部を出て本館の屋上へと通じる階段を上っており、左手には買ってきたパンが提げられていた。

 ちなみにユーヤの持っていたパンの山は割り勘して払う事になった。ユーヤが自分から『ワリカンにしよう』と言ってくるものだから少しばかり驚いた。しかし割り勘とはいえ、ありがたいというのが本音だ。

階段を上り終え、屋上へと通じる重々しい鉄製の扉の前に到着する。

屋上への扉は基本的に施錠されておらず自由に出入りが可能になっていた。

「よっと」

 ユーヤが軋む音を立てて開扉する。その見た目よりもスムーズに開ける事が出来ていた。

「中学の屋上より眺めが良いじゃねーか」

「そうだね」

 屋上からの眺望はとてもよかった。この学校が丘にあるという事も幸いしたのかそこからは街の風景を一望することができた。見慣れていた場所でも視点を変えるとより良く見えるのかも知れない。落下防止のフェンスが少し眺めの邪魔をしていたが安全のためと考えると仕方が無いことだろう。

 屋上からの眺めに感動していて気付かなかったがすでに屋上には先客が居た事に気付いた。

「あれ? 千代川ちよかわさん?」

 昨日部活を探す時に偶然出会った、千代川皐月さんが僕と同じビニール袋提げて外を眺めていた。

「え? あ、城井さん」

 こちらに気付き手を振ってくる。

「えーと誰?」

 ユーヤは眉を歪めながら聞いてくる。

「同じクラスの千代川さん。昨日部活探してる時に知り合ったんだよ」

「千代川皐月です。鈴代悠也すずしろ ゆうやさんですよね。よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」

 千代川さんは頭を下げるのに対し、ユーヤは手で軽い会釈だけだったので僕は軽く背伸びをしてユーヤの頭を掴むと無理矢理、頭を下げさせた。

「いてぇよマコト!」

 頭を掴まれながら非難の声を出す。

「千代川さんがちゃんと挨拶してるんだからユーヤもちゃんとしないのが悪い」

「分かったよ、分かったから手を離してくれ」

 僕が手を離すと、ユーヤは軽く髪を整えた。

「そこまでしなくても大丈夫ですよ」

「だろ? 千代川は良くわかってる」

「初対面の人を呼び捨てにしない!」

 ユーヤの肩を軽く小突く。

「一応クラスの自己紹介があったので初対面では無いはずなのですが……」

 同じクラスなので初対面という表現は宜しくなかったようです。

「いや、そう言う事じゃなくてですね……えっと」

 ――なんて言えば……

 そんな一人で焦っている状態を見て、彼女はくすくすと笑っていた。

「冗談ですよ。城井さんって面白いですね」

「だろ? こいつの良い所の一つだぜ。その内マコトの武勇伝を聞かせてやるよ」

「それは楽しそうですね」

 千代川さんはとても興味を示したようで目をキラキラと輝かせた。

「いや、全然楽しくないから! やめて!」

 僕は一人、顔から火を出すように赤くなっていた。

「これ以上言うとマコトがほんとに怒りそうだからやめておくぜ」

「少し残念ですね……」

 千代川さん本当に残念そうな顔しないで下さい。

 ――僕はこの流れを変えるために話題を逸らす事にした。

「えーと千代川さんも今昼食ですか?」

「はい。既に少し食べてしまいましたが……」

 手に持っているビニールの袋を僕に見えるようにしてくれる。

「じゃあ、僕達も一緒に食べて良いかな?」

「はい、勿論良いですよ」

「ユーヤも良いよね?」

「おう! 早く食っちまおうぜ!」

 どうやら上手くいったようでユーヤは昼食の方に興味を示してくれた。

 屋上にはベンチがあり僕達はそこで食事をとることにした。一番左にユーヤ、そのとなりに僕、千代川さんという順番で腰を下ろすと購買部で買ってきたパンを皆で喋りながら食べる。たったそれだけなのだがとても美味しくなったような気がした。

 

僕と千代川さんは既に食べ終わり、ユーヤだけが大量のパンを食べているという状況だった。ユーヤは食べる量は多いが食べるスピードは普通の人と何ら変わらないので必然と一人だけ遅くなってしまう。

