第六幕:イリマとサカキ、相語らう □
さてさてさてさて………予想外にもほどがある、何だこれは何処のラブコメだ?
いやさ、フヨウの性格を知ったうえで推して行けといったわけよ。
フヨウはもともと押しの弱い性格だし、俺に出会った頃から日を追うごとにその性格は顕著になって行ってた。
もちろんそれはそれまで自信のもとになってた格闘云々から離れたせいもあるとも思っていたが、何より失恋が大きかったんだろうな。
それも踏まえての事だった。
たとえそんな直ぐに告白できなかったとしても、それまでの過程がフヨウに男としての自覚を思い出させてくれるはずだと踏んでいたわけだよ。
だからついうっかり、あんまり話したこともない…深窓の令嬢かと思っていた染井サクラのキャラを考慮し忘れていた。
思った以上に、相手が漢女らしかったんだべよ…
「満足か…榊?」
場所は学食、昼飯時…
真っ赤な顔をして、面と向かってイチゴ牛乳をストローで吸うってから問いかけてくるフヨウ。
だからお前は何でそういう好物のチョイスとか仕草が一々乙女なんだと…もう問いただすのもあきらめた。
それよりまず先に、やらねばならんことがある。
「ごめんなさい」
俺は両手を食卓について、頭を食卓にこすり付けて簡易的な土下座をした。
周りがざわめき、それに気づいたフヨウはオロオロと狼狽えて言う。
「ちょ、やめてよこんな所で!…もう」
「しっかし、意外だったのは相手の反応だったべなぁ」
「うん……」
おぉ、さらに耳まで真っ赤になった…こうなると人間の顔ってどこまで赤くなるのか試してみたくなるな。
そう思ったところで、人を殺せそうな目で睨み返されたので試してみるのはまた今度だべな。
「フヨウさん、こんな所にいらしたんですか!」
お、噂をすれば…学食内の視線が一気にこっちに集まった。
長いスカートにカジュアルな服装…いわゆる森ガールともいえる恰好に蒼黒い髪がよく似合う…そして、仕草の一部一部が優雅でまさしくお嬢様といった出で立ち。
そして今や親友の彼氏…間違えた彼女、染井サクラ。
……羨ましいなオイ
「そ、染井さん?」
「探しましたよ?もう、神出鬼没なのは相変わらずなんですから…」
「そ、そうかな…」
そしてフヨウの隣に座る…おっと、お邪魔だったか?
……席を立とうとすると、フヨウが泣きそうな顔でこっちを見てくる。
一人にしてほしくないらしい、仕方ない。
「ずいぶんとお似合いですなぁ二人とも」
「……? どちら様ですか?」
「あ、あぁ染井さん紹介するよ。一回だけ話をしたよね、あのすぐ後友達になった……」
「フヨウの親友の榊ヤスシって言うべお嬢さん、今後ともよろしく?」
おどけながらも丁重に挨拶をする。
それを聞くと、染井はフヨウに席を寄せたままぺこりとお辞儀をした。
「それは…傷心のフヨウさんがお世話になったと聞きましたね。その節はどうもありがとうございました、私からもお礼を言わせてください」
「いやっはっはっは、それほどでも無いべよ。実際フヨウに会ったのもオフの帰りに見かけて女の子と勘違いしてナンパ…」
「だあぁぁぁ!!そんな余計なこと言わないでいいから!!」
フヨウあわてて俺の口をふさぎ、黙ったら落ち着いたようにため息をついて席に座りなおし恥ずかしそうに縮こまる。
まるで借りてきた猫が真横で悪戯をした話をされているような構図だな…そう思っていると、染井はおしとやかに口元に手を当てて笑い出した。
「ふふ……面白いお方ですね、フヨウさんが元気になったのも納得できました」
「ふんっ、ただのバカだよそいつは…」
実際、俺はただのバカだからな!!(キリッ
と言い返そうとしたその時だった…
ダン!!
