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第七幕:フヨウとヨシノ、互いの思いを考える

 暑苦しい熱気に包まれた空間で槌を振るう身軽な作務衣の男。

 その手に持ったペンチでつかんでいるのは鉄の塊、それを魔力を込めた鎚で叩くことによって意味と形尾を与える…

 様々な職業(ジョブ)のプレイヤーが横行し、町民(NPC)の職がなくなっていくことが問題視されつつあるこの世界において、第二迷宮区から続く山奥に工房を構える彼はこの世界に元から居る町人の鍛冶師である。


「……おう、ヨシノじゃねぇか…ちょうど一年ぶりか?」


「お久しぶりです、鉄線テッセン殿」


 鉄線殿は生粋の職人だ、今日び多くのプレイヤーが跋扈するこの世の中町民もプレイヤーも鍛冶師は誰もがより強くて高価な武器を作りたがる。

 現代の現実社会に生きる人間であるプレイヤーは如何しても交換条件による等価交換を前提としており、その思想に充てられた町人の若い職人たちも慣れない資本主義と折り合いをつけながら物々交換で物を作る。

 結果…純粋に物を作る事を目的とした職人はこうした隠れ里でひっそりと自活しながら活動するようになった。


「注文票」


 鉄線殿はただそれだけを言って掌を翻す。

 初めて会ったときも、まだヨシノである事に慣れていなかった私を見て無表情のまま…


『気に入った…あんたのための武器を作ってやる。なくなったら注文票と材料だけ持ってここにきな』


 そう、何も聞かずに言ってくれた。

 それ以来私はどんなに変わろうとも鉄線殿への尊敬は変わる事ないまま、此処に来る。

 だからだろうか…鉄線殿は私の手から注文票と材料を受け取りながら…珍しく話しかけてきた。 


「どうしたぃ、また前みたいな顔に戻っちまって」


 鉄線殿は言葉で語らない、ただ態度で語る。

 しかし、言葉でなければわからないものもあるから喋る。


「……迷いがあります…自分自身で、とても赦せないような迷いが」


「……女か」


 ビクリと肩が強張った。

 フヨウさんという人がありながら、私は彼女に興味を持ってしまった。

 そして、知ってしまった…イリマのイリマとしての在り方を。

 揺らぎは波紋を起こし、波紋は時間とともに無慈悲に広がっていく。

 彼女のことを考えるだけで、私はすでに息が苦しくなるまでになってしまっていた。


「…悪かねぇ」


「なっ……」


 鉄線殿は、悪くはないといった。

 今の揺らいでしまったこの私を見て。


「男が女に惚れんのは、女が男に惚れるのと同様に当たり前のことよ」


「しかし…っ、私にはもう心に決めた人が」 カァン!!と、ひときわ強く鎚が鉄を叩いた。


「迷いは人に動きと熱を与える…熱した鉄と同じだ、流動して形を求めてさまよいやがる

そいつを叩いて、叩いて、意味と目的を与えれば真っ赤な鉄は形を得る…そんで」


 鉄線殿は、それをもう一度窯にくべた。


「何度も熱を与えて、叩く…そうして出来上がったもんが、何よりも硬いしなやかな…至高の芸術を作り出す」




 鉄線殿は、打ち終えた鉄の塊を水を張ったくぼみに付け込んだ。

 ジュウゥと凄まじい蒸気が熱気とともにたちこめる。

 水から上がったその剣は、かつて赤く流動していた鉄の塊ではない…黒く、硬く、そして堂々とたたずむようにその形を誇示していた。


「そうやって、こいつらは剣になる…尤も、こいつぁ市に出す飾りの品だがなぁ」


「鉄線殿…?」


「自活するにもこのご時世だ…大加速期ならまだしもな。近くの物の怪どものレートがまた調整されて今のままじゃ俺もそのうち阿修羅蜘蛛の胃袋さ。引っ越し先を考えてるとこだ」