「ユーヤ、その量本当に食べられるの?」

「はべられるからあいひょうふ」

 口の中に入れたまま喋っているので何を言っているのか分かりにくいが『食べられるから大丈夫』と言っているのだろう。食事のペースは変わらず一定なのでこのままの勢いなら確かに食べてしまいそうだ。

「そういえば千代川さん、部活は決まりましたか?」

 もしかしたら、すぐに聞くべきだったのかも知れないが僕はこのタイミングで聞いてみた。

「それがまだ決まっていなくて……」

「そうなんだ……。昨日部活に入ったんだけど、どうも部員が足りないみたいで……千代川さん、まだ決まって無いなら入ってみない?」

 まるで宗教勧誘のような胡散臭さだ。……こんなこと僕に上手く出来るわけが無い。

「見つかったんですか! 良かったですね!」

 ――強引に入れられたというか、入らなきゃいけない雰囲気だったというか……

「それでその部活って何ですか?」

「ゲーム研究部っていうんだけど……」

 頭を掻きながらそう答えるが千代川さんがどんな反応をするのが少し恐かった。

「面白そうですね。でも私ゲームなんてほとんどしませんよ?弟と少しやるぐらいで……」

「やっぱりそうですよね……」

「でも誘って頂けて嬉しいです。少し考えさせて貰っても良いですか?」

「うん。いきなりでごめんね」

「いえいえ、明日にでもお答えしたいと思います」

 内心ほっとしている自分が居た。

「まずまずの反応で良かったじゃねえか」

 何時の間にかパンを食べ終えていたユーヤが耳元で小さく囁いた。

「うん」

 丁度その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「もう時間のようですね。教室に戻りましょう」

「そうだな。戻ろうぜマコト」

 そうして僕らは屋上を後にした。


 ***


午後の授業が終わり、その日の放課後。

 ユーヤはホームルームが終わった途端、一番に教室を飛び出していった。キャプテンから逃げるために即行で帰宅するためだという。千代川さんは僕とあいさつを交わすとそのまま教室を後にした。

一方の僕はというと別館にある部室へと向かっていた。部室の場所は三階の一番端にある部屋だ。この部活に入る物好きも少ないと思うが元々部員が入って来ないのは場所が分かりにくいというのも関わっているような気がする。今度ドアプレートでも用意して部室を分かるようにしておこう。 

部室の前にたどり着くと僕はノックをした。

……しかし返事がないのでまだ誰も来ていないのかもしれない。僕はドアノブを握り開いているかどうかを調べる。すると何の抵抗も無くドアが開いた。

 僕は『アレ?』と思いながら部室の中に入る。すると早くも見慣れた光景がそこにはあった。定位置と呼ぶのが相応しいぐらい人形のようにちょこんとテーブルの上に腰を下ろして読書をしていた。

「こんにちは……」

「こんにちは」

 彼女は本からは一切目を逸らさずに機械的に答えた。

 彼女というのは部活メンバーの一人である黒乃灯先輩の事だ。苦手なタイプでは無いけれどまだ会って日も浅く接しずらいという気持ちが少しはあった。

 黒乃先輩の読書の邪魔にならないように静かにパイプ椅子に着席をする。

「今日、奏は来ないわよ」

 と座った途端に話かけてきたので少し驚く。もしかしたら座るのを待っていてくれたのかもしれない。

「え? 風邪でも引いたんですか?」

「……奏は新作が出た翌日に学校を休む」

 それだけでおおよそ把握は出来た。つまり部長はあのゲームをやるために学校をサボったということだ。

「それっていつもですか?」

「そうね」

「では、部長が来ないの分かっていて部室に居たんですか?」

 部長が来ないのなら活動をする必要は無いため帰宅するはずだ。元々部員も僕を除いて二人しかいないのだから。

「……貴方が来るから」

 ――え?

