第四幕:イリマとヨシノ、衝突する□
「おいっちにーさんし!!おいっちにーさんし!!」
ホームベースから漏れ出すような大声を張り上げながら、切り替え体操を終えて僕は私になる。
今日は昨日に比べてすこぶる調子がいい気がする、精神的な要因かな?
とにかく今日の後一日は、さっきヤナギと約束を取り付けておいた…ダンジョン攻略に回すつもりだ。
「…ふぅっ、今日は快調や!」
……と、言ったところでふすまからニヤニヤとこちらを覗くヤナギに気付いた。
「…ほわぁっ!?」
「快調なのねぇ~?元気になったようで何よりよん♪」
通常このホームベースは私にしか開くことができないのだが、大家であるヤナギは例外なのだ。
「あ、あはは…ちょお恥ずかしいさかいあんまり突っ込まんといてください」
「はいはい、わかったわよん♪」
顔を赤くして頼む私に、ヤナギは優しく笑って撫でて答えてくれた。
「イ~リマたぁ~ん!!」
「はっはっは~うちはおさわり禁止ねぇ♪」
ギルドとしてのうちの待合室に入るや否や、唇を突き出しつつ突っ込んでくるサカキを受け止めて、誰もいない場所へと綺麗に投げ返すヤナギ。
スキル外のこういった攻撃方法が存在するのも戦神楽Onlineno大きな特徴の一つである。
「ぐあっは!!テメェヤナギ、出発前から大技かましてくるやつがあるか!!」
「どうせ突っ込まれた時用に回復薬多めに用意してたんでしょう?これだからドMの変態さんは…」
「イリマたんならともかくお前にけなされても投げられても嬉しくないわオバエルフ!!」
「よしそこに直れオレンジフラグ立たない程度に痛めつけてあげるから」
あぁ、いつもの柳生だ…と安心しながら二人のやり取りを見ていると、その後ろで銃の整備をしている少女を見つけた。
「リュウちゃん」
「あ、イリマ先輩」
小さく可愛い女性型アバターのリュウちゃん…先に出会ったおっさんとはえらい変わりようだが、彼女(彼?)もまたいつも通りに銃の手入れを終えてこちらに気が付いた。
ガチンと点検を終えたハンマーを鳴らして銃をホルダー型アイテムボックスに戻すと、シークレットトークでこちらに話しかけてきた。
『やっぱりイリマ先輩も取扱説明書見逃したタイプですか?』
『あ、リュウちゃんもなんやねぇ…って、きづいとったんですか!!』
驚く私を見てリュウちゃんはクスクスと笑う。
『そりゃあ、あそこまでオドオドされたら…ヤナギGMは気づいてなかったみたいですけど。あと、私は自分の意思でですよ…まぁここまで本格的に女性やることになるとは思いませんでしたが』
『あ、そうなんや…』
『リアルじゃなかなか体験できないですからね…初めから小さく可愛いガンナータイプを目指してたんですよ、ここまで理想通りに行けたのは先輩方の教育のおかげですけどね』
『やはは……やっぱり、バラした後って楽やろうか…?』
『そうですね、人それぞれとは思いますが……』
「正直に『自分』できると思いますよ、先輩♪」
口でそう言って、にっこりと笑うリュウちゃん…しかしシークレットの時とそう変わらない。
それだけ彼女は自然体なのだろう。
「それで、今日は第八迷宮区に行くんだっけか?」
「うん、そろそろ私たちのレベルでも十分踏破できるとこやと思いますよ?」
私は柳生でトップのレベル70、次に高いのはサカキのレベル66とヤナギのレベル60…そしてリュウちゃんがレベル57と私たちはパーティ内でレベルに大きな差がある。
ギルド柳生の中でも、私とサカキは遊撃隊として國同士の戦争イベントの前線で戦うメンバーであるため平均して高レベルを維持しているのだ。
戦神楽はダンジョン攻略においての経験値をパーティ全体に割り振るので、パワーレベリングのためにこうしたレベル差でパーティを組む集団も珍しくない…しかし強弱の配分が時と場所によってはパーティ全体の命取りになるため油断は禁物である。
「第八迷宮区は柳生もまだ未踏の地だからねぇ…まぁ、いつも通りリュウちゃんの護衛は私とサカキで…」
「前衛は、私やな。まかしとき!!」
掌に拳を当ててやる気を出す。
昨日は失敗してもうたけど、その分ギルド柳生のメインアタッカーとしての威厳を取り戻して見せますとも!!