…と、フォークがミートパイに刺さった…それをグーで尚且つ逆手で握る染井のミートパイだ。
あれ?怒ってる?この子一瞬前と全然雰囲気が違うんだけど?ってかこっちを見る目の色変わってるから!!
やめて超怖ぇ!!!!
何かここまで怒らせるようなことしたっけ!?
「それで、ナンパと言っていましたがまさかお二人ともそういう関係ではありませんよね?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まさかのそこかーーーーーーーーー!!
「………ひゅい?」
一瞬遅れて、イワンとしていることに気付いたんだろう。
フヨウが顔を赤くして珍妙奇天烈な戸惑いの(であろう)声を上げてこっちに振り向いた。
おい止せ乙女な反応も空気読んでやれ、殺気がさらに濃くなってるから!!!!
(や、ヤンデレの気質持ちだと!?)
俺は戦慄しながらも冷静に答えた。
「……ばっかお前、こいつが男だって解った時は今までの人生で一番落ち込んだくらいだっつーの」
「そうですよねぇ、いやぁ馬鹿みたいな人と赤い顔して聞かされてたからてっきり名前の後に『~たん』付けで呼んで愛でたりしたのかと思っちゃったじゃないですか」
ミートパイから歪んだフォークを抜きつつ優雅に笑う染井を相手にして、俺は嫌な汗が止まらない。
フヨウからバカと紹介されてるのも癪だが、これは冗談抜きで命の危機を感じる。
「そ、そそそそそそそんそそうですよねぇ~、そんなの女の子にしかしないですからー」
こいつまさか気づいてるんじゃないだろうな!?気づいてないよな!?フヨウがネカマやってておれがそっちのファンだってことを!!
「目が泳いでいますよ?」
「い、いやいやいや、ネットで仲いい女の子がフヨウにそっくりでよ!!そっちにならたん付けで呼んでるぜ!?」
染井は光を反射していない虚ろな瞳で俺の目をじぃと見続ける…がんばれ気を張れ悟られるなこっちは心理のプロだ!!自然体自然体自然体自然体………
「………そうですか」
ニコッと、先の事がなかったら一目惚れしてそうな笑顔で染井は笑った。
今までここまで恐ろしい満面の笑みを、俺は生涯見たことがない。
フヨウに至っては今まで見たこともない染井の一面を真横に見て、涙目になることすら忘れて虚ろな顔で震えてるじゃねぇか。
「それじゃあ次の講義と部活がありますので…また明日会いましょうね♪フヨウさん♪」
フヨウを手に入れたことがよほどうれしくてしょうがないんだろう、染井は鼻歌を歌い小躍りしながら食堂を去って行った。
両想いでよかったじゃないかというひともいるだろうが…
「ぁ……ぁぅぁぅ…」
まるで凌辱モノのヒロインのような顔をして今になって泣き出したこの童顔青年の顔を見てはたして同じことが言えるだろうか…いや、何も言うまい。
出雲國 第二迷宮区 通称『大森林』
正確に言うと、ここは迷宮とすらいえないかもしれない。
背が高く生命力も強い草に覆われて視界も悪く、一歩先の地形までひどいときは把握しきれない鬱蒼とした森。
そんな地形効果と、隣接する高レベルダンジョンの影響で場所によってそれなりに落差のあるモンスターのレベルレート。
そして、銃士の広域戦闘スキルはこういう森でこそ真価を発揮する。
たとえばそう、味方が捕獲型モンスターに捕まってエロいことをされている間にも落ち着いてスコープに目を通し、狙いを定めて、引き金を引くだけで救出できる…何時でもな。
「さぁかぁきぃ~!!たぁすけてぇなぁぁぁああ!!!!」
森の物の怪、『釣り舐め』の群れに捕まったイリマたんのなんと艶めかしい姿か…
っと、そろそろ降ろしてやらんと怒られるな…
バスバスと舌の一本や二本打ち抜いて、でかい音たててやりゃあ臆病なこいつらはすぐ帰って行く。