「部室の鍵は私が持ってる。開けていないと貴方は入れない」

「じゃあ僕の為に部室に居たんですか?」

 すると黒乃先輩はこちらへと顔を向けてコクリと頷いてみせるとすぐに目線を活字の世界に落とした。

「えっと……なんか申し訳ないです」

「気にしなくて良い。本は何処でも読める」

 それを聞いて僕は一つ疑問に思ったことがあった。

「先輩はどうしてこの部活に入ったんですか?」

 一瞬の沈黙の後先輩はこう答えた。

「……読みながらで良いなら」

「あっ、はい勿論」

 読書の邪魔をしたくなかったのに、結局邪魔をする形になってしまい自分がいやになった。

「……元々部活動に入部するつもりはなかった」

 先輩は淡々と言葉を紡いだ。

「奏とは邂逅かいこうだった。去年の今頃、私が教室で読書をしている時に奏は声をかけてきた。それが彼女との出会い。部活動に入るきっかけ」

 言葉の通り一切こちらを見ず本に目を向けていた。でもその表情には僅かな笑みがこぼれていたのを僕は見逃さなかった。

「……それだけですか?」

「気が付いたら部員になっていた。だからここに来るようになった」

 部長が言っていた『去年の方法』というのは多分この事だろう。部員のほとんどが幽霊部員もとい関係無い人で構成されていたわけだ。

「でも黒乃先輩は嫌がったりしなかったんですか?」

「本は何処でも読める。時間さえあれば……」

 無理矢理入れられたのだから怒っても良いはずだ。何となく部長と黒乃先輩が上手くいっている理由が分かった気がした。

「貴方も同じ。この部活動に入った」

「それはですね……」

「偶然だったかもしれない。でも選択したのは貴方」

 そんなことを言われてしまうと何も言い返せなくなってしまう。確かに部活が違うということが分かった時にすぐ退散すれば良かっただけだ。

「本当に嫌なら来なくても平気。奏に伝えておく」

 黒乃先輩が本から僕へと目線を移した。その表情は精巧な人形のように無機質で、ガラス玉のような瞳は僕を静かに見据えていた。

「いえ、ただの言い訳でした。これは自分が決めた事ですから……」

 最初は強引だったかも知れない。でも僕は自分で選んだ。この部活に入ることを自分で決めたのだ。

「そう。ありがとう」

「そんな御礼を言われることじゃ……」

「ただ言いたかっただけよ」

 それだけ言うと、黒乃先輩はテーブルからピョンと飛び降りる。

「これから時間ある?」

「あ、はい」

 先輩は戸棚の前まで行くと中からカセットコンロを取りだした。

「紅茶で良い?」

「はい。僕も何か手伝いますよ」

 先輩は少し考えたのち、良くある手持ちの金属製やかんを僕に手渡して来た。

「水を入れてきて、後は準備しておくから」

「分かりました」

 僕は右手でやかんを持つと廊下にある流し場へ向かう。やかんを軽く流して水を半分ほど入れると部室へと戻った。

「先輩入れてきました」

「もう準備は出来てる」

 テーブルを見るとカセットコンロとティ―カップ二客とポット、それに茶葉が入った容器が置いてあった。

「やかん置いてくれる」

 返事をすると右手で持っていたやかんをコンロに乗せた。乗せたのを確認すると先輩はコンロのつまみを捻り点火した。

「この待つ時間が良い」

「はい」

 淡々と話しているが言っていることは的を射ていて、とても話がしやすいというのが純粋に思ったことだ。

「このティーセットって黒乃先輩の物ですか?」

「違う。この部室のほとんどの物は奏が持ってきた」

「このテレビとかゲーム機とかもですか!?」

「そうね」

 部長もやることが中々凄かった。

「そろそろね」

 慣れた手付きでポットに湯を注いでいく。後は茶葉を抽出するのを待つだけである。

「……これは本式では無い」

「え!?」

 何も知識の無い僕からすれば充分なのだが本当はもっとやることがあるのだと言う。

「後は入れるだけだから座ってて」

 僕はお言葉に甘えてパイプ椅子に腰を下ろした。先輩は慣れた手付きで二つのカップにお茶を注いでいくとその内の一つを僕の前に置いた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 カップを手にするとふんわりとした良い香りが鼻をくすぐった。一口飲むとほんのり甘いすっきりした味わいが喉を通っていく。