出雲國、第八迷宮区
出雲とはもともと、ヒモロギ列島の古い女神を祀った神社を指す言葉だったそうだ。
その名の通り、歴史も場所も現実の日本と全然違うこの世界の出雲もまた古い神社仏閣を中心としたダンジョンが数多く点在する。
そのナンバリング八番目…最近になって新しく解放されたのダンジョンに通じる空間孔を抜けて出た先は…いくつもの滝がはるか上方から流れ落ちる丸くくりぬかれたような崖の底だった。
崖の底の、広く丸い泉の上に頼りなく点在する孤島の上に空間孔の維持装置をはじめとした遺跡があり、そこに立つ私たちからでも滝の奥に見える隠れ通路にも神社仏閣のものであろう廃墟がちらほらと見える。
珍妙奇天烈な組み合わせだが…苔むした大地の香り、滝から跳ねて風に乗って舞い飛ぶ微粒子の水滴…五感で感じるすべての感覚でそこに歴史と大自然を感じさせるのはVRDMMOの本領といったところだろうか。
電子的に構成されたクオリアは、そのダンジョンに人工物とはとても思えないほどの神聖さを纏わせていた。
「滝に神殿…ねぇ。まったく、出雲國はどこもフリーダムな立地条件に神社を立てるわよねぇ」
「でも、綺麗やなぁ……」
私は、心の底からそう思って滝の先……後一日の日が昇る眩しい空を見上げる。
水の粒子が太陽光を屈折させて、オーロラのような虹の雨粒が降り注いでくるその光景にため息がこぼれる。
滝を見上げる私の顔を見て、ヤナギはくすりと笑った。
「イリマちゃんは、心の底から戦神楽の世界を楽しんでるわよね…」
「そうだな…そういうとこがまた可愛いんだよなぁ」
そう言ってくねくねするサカキをみて、ヤナギは生ごみを見下ろす視線を送った。
「何でだよ!!!!」
「……!!待ってください、人がいますよ…?」
新たにコントを始めようとするヤナギとサカキを静止して、リュウちゃんが耳を澄ませた。
錬銃士の広域探知スキル、『ソナー』での副次効果である。
本来は空鳴りさせたハンマーのノック音の反射で広域の敵や地形を察知するスキルなのだが…彼女はその効果自体よりもそのスキルによって倍加された聴覚の扱いが巧い。
そして、私たちも耳を澄ませた。
ギン ガキン ギキィン!!