「やっ…急に離すと…にゃあ!!」
あ、足元にも自生トラップがあったか。
イリマたんが悲鳴を上げて落ちた先を探しに行く。
「さてさて、どこに落ちたかな…と、うわぁ」
『さ~か~きぃ~#』
『痺れ靫』…でかいウツボカズラみたいな植物の物の怪に見事に捕まっていた。
只でさえ釣り舐めの唾液でエラいことになっているのに、痺れ靫の麻痺効果のある蜜をもろに浴びて動けないまま蔓に絡まれ飲み込まれようとしている…なんというか、うん。
「…ごちそうさまでした」
『帰ったらヤナギみ言いつけるさかいな#』
麻痺で口さえ動かせないイリマたんは、思考入力の文字チャットで怒りを表現していた。
とりあえず、誤字でさえも可愛い。
「つまりだな、物の怪って『怪って病気にかかった物』っていう設定で、痺れ靫もウツボカズラの物の怪だ。じゃあ釣り舐めは…俺たち男の希望…あるいはスタッフの邪な希望に怪がついた物の怪なんじゃないか?」
『どうでもええわ!!#やられる方には軽く絶望やっちゅうねん!!』
俺におんぶされながら、未だ麻痺から抜けられないイリマたんは文字チャットで突っ込んだ。
衣服防具限定でかかる『粘液』バッドステータスは特殊スキル『洗濯』でないと落ちない。
洗濯はイリマたんでも使えるが、洗濯するための水源がないのと、抗麻痺薬が切れた不運でイリマたんは今予備の朱袴一枚である。
うむうむ役得なり。
「あぅぅ…まひゃひははひひれぅ…しゃいひんろぅなめにあぁへん…」
(訳:あぅぅ…まだ舌が痺れる…最近碌な目にあわへん)
「そんな時でもロールを忘れないイリマたんにも恐れ入ったべ」
そういう俺に、イリマたんはむっとして文字チャットを送信する。
『せやかて、私は私、フヨウはフヨウなんや。昼かてそう言うとったやないか#』
「まぁなぁ…それであんなおっかない女に引っ掻かるたぁ、確かについてないねフヨウは」
『誰のせいやと思うとるんやっ!!』
いぃーっと歯を見せてから、イリマたんはため息をついた。
『……昔はもうちょお静かな子やったんたで?それが今は真逆の関係…もう残ったなけなしのプライドもズタボロやぁ…』
どうやらフヨウの知る染井サクラは見た目通りおしとやかで優しいマネージャー向きの可愛いお嬢様だったらしい。
「それがどうしてあんなヤンデレ予備軍に変貌するんだよ、おまえ軽いけど片手で余裕で抱えてたり、おまけに一突きでフォーク歪ませたり尋常じゃないべ?」
『……わからへんよ。でも、あの子前から私に…格闘やっとった頃の葵フヨウみたいになりたい言うとったから……』
「ほうほう?」
『…あのあと、こっそり彼女の『部活』見に行ったんよ』
「…それで?」
『剣道』
「なんだ…意外でもない」
『柔道、空手、ジークンドー、体道、ボクシング、長刀道、ムエタイ、カポエラ、相撲にテコンドー……』
「 」
頼む、それはただのT大の格闘スポーツ部のリストだよな?
それ全部通ってたとか言うなよ?
『……の部を道場破りして周って『看板コレクター』やっとった』
たくましいいぃぃぃぃ!!
背中でメソメソ泣いてるネカマと反比例するように修羅の漢と化してるってか…
そんなたくましい上にヤンデレ予備軍ってどんだけなんだよ。
「…でもよぉ、それでもお前あいつが好きなんだろ?今でも」
…背中からでもわかる…縦に、頷いた感じがした。
「だよなぁ…でなきゃ前に出てすぐに逃げてるもんなお前」
『そんなこtあrtへんよお』
嘘つけ滅茶苦茶動揺してるだろうが。
「ま、色々とおかしいが課題はクリアしたべ。これでお前が男だって自覚できりゃ…」
その時、ガサッと…
隣の茂みから出てきたのは、よりにもよってヨシノだった。
「……は?」
「む?」
「……」
目があって、三人ともその場に固まった。
あれ、直前にいったこと聞こえてたらやばくね?