「これおいしいです。なんていうお茶なんですか?」

「ダージリン。私の好きな銘柄」

「これが良く聞くダージリンというお茶ですか」

「そう」

 と先輩も一口。

「……おいしい」

 

――そんな感じで部長抜きのお茶会が始まった。


 ***


 日も傾き始めた、帰宅途中の下校道。

黒乃先輩は徒歩で通学していたので、自転車を引きながら共に下校していた。僕達はあの長い坂を下り、そこから少し歩いた所にある十字路に居た。

「黒乃先輩はどっちの方向ですか?」

 先輩は僕から見て左の方を小さく指を指した。

「僕は真っ直ぐですね。今日はありがとうございました。紅茶美味しかったです」

「あんなもので良かったのなら、また淹れる」

「はい! お願いします」

 その言葉を区切りにして僕達はお互いに別れのあいさつをするとそれぞれの帰路についた。

僕は引いていた自転車にまたがると右足のペダルに体重をのせてこぎ始める。小さな風の抵抗を感じながらゆっくりと進めた。

 小さな公道を十分ほど道なりに進んでいくと僕の家が見えてくる。南向き2DKの木造アパートで橙色の屋根が目印だ。

自転車から降りてアパートの駐輪スペースに入れようとすると懐かしい女性の声が僕を呼びとめた。

「やっと帰って来たね」

「……杏香きょうかさん!」

「ハロー! まこと」

「いつ海外から帰ってきたんですか?」

「今日よ。いやーやっぱこっちの方が落ち着くわ―」

 このとてもフランクな感じの女性は、海月杏香うみづき きょうかさん。お隣さんで僕が小さい時から色々と良くしてくれた人だ。杏香さんは二年前に海外留学をして音信不通の状態だった。

「帰ってくるなら言って下さいよ」

「国際電話って高いしさ、こういうサプライズも面白いかと思ってさ!」

「驚きましたよ、少しは心配していたんですよ?」

 杏香さんはケラケラ笑いながら

「大丈夫だって! 海外なんて最初の一週間を過ごせば後はなんとかなるもんよ!」

「杏香さんだからですよ……」

「あははは! まこと君は持ち上げるね~どうだい?二年も会って無いと少しは変わったとは思わないかい?」

「容姿ぐらいしか変わって無いですよ……」

 身長は僕とほとんど変わらず、ジーパンにTシャツというとてもラフな格好で、腰にまで来る長い髪の毛を一つにまとめて垂らしていた。ポニーテールという髪型だ。

「それは可愛くなったと捉えて良いかい? まあ顔を見る限りそう間違いはないみたいだね」

 確かに二年前より綺麗になっていた。ツリ目は攻撃的な印象を与えるというがいつも笑っている杏香さんの場合はより印象を強くする効果があり、余計に笑った顔が楽しそうに見えるのだ。

「杏香さんの場合聞かなくたって、読心術が使えるんですからセコイですよ……」

「何度も言うけど、そんな大層なものじゃないって相手の表情や仕草で判断する簡単な心理ロジックなんだから」

「充分に読心術ですよ、僕なんかじゃ絶対出来ません」

「まこと君はそんなもの使わなくても充分なんだから要らないよ。母性本能をくすぐるからね、特に君は」

「そうですか……?」

「そうさ。で、まこと君学校はどうだい? 今年から高校生だろ? その制服が物語ものがたってる」

 僕が着ているブレザーの制服を指差すと続けて言った。

「まっ、帰って来た時のまこと君の楽しそうな顔を見たらそんな心配も要らないか!」

 僕は慌てて自分の顔をペタペタと触る。

「あはははは! 冗談だよっ。でも本当に大丈夫そうだ!」

「もう! 杏香さん!」

 少し怒りながらもつい頬が緩んでしまうのが分かった。

「いやーやっぱ帰って来て良かったよ。まこと君とまたこうやって駄弁られたしね」

「え、もしかして帰ってこないつもりだったんですか?」

「最初はねぇ。あっちの生活にも少しは慣れたし、教授からも誘われてたんだけどねーやっぱり断っちゃった」

「どうしてですか!? 凄いじゃないですか」

「あたしは適当だからさ、固っ苦しいのは向いて無いのよ。それよりも好きな所で好きなようにやる方があたしには向いてるのさ。だから大学を卒業してからはダラダラとあっちでやることやって戻ってきちゃった」

