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さよならの時

魔王になった彼は、全てを放出させて、何もない地の上に倒れた。

仰向けになり、その瞳からは涙が溢れ、彼の頬を濡らしていく。


何もなくなった。

彼は、この世界で初めて、自分も知らない自分の力を使ってしまった。

人間ではありえないくらいの力。


天空から地上へ稲光が轟き、一緒に1年訓練してきた元仲間の兵士達を全て消し去ってしまった。

魔王軍の者達も傷つき、怪我をしたりその場で倒れている者ばかり。

戦場というよりも一方的な力の強い者のひとり勝ちだった。

その光は、正義なのか悪なのか。


私は、その場面に絶句しつつも涙を流していた。

彼は、自分の意志に反して、自分の怒りで多くの人の人生を奪ってしまった。

彼を信頼した者達が、自分の言葉に耳を傾けず、一斉に自分に敵意を向ける目に耐えられなかった。


何故皆 惑わされるのだろう。

最初から戦うこと自体、間違っているのに。



「ダメだな、俺。もう全てを無にしたくなるなんて。遥さんが聞いたら、怒るかな」

彼は自分の使った力で既に見えない目で空を仰ぐ。その姿を私は目に焼き付けるように傍で見ている。

彼が涙を流しているのを止められないこと、姿を見せることも出来ない悔しさ。

知らず私にも涙が次から次へと溢れてくる。

目の前で貴方が泣いているのに、一緒にいるのに、貴方は私を見ることが出来ない。

貴方の弱っている気持ちを受け止めていることを気づかせてあげられないもどかしさ。


「怒らないよ。貴方は十分耐えた。一生懸命やって裏切られて、貴方はそれでも頑張った」

私の気持ち、私の声は貴方には聞こえないだろうけど、貴方の言葉は私は受け止める。


「不思議だ。俺の目はもう見えないのに。涙が出る。耳は遥さんの声が聞こえる」

彼が思いがけない言葉を紡ぐので、私は目を瞠った。


「私の声が?槇都、槇都私の声、聞こえるの?」

でも、私の声は素通り。やっぱり届いてはいないのね。

彼は泣き笑いをしている。


「はは・・、帰りたかった。遥さんとの生活楽しみにしてたのになあ。

2人の子供はどんな子が生まれてくるのか気になっていたのに。本当に、・・・俺、好きだった」


「うん、うん」


「一緒にいられなくてごめん。傍にいたかった。支えられなくて、ごめん」


「うん、槇都」


「悔しい」


「私も」





彼の体から光の粒子が溢れだし、徐々に姿が薄くなり消えていく。

「槇都」

こんなに近くにいるのに、ずっと傍で貴方を見てきたのに貴方には見えないなんて。

「槇都」

その光がキラキラと空へ流れていく中、消えかかっていく槇都の瞳が私を捉えていた。

彼の目は、もう見えないはずなのに。

一瞬驚いた眼をさせ、ふっと柔らかい笑み。

「遥さん」

「ううっ、う・・ふ・・槇都」

私は涙を何度も手で拭い、消えていく槇都を見ているしかない。

「やっと、会え・・た」

そう呟いた声。聞こえたかと思うと、彼が見えないはずの私へ手を伸ばした。

私はその手を掴みたい一心で、両手で包みこもうとしたが、私に触れる前に光の粒が溢れてそれを遮る。

光の粒子は完全に消えて、彼の存在はこの場から消えた。


「槇都・・う・・槇都」


召喚なんてしてくれなかったら。ずっと、元の世界で貴方とふたりで生きていられたのに。

自分達の国を救う為に、他人にしか頼れない、他人の犠牲を思いやれないこんな国なんて、

最初から滅んでしまえば良かったのよ。



大勢の人々は、いつのまにか他の地へ移動し始め、王都は完全に無になった。

かつて500年近く繁栄したといわれる城も栄えた町も何もなくなってしまった。

国王を始め、民を見下していた貴族達も誰もいない。この国の人々は、完全に自由になったのだ。

≪変な話だな。王都が無くなって、この国の民は税がなくなった。

それぞれ自由に生きられる機会が与えられた≫

≪悔しいと思うのは、この国の王族や貴族くらいかもな≫

重い税や無理強いな労働から解放されて、下の階級だった人達は笑顔だ。


これからまた国が成り立つだろう。国に王が立てば、また同じ事が繰り返されるだろう。

でも、また1から始める機会になる。

≪今度は、民を下の者と思わない人が上に立ってくれないかな≫

≪貴族という階級は要らないよね≫


新しい希望を胸にその民達は旅立っていく。青年は王国の最期を見届け、

その場に留まって泣いている私に振り返った。

『これで、歪みは無くなり、どちらの世界も修正されました。

あの魔方陣も呪文が記載された書物も全て消すことが出来、召喚は出来なくなりました』

「うん」

『貴女に与えられた時間もそろそろ・・・』

「・・・、はい」

青年に促され、私は涙を拭い、青年の傍に立つ。周囲の背景がぐにゃりと曲がり、

私は何もかも記憶を失った。遥という存在が元の世界で記憶だけでなく心も体も消えたのだ。

彼を失ってやり直す事を拒んだ私は、この彼の生きた証の旅に出る前に神に祈ったのだ。

彼が消えたなら、私も彼と共に。


いつか彼と巡り合い、彼と生きられる時間が欲しいと願った。




元の世界では、彼も彼女も存在が消えていた。

誰も2人の事を覚えている者はいない。








それから時が過ぎ、神は自分の使いをしている青年にある報告を受けていた。

『数百年前の某異界の召喚での歪みの件で、幼き神から依頼がありました例の話ですが』

『ああ、そういえばこちらの修復は既に終わっていたな』

『はい、こちらは完了しています。巻き込まれた2人の魂を、幼き神の世界で願いを叶えたと

報告が来ています』

神は青年に顔を向け、「ああ」と頷いた。

『元の世界ではなかったのですか?』

『どこの世界とは聞いていなかった。幼き神が自分のミスだから任せて欲しいと願ったことで、

彼らの魂を委ねた』

神はにやりと含み笑いをすると、青年に「興味があれば祝福をしてやるといい。お前も時期神なのだから」と告げると、背もたれの椅子に深く体を預けた。

踵を返し、青年は神の居る部屋から退室し、扉を閉めたところでふと、笑みを浮かべる。


『彼らは、幼き神の世界で出会えたのですね。良かった』





青年が神からの言葉を実行する為、幼き神の世界へ訪れてみれば、姿形、声は違えど、

あの2人の仲睦まじい魂の存在を確認出来た。2人で笑っている。傍らには子供達が。

彼が彼女と望んでいた家族のいる風景。

青年は顔が綻んだ。

『ああ、幸せそうだな。祝福は、君達の幸せを望む』








END







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