ていうか今俺は朱袴のイリマたんをおんぶしてるわけで…イリマたんはイリマたんで顔を徐々に赤くして何か考えてるわけで…
「…………ひや」
ああ、爆発するなこりゃ
「~~~~~~~~~~っ!!!!」
「うわっ!!?こら、暴れるな馬鹿!!」
「なな何だお前らグワ!!」
ドンガラガッチャン!!!!
と、俺たちはその場で三つどもえになって転んだのだった。
不愉快な。
今日の私は気分が良かった…リアルでの想い人との再会、告白の成功に浮かれて道場荒らしを一通り済ませて…ついでに強者の敵を求めてこっちで第六迷宮区をさ迷って…出てきたところで寄りによってこいつらに出会すとは。
麻痺毒をかぶって動けないのはいつか戦った高位の魔法剣士イリマ…
そして、イリマと行動を共にしている銃士……名前がサカキ?…まさか、な。
「まぁまぁ、そう怒りなさんなヨシノさんよぉ」
「役立たずを連れている数奇者と慣れ親しむ気はない」
「会って早々腹たつなお前」
しかし事実だ、そう言い返そうとしたが…
『役立たず……』
イリマは思った以上に言われたことに対して沈んでしまっていた…くそっ、本当にこいつはあの魔法剣士なのか?
それともこいつはこっちのほうが素なのか?
……仕方ないので、余った抗麻痺薬をサカキに投げ渡す。
「あ? どういう風の吹き回しだ」
「……ふん、この辺にはあまり来ていなかったのか?なら慣れないで罠にはまるのも仕方がない…ここは下手に慣れたプレイヤーこそ危険な場所だからな」
『…?それ、慰めてくれとるんですか?』
首をかしげて文字チャットを送るイリマの顔を見て、ほんの少し顔が熱くなるのを感じた。
なんでこいつは、一々ほおっておけない仕草をするのだ…
気の迷いを振り払うように、強めに話を続ける。
「それに!!こんな所に来ているのも、何かを求めてのことなのだろう?そうでなければこんな玄人殺しの迷宮区に来るはずもない…私は鍛錬のためによく来るがな」
「お?流石はピーキープレイの権化…ご名答だぜ」
ピーキープレイなのか…先に再現スキルをイリマに驚かれたのもそうだが、自分のようなプレイヤーは結構珍しいようだ…
そう思った矢先だった、我々の頭上を何かが通り過ぎる…今までこの森を訪れた時には現れなかった影…こいつらクエストを受けているのか?