と、かなりの上方から金属音が鳴り響いてくる。
「ほんまや、先客かいな?」
「変ねぇ…この辺には私たち以外まだ来れるギルドなんてそうは居ないと思ってたんだけど…」
実は、第七迷宮区から第八迷宮区への道を発見したのは柳生の探索メンバーである。
だから此処は他の大規模ギルドや高レベルギルドの手の届いてない穴場なのだ。
聞いたところ…反響音のテンポからして、一対多数…
「迷い込んでモンスターに襲われとるんかもしれへん…ちょお助けに行きいましょ!!」
「「「おう!!」」」
先陣を切って駆け出す私を、リュウちゃんをヤナギとサカキで挟んだ三人組が追う形で走り出した。
滝を突っ切って崖の側面に螺旋状に開けられた通路を駆け上がっていく。
滝の中から鯉がそのまま人間台にまで巨大化したかのような怪獣が飛び出てきて襲いかかってきた。
『ラーヴァドラゴン』、東洋生息の竜であるレッサードラゴン種のさらに幼生である。
まだ幼生であるためそれほど多くの攻撃手段があるわけではない…しかし、小さくても竜の末裔…その対物理の防御力と対水魔法の抗魔力…そしてボス並みのHPは折り紙つきだ。
「でも…!!」
「水以外の魔法にはめっぽう弱いんやよな!!」
「「『エンチャントフレイム』!!」」
リュウちゃんと私がそれぞれの武器に火の魔力を込める。
お互い得意の(元々私が得意とするそれをリュウちゃんに教えたのだから子弟そろってと言ったほうがいいのかもしれないが)、エンチャントフレイムで強化された炎の弾丸はラーヴァドラゴンの目を貫きHPを大きく三分の一まで下降させ、そして私が炎の剣でその身を切り裂いた。
『POOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!?』
バキィィィィィン と、ポリゴン辺に分解し爆散したラーヴァドラゴンの体から大量のいい匂いのする肉片が落下して自然につく前にシャボン玉のような魔力に包まれて静止した。
(ドロップしたアイテムの一部…特に食べ物はこうやって保護されるのだ。)
サカキが走り回りながらその肉片を残らず拾ってアイテムボックスに仕舞う。
「ラーヴァドラゴンのたたき、レア度12…と」
「いいわねぇ、ラーヴァ定食とか初めて見るかしらん?」
「ええなぁ、でもこの辺もいずれは人でごった返すんやからレア度は下がるんとちゃう?」
「レアな事と、うちで食べられるということはまた別なのよ♪」
その会話を聞きつけてか、滝の上からわらわらとやってくる人影が見える。
…いや、人影ではない…西洋由来の魔物だ。
魚亜人…西洋の古代魔術で作り出された奴隷種族が反乱を起こして大昔の日本に移り住み、名前すら忘れられた日本の神の一柱を崇めることで簡単な文明を得たといわれている種族だ。
一説によると、人を襲うのは人間を倒してドロップするアイテムを神への供物に捧げているのだとか。
「おうおうこっつぁめんこいおんなこどもだでよ」
「うえのどろろばかあっとられっが、こっちこさかこんでくとるうばくもつかっぱらうべ」
「んだんだ、むさいおとこんよりそっつだほうがくとるうもよおこぶべさ」
ひどく訛った聞き取りづらい言葉で会話しながら魚亜人たちは滝から湧き出てくる。
ラーヴァドラゴンに複数またがって杖を構えた回復職も居る。
「なんか俺を無視して話してるような気がするんだがなぁ?」
「いいんじゃないかしらねぇ?方言と言い貴方と同じレベルなのよ頭が」
「テメェ今すべての田舎もんを敵に回した!!!!」
さらりと暴言を吐いたヤナギにそういうと、サカキは背中からボウガンのようなシルエットのごてごてしい機械を取り付けた火縄銃を構えその場に静止した。
「『サイレントスナイプ』×10!!!!」
ガションと機械が展開して自動的にレーザーサイトのような光線がいくつもの魚亜人に狙いを定めた。
サイレントスナイプ…ある程度の時間静止することで確実にあたる長距離攻撃を行うことができる銃士の狙撃スキルの一つ…このスキルには銃士だけに追加される特性があり、静止した時間だけダメージが増すのである。