 大加速期…この世界の歴史が、現実世界にして超高速で進められてきた、現実にして一時間、この世界にして1400年もの長い時期。

 その歴史の上に、人格たる町人達は存在しているのだ。

 そして、そんな生きた町人達にとって…死は絶対だ。

 食わなければ死ぬ、食われれば死ぬ、殺されれば死ぬ、死ぬときには必ず死ぬ…プレイヤーと違い、彼らは此処で生きているから。


「…また来ます」


「明日にゃ仕上げて畳む」


 私は小さく会釈しながら、工房を後にした。






「ヨシノってさ、昔の僕に似てるんだ」


「……ぶふぅ」


 榊に思いっきり吹き出された…汚いなぁ。


「言いたいことはわかるけど違うよ、外見とかじゃなくて中身の話」


「お…おぉ、そりゃそうだろうな?…で、どこら片がにてるんだよ」


「…多分、強くなりたい理由…とか?」

「……自信か」


 榊の言葉に、僕はうなづいた。


「あいつは戦う自分の姿に何かの目標を持ってる…僕は男らしい自分自身に、あいつもたぶんそんな感じ」


「成る程な…ところでフヨウよぉ」


 ふとサカキが顔を上げて訪ねてきた。

 僕はイチゴミルクを口に含みつちそれに答える。


「んむ?なに(むぁみ)?」


「お前ヨシノの話ばっかしてるべ?染井に聞かれるぞ」


「……っぐ!!げほ、ごほ!!」


 びっくりしてイチゴミルクを一気に飲もうとして、思いっきりむせてしまった。


「はぁ…はぁ……っ!!」


 そして周囲を見回していないか確認、居ない!!


「ふぅ…ち、違うよ!!ヨシノの奴がどんな奴か確かめたかっただけだから!!もう奴にときめきとか感じちゃってないから!!」


「よし、見事に順序が普通逆だべ」

 …うわーヤバい、今すごいナチュラルにヨシノにしか興味が向いてなかった。

 俯いてストローでイチゴミルクをポコポコ言わせてる僕に、榊はため息をついて言った。


「どうやらまだまだイリマたんが根本からぬけ切れてないみたいだなお前…よし、良いこと教えてやんべ」


 指をパチンと鳴らしてこっちに向けると、榊はまたあの嫌らしい笑みを僕に向けた。


「染井、今日は風邪引いて休みなんだと。んで、これが今日あいつが受ける予定だった講義のノート」


 …流石榊、こういう無駄なことには用意周到なんだから。


「えっと…つまり染井さん家にお邪魔しろって?」


「お、乙女のフヨウにしちゃよくわかったべな」

 誰が乙女か…そうつっこみかけた喉を押し殺す、それより先に僕は彼に頼まなければならないことがあるからだ。


「榊、一緒に」


「 こ と わ る 」


 ……


「そ、そんなぁ~!!」






「ど…どうしよう……」


 そんなこんなで今僕は、染井さんの住むマンションの前でノートを抱えて呆然としている。


 プルプルと震える手でインターホンに指を伸ばす。

 どうやってか部屋の番号まで調べてくれた榊には感謝すべきなのか、それともイリマの正体を著名新聞の投稿欄でバラすと脅されたのを怨むべきか…

 とにかく、押せば天国か地獄、押さなければ確実に地獄よりひどい社会的処刑が待っている…迷うひ、つ、よ、う、は……


「っ駄目だぁ!!」


 もう指がインターホンの前でプルプルしちゃって動かないもん!!

 肘から肩までヤバいくらいにガクガク震えてるもん!!

 あははー!!もはや染井さんへの緊張なのか恐怖なのかもわかんなーい!!ある意味おもしろーい!!