「待ってました!!ほらイリマちゃん、早く抗麻痺薬飲んでいくべ!!」
『うん』
「……待った、私も連いて行かせてもらおうか」
行こうとする二人を呼び止める。
「んだよ、抗麻痺薬の代わりのつもりか?」
「そいつは餞別のつもりだ……私はただ単に、強敵とやりあいたいんだ。それに前衛の装備がそれでは頼りない…違うか?」
『ぅ……』
今イリマが来ているのはいつかの装備に比べてやや下のレートに位置する防具だった筈だ。
おそらく道中で何らかの罠にはまり装備を失ったのだろうが、それであんな巨大な敵とやりあうのはいささか心許ないだろう。
一時的にメンバーアドレスをサカキとイリマに送信する、二人はそれを受け取ると私をパーティメンバーに加えた。
「…ふうん、まあ良いべ。一週間後に備えて、お互い手の読み合いと洒落込むべ」
抗麻痺薬を一気に飲み、酸っぱさに口を窄めて悶えたイリマもサカキから降りていう。
「~~~~~っ!!!!すっぱぁ…有難うな、ヨシノ」
二人の反応に、普段からソロでやっている私は自然と笑みをこぼした。
「いや、こちらこそ我儘に付き合ってもらって悪いな…ふふ」
そんな私を見て、二人は心底意外そうな顔をした。
「……何だ?」
「い、いや…意外だよな?」
「ヨシノはもうちょお鉄面皮な奴やと思うとったわ…何かいいことでもあったんですかいな?」
「……さもありなん」
しばらく歩くと、まるで現実のミステリーサークルのように草木が円形になぎ倒された開けた場所に出た。
木々の間には蜘蛛の巣が張ってあり、何故か西洋時計や土偶のようなこの世界の古代機械が張り付けられている。
「此処は……」
「この場所の主のお出ましだ」
サカキの言葉を合図とするように、森の上からけたたましい音を立ててその影はその場の中央上空に移動してきた。
わざわざ遠回りをしてきたのだろう、ゲーム故のサービス精神というものか…
「来るで!!」
それは、巨大な蜘蛛の形をした土偶だった。
この世界の機械は、からくりと古代機械に大別される。
どちらも魔法を動力源として現実のそれとは違う発展を遂げているが、とりわけ古代機械は明らかなオーバーテクノロジーを用いて制作され、その中には人格や魂を有するもの、あるいは暴走して獣のような生命を宿すものも少なくはない。
蜘蛛でいう尻の部分に、黒い靄として目に見えるほどの濃度の怪を取込んでいる硝子の球体が見える…設定的には、人工的に古代人によって作られた物の怪ということか…
「『阿修羅蜘蛛』…名前付きの大ボス、あいつのドロップする糸が俺たちの狙いだべ」
阿修羅蜘蛛と呼ばれた彼奴は巨大な三つの球状のカメラアイをそれぞれ散眼のようにグリグリと回して、私達にそれぞれ視線を向けた。
おそらくは、獲物に狙いを定めたのだろう。
「やべぇ、散開!!!!」
奴の行動をよく知るサカキの号令に合わせて、三人ともそれぞれ別の方向へと散る。
すると彼奴の蜘蛛にしてはたくましい足元から円形のふたが開き、円筒形の土偶のような物体が火を噴いて飛び出した。
恐らくは見た目通り、ミサイルだろう。
数は彼奴の足の本数と等しく八本、私に二本、サカキに三本…そしてイリマに四本向かっている。
「な、何で俺とイリマたんだけ数が多いんだべ!?」
「相手は機械…私はレベル52だ、最もレベルの低い私は脅威判定が少ないのだろうな…!!」
「な、レベル52やと!?…ってうわぁぁ!!?」
動きは鈍いが、確実にこちらに向かって追走してくる厄介な攻撃…私はアイテムボックスから小振りの小野建を取り出すと斧剣を取り出すと、その一本にめがけて投げた。
ゴン、とつまらない音がした直後…すさまじい爆発を起こして衝撃波でほかのミサイルを後退させた。
『KAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
厄介なことに、ミサイルは独立して動いているようだ…彼奴は雄叫びを上げると壁のように立ち並んだ森の木々に張り付くと、壁をけってイリマに目掛けてジャンプした。
「くっ、嘗めるなぁ!!」