通常一度に三体までが限度だが、65レベル超えで追加したパッシヴスキル『オウルアイ』によってその限界数を三倍以上に拡張しているのだ。
「10秒で十分ねぇ?」
「おせえ、こんな連中5秒止めるだけでいいぜ」
前に出たヤナギもまた、腰の二刀に手をかけて私を一瞬にして追い抜き魚亜人の集団に接敵した。
通常、宿儺人は魔法に精通する種族である。
それは起源である古代宿儺人が扱っていた古代魔法の力の影響で他界魔力を保有するからだといわれている。
しかし、古代宿儺人はむしろ近接的な戦いを好む傾向の種族特性を持つ。
とにかく不死身とうたわれるほど頑丈であり、さらに高い身体能力を持たずとも羽のように身軽なのだ。
高防御高機動という異色の組み合わせをフルに生かしたヤナギの職業は抜刀士、一瞬の攻防に様々なバッドステータスを持つ居合の剣技を放つ。
シュカァン
と、竹を割ったかのような軽い音とともにヤナギは魚亜人たちの後ろに現れた。
「あ…で……おめ、うづのまにうしろに…あばばばば」
「ししししびしびしびれでええ、いでえええええ!?」
突然『電光抜刀』による麻痺効果を喰らい、さらに遅れて魚亜人たちは武器を持つ手が深く切り刻まれていることに気が付いた。
「ごめん、勢い余って一匹やっちゃった?」
カキン とヤナギが剣を鞘に戻すと、ずるりとラーヴァドラゴンが横一線に裂けた。
「まぁいいさそっちは狙ってなかったべ!!!!」
サカキは引き金を引く、すると銃の中の機械が作動して10発の弾丸が魚亜人たちの心臓をめがけて放たれた。
ガガガガガガガガガガン!!と、一秒10発の弾丸は正確に敵の心臓を撃ち貫いた。
「あ、あで?」
パキイィイィィィィ と魚亜人たちがモザイク辺となって消滅した。
「魚亜人のトロ肉…レア度18……だってよ?」
「さすがに珍味扱いよねぇ?」
さすがに私もそんなの食べたくない……
「いけませんよ、こういうゲテモノこそ本当に美味しいんです…マグロの脳みそって食べたことありますか?」
リュウちゃんの言うことに、皆ぎょっとしてそちらを向いた。
「美味しいんですよ、トロより♪」
流石リュウさん………リアルではお寿司屋さんの板前だそうです。
やがて私たちが崖の内部に広がる洞窟(魚亜人たちの駐屯地でした)を抜けて、崖の最上階にまでつく頃には金属音は止んでいた。
私たちがたどりつくのもそれなりに早かったはずなんだけど、もう倒されてしまったのかと心配していたものの…その部屋を覗きこんだ瞬間、それは杞憂だと分かった。
「………ほお、この前の牛鍋屋か…ギルドもやっているというのは本当だったらしいな」
それは、あの白い侍だった。
そして、その後ろに倒れているのは巨大な鯉の模様の魚亜人…おそらくはこのダンジョンのボス…巨人種魚亜人の亜種だろう。
しかし、その全身は傷だらけでなぜか呆然とした顔をこっちに向けるとポリゴン辺になって爆散した。
つまり…相手もダンジョンボスを…それも未知のものを単独撃破できるレベル…私と同じ70台ということ……
「へぇ~、あれがイリマたんのハートを鷲掴みにしぎゅも」
言い終わる前に、『身体強化』を加えたアイアンクロー(非スキル)でサカキの口を封じた。
そして、ちょっと赤くなった顔でその侍を見る。
侍は、相変わらず物憂げな眼をこちらに向けていた。
しかし…それはふと笑みに代わる…それはこの世界の大規模戦争イベントに参加したプレイヤーならだれもが見たことのある笑みだった。
「……っ!!」
…好戦的な笑みだった。
その笑みを見た私とサカキ、一歩遅れてヤナギも身構える。
「…え?あの皆さん、どうしたんですか?」
突然の重い雰囲気に、リュウちゃんがうろたえる。
それもそうだ…彼のような性質の人間、戦場以外でそう会うものか。
「早いんだな…それなりに高レベルのプレイヤーとお見受けした」
侍は、ダンジョンのクリアアイテムの入った宝箱への道を阻むように円形のフィールドを展開