 杏香さんはとても頭が良く、大学二年次に海外留学をしたのだ。専攻は心理学。元々人を〝視る〟のが得意で小さい頃良くからかわれたのを覚えている。

 そんな杏香さんは海外でも優秀だったのだろう。同時にこの人は無理をする人だと付き合いの長い僕は知っていた。

「こんな話気にしないでさ! まこと君の話に花を咲かせようよ!」

 出来るだけ顔に出さないように心がけながら言葉にした。

「いや、そんな話すようなこと無いですよ」

「そうかい? あたしにはそうは見えないけどねー。まっ、今度時間がある時に聞かせてもらうよ! お隣なんだしね!」

 僕のアパートの隣にある蒼い屋根の一戸建てが杏香さんの家だ。元々は両親と一緒に暮らしていたが杏香さんが高校生の時にとある事故で亡くなってしまったのだ……

「そういえば、おばさんは元気かい?」

 ……僕としてはあまり話題にしたくない内容だ。

「少し前に悪化してしまいまして、今は精神病院で入院しています」

「そっか……。何かあったらすぐにあたしに相談するんだよ! 力になるからさ!」

「はい、ありがとうございます」

 僕は軽く会釈をする。この人の優しさを良く知っているからこそ、あまり迷惑はかけたくは無かった。

「あとさ……今日の夕食作ってくれない? やっぱあたしには向いて無いよ。久しぶりにちゃんとした物食べたいしね」

 僕は少し苦笑をする。

「残り物で良いなら、後で持っていきますよ」

「オーケー。あんがと」

「じゃあ、また後で」

「またね~」

 杏香さんは両手を振ると駆け足でその場を去っていく。その後ろ姿を見送ると自転車を駐輪スペースに置いてその足でアパートの外階段を上がった。僕の部屋は二階の一番手前の部屋。

玄関に入りようやく一息つく。和室六畳と洋室七畳、トイレ風呂別というまずまずな所に僕は八年ほど暮らしていた。南向きということもあり洗濯物が乾かないという問題もない。ただ母親が病気になってからは生活保護や障害者所得保障を利用して生活をしていた。


……ここで少し昔話をしようかと思う。

特に面白い話でも何でも無い。

元々は幸せだったのかも知れない家庭があった。母親と父親と息子の三人家族だった。

 父親は酷い酒乱だった。何かがあるとすぐに酒にたよる情けない父親で良く暴力をふるっていた。それでも母親はただ耐えていた。何時の頃か父親の帰る時間は日に日に遅くなっていった。それでも母親は父親を信じていた。

 ――ついに父は帰らなくなった。

居住地を変えるためにこの町へやってきた。

最初の数年は上手くやっていけた。近所の海月さんともこの時に出会いとても仲良くさせてもらった。

でも母親の心は治らなかった。

 やがて母親は鬱病になった。この町で見つけた仕事も続けられなくなり辞めてしまった。

 父親からの多額の慰謝料と国からの援助で生活をすることに問題はなかった。

 少年はむしゃらに生きた。母親に心配をかけないように明るく生きた。運動をした。勉強をした。友達も沢山作った。家庭のことは出来ることは自分でやった。

でもそんな頑張りとは裏腹に母親はどんどん酷くなっていった。会話もままならなくなり笑うことも少なくなっていった。

そして少年が中学二年生になった時だ。


母親が〝自殺未遂〟をした。


少年はショックだった。何も出来なかった自分にそして母親自身に幻滅した。

母親は精神病院で入院するようになった。

少年は馬鹿馬鹿しくなって運動を辞めた。元気だった性格は変わり、心を許すのは一部の友人だけになってしまった。

それから時が流れて少年はとある高等学校に入学した。


――その少年の名前は〝城井誠人〟と言った。


読了どうもです。

一応今回から誰でもレビューが出来るように変更しました。

感想などありましたら宜しくお願いします。

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