剣で起用に足元に成長促進の印を刻むと、ミサイルが届くあわやというところで足元の草が大木へと成長しイリマの体を天高く押し上げた。
ミサイルは大樹の根元を爆破し、彼奴は大樹を押し倒しながら地面に激突した。
空中でアクロバティックに一回転したイリマは剣に仕込んだ印を起動しながらサカキに号令を出す。
「サカキ、やったれ!!」
「おうよ!!」
サカキは背負った拡張アイテムボックスから縦長で長方形のような銃身になったライフルを取り出すとミサイルを巻き込む形で彼奴の胴関節に狙いを定めた。
「『浸透破砕弾頭』……丸裸になりやがれ!!!!」
サカキが引き金を引くと、弾頭は空中で溶けて液体のように形を変えながら進みしぶきをミサイルに飛ばしながら彼奴の機体の隙間に命中し内部へと浸透していった。
そして一秒の間をおいてミサイルもろとも彼奴の体に染み込んだ浸透破砕弾頭が大爆発を引き起こした。
『KAAAAAAAAAAAAAAGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!?!?!?』
「……!?」
「うげ、こいつ近接特価型だったのか!!」
サカキの攻撃で土偶のような外部装甲を剥がされた彼奴は、内部にさらにおぞましいまでの細い腕を無数に隠し持ち、腕どうしの隙間にはこれまたおぞましい数の槍が取込まれていた。
腕は広がって己のすぐ横にある槍を手に取り、こちらに向けた。
そして再び足元のふたが開いてミサイルがせり出してくる…しかし、それは傲りだ。
「武器をすべて出すものがあるか、愚か者」
私は鎌剣を四本取り出してブーメランのように投げた。
鎌剣はそれぞれブーメランのように回転し旋回しながら彼奴の向かい右側四本足からせり出すミサイルの先端にあたる。
すると彼奴の右半身は大爆発を引き起こした。
当然、右半身の腕も槍もすべてである。
『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!!』
彼奴もはやノイズにしか聞こえない雄叫びを上げながらこちらに迫ってくる。
ここまできてようやく、こいつは私も十分な脅威と認識してくれたようだ…
自然といつもの笑みが出てくる、双剣を構えて私は彼奴の左半身を覆わんばかりの槍を迎え入れるように構えた。
「有難い…なぁぁぁあああああああ!!!!」
滝のような槍の奔流が襲い掛かる、それをすべて双剣の機動力でいなし、かわし、叩き折る。
その隙に、イリマとサカキは彼奴の右半身へと回っていた。
そして、イリマの刀に複数の魔法の印が光る…
「今や、チェイスファイヤ・コンビネーション!!」
「取って置きをくらいな!!!!」
サカキが右半身に向かって液体に満たされた半透明な水風船を投げつけて短銃を放つ。
水風船は彼奴の右半身をバウンドすると、短銃の弾丸に打ち貫かれて急激な化学変化を引き起こし大量の炎を巻き上げながら大爆発を引き起こした。
『GGGGGGGGGGGGGGGAUUUUUUUUUUUU!!!?』
よろめいた彼奴の体から吹き上がる炎を、今度はイリマの黒い刀が吸収していく。
そしてエンチャントフレイムの印で着火した刀は極大の炎の剣となったそれを、イリマは裂帛の気合いとともに振り下ろした。
「勢ぇぇぇぇぇええええええええええい!!!!」
『GGGGGGGGGGGG------------!!!!』
彼奴は断末魔の悲鳴を上げながら胴体を横一線に撫で切られ、赤く輝いていたカメラアイも点滅ののちに消えた。
そして、倒れる。
「速度倍加…4倍速っ!!!!」
その巨体と槍が私になだれ込む前に、高速化したイリマが私を抱えてその場から避難した。
倒れた彼奴は力を失ったかのように、筒暮れのように分解していくと…尻の怪を貯めた硝子玉と白い糸の丸い塊を残して消滅した。
地面に降り立ったイリマは、私を下すと大きくため息をついてその場にへたり込んだ。
「つ、つかれたぁ~」
「………なぜ私を助けた?あれしきのことで、私のHPは底をつかない…っ」
イリマがほほを膨らませながら立ち上がり、額にでこピンを食らった………これは、不覚なのか?