「……何してるんです?イリマさん」



 …振り向くと…凄く、厳ついおじさんに見下ろされていた。

 やばい、腰が抜けた。


「ちょっと、イリマさん!!確か、フヨウさんでしたか?」


 厳ついおじさんは、腰を抜かしてその場にへたり込んで泣き始めた僕を見て狼狽えていた。

 あれ?このおじさん、イリマって…


「って、リュウちゃ…さん?」


 思い出した、この人リアルのリュウちゃん…竜木りゅうぼく隆司りゅうじさんだ。


「リュウさん…なんで」


「アルシナの動物病院でね、難しいオペの成功報告があったんですよ。毎度その度にペットの飼い主と一緒に寿司奢ってお祝いするんですよ。もう既に提携サービスって奴で…その出前の最中です」


 リアルのヤナギ…アルシナさんの動物病院、そういえばこの近くだっけ。


「僕は…その、知り合いのお家に、ノートを届けに……」


「あぁ…これですか?」


 リュウさんはゴツい手で小指をたてるというあまりにも似合わないジェスチャーをした。


「なっ…なんでわきゃっ!!」


 わかったんですか!?…と言おうとして噛んだ。


「それならすぐに行けばいいじゃないですか?」


「……うん、わかってるんだけど…僕、自信がないんだと思う」


「はぁ…自信ですか」


 僕はマンションの前の階段に腰を下ろして考え込む。


「僕、昔から随分と変わっちゃいましたから…今更彼女の好きだった僕と名乗れる気がしないんです。それに、彼女も変わりました…ただでさえ高嶺の花だったのに、もっと綺麗で、もっと強くなって、もっと…魅力的になってたんです」


 リュウさんは僕の隣に座る。


「…変わらないもんなんか、何もありませんよ」


「…」


「アルシナはね、学生時代からのつきあいでした」


「…え?」


 僕は、リュウさんの語り始めたことに顔を上げた。

 …というか、リュウさんとアルシナさんの外見年齢が離れすぎてて…え、二人ともいくつ?


「あ、私らどっちも29です」


「あ、はぁ…」


 はにかんだ厳つい笑みにつっこむ気も失せる。

 というか、何でいきなりアルシナさんの話?


「私もアルシナも、獣医になりたかったんですよ…でも、アルシナは今じゃ考えられないくらいドライで冷徹な、仕事のために医学を志す人間でした…まぁ、その頃からほっとけなくてよくちょっかいかけては無理やり飲み会とかに誘って友達名乗ってたんですよ」


「あのヤナギが…」


「だがある日寿司屋を継ぐ予定だった兄貴がいきなり死んでね…私は大学を離れなきゃならなくなった。それからはすっかり関係を断ち切っちゃったんですよ」


 僕は、ただ黙ってリュウさんの話を聞いていた…多分この次、僕の知ってる話になるから。


「それから数年後か、いきなりアルシナがうちの寿司屋に顔を出したんですよ。それで二人で久し振りに酒をあおった後、『おもしろいゲームがあるからちょっと付き合え』って…それで、イリマさんと出会ったわけです」


「そりゃあまた…いきなりですね」


 から笑いするが、そっちの方が確かにヤナギっぽかった…でも……


「びっくり、しませんでしたか?」

「がっはっはっは!!そりゃあびっくりしましたよ」


 僕の問いに、リュウさんはいきなり大声を上げて笑い出した…ていうか、僕がびっくりしますから……今。


「びっくりするくらい、綺麗になってましたよ」


「……!」


 その時、僕はリュウさんがヤナギに…アルシナさんに特別な思いを抱いていることがわかった…なんとなく、だけど。


「変化は進化です、退化もまた進化の過程なんです…だから、変化を受け入れないのは…進化を、その人を受け入れないことなんじゃないでしょうかね?」


「…進化、ですか」

 確かに、染井さんは怖くなったけど…それ以上に、格好良くなってた。

 僕は、僕が好きな染井さんのまま進化した彼女の告白を、ちゃんと受け取っていたじゃないか。


「僕は…受け入れてもらえるでしょうか…」


「…その子が君を本当に好きなら、必ず」






 お寿司を担いで走っていったリュウさんを見送りながら、僕は思う。


 ヨシノと染井さんはよく似てるんだと…だから惹かれるのかもしれないと。


「…よしっ」


 僕は意を決して、染井さんの部屋のインターホンを押した。

次回:フヨウとサクラ、互いの想いを知る

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