「馬鹿言うんやない、ヨシノかて言ったやろ?この世界かて痛いもんは痛いんや」
……馬鹿らしい。
「戦うならば、痛みは必然だ。それはこちらでもリアルでも変わらん…」
それを聞くと、イリマは目を丸くして思い出したように言った。
「そっか…ヨシノもリアルで武道家やってたねんな?」
「私…も?」
イリマは、はにかむように微笑んだ。
「私もやねん…怪我してもう辞めてもうたけどな」
「…………っ」
ドクン と、心臓が跳ね上がった。
これだ…私が彼女に執着する理由はこれだ…似てるのだ、彼に。
私が目を見張るような動きも、あの諦めた顔も…私は無意識にそれらから彼女を彼と重ねてみていたのだ。
きっと、彼女は彼と同じように…女だてらに彼以上に努力を重ねたのかもしれない…そして、彼と同じように不幸な境遇でそれをあきらめた………
「あんな、やってたからこそ分かるねん…痛いのは、誰だって嫌いや」
「…………」
しかし、彼女は私を見た。
その眼は、まさしくあの頃の彼と同じ………何かの道を見つけた人間の目だった。
「せやからこそ強くなりたい…体の痛みは伴うけど、心の痛みを受けないで済むためにや」
「心の、痛み?」
「……せや、怪我でもう格闘はもうできへんくなったけど…私はな、幸せなんや。友達がおる、好きな人がおる、自由にみんなで楽しめる……この世界がある!」
そういう彼女の笑みに、私は目を奪われた。
その瞬間、私の視界は一気に広がったかのような錯覚を覚えた。
「せやから、あの頃の私が無意味やったわけやない…そう思うとな、心の痛みなんかもうとっくになくなっとることに気が付けるんや」
「……そうか…お前は、その痛みから解放されたのか…」
私がそういうと、イリマは恥ずかしそうに頬をかいた。
「いやぁ…そないなこと現役の武道家さんにいうことでもあらへんかな」
「………いいや」
私は、この少女からすごく大事なことを教えてもらった気がする。
今の私に足りなかった何かを、今はわからないけどヒントをもらった気がする…
だから、私も笑みで返した。
「有り難う……」
「………………っ」
…………なぜだろう、イリマが見る見るうちに赤面していっている。
「おうおうおうヨシノさんよぉ」
ズイっと、横から顔を寄せてくるのはサカキだ。
私は驚いて彼から身を引いてあとじさった。
「な、なんだ?」
「二人の決闘のために準備してるってのに、二人ともずいぶんと仲よくしちゃってるじゃないべさ」
うわぁ醜い、みごとに歪んだ三日月型の目をしてこちらを見てくる目が不愉快だ。
というか、こいつは何をそんなにひがんで……イリマのほうを見た。
「……えと、あの……私も、ヨシノの戦い方は参考になっとるし…うん、ありがとぉ」
顔を赤くして、もじもじしている……かわいい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?
「……なな、ななななな!?」
顔を隠す、熱い、なんだこれは…私は女、いや今は男か…いやしかし、染井サクラは女だぞ!!
「ご、御免!!!!」
即刻にパーティを解除し、その場から強制ログアウトで転移した。
消える直前に…イリマが何かを言おうと、口を動かした。
「あ、あんな。また、会え…………」
「…………っ」
私は目を覚ました。
起き上がって、ログアウトで強制的に起されてぐらぐらする頭を支える。
「……何で…?」
熱い…それは、さっきヨシノだったときに感じた熱と同じだった。
起きて、ふらふらと洗面台に向かって明かりをつける。
私は、熱に浮かされたように赤い顔をしていた。
「………っ!!…っあいた!!」
私は焦ったまま鍛錬部屋にいこうとして、足をもつれさせてその場で転んだ。
「……っ、しっかりしなさい染井サクラ!!私は、フヨウさんのことが…っ」
そのままドン!! と、地面をたたく。
たたいた手が、痛かった。
「………これが、心が痛いってことなの…?」
……もはや手が痛いのか、叩かせた心が痛いのか、私にはわからなかった。
「教えてよ……っ、イリマ……フヨウさんっ」
無意識に私は、イリマの名前も呼んでいた。
次回:フヨウとヨシノ、互いの思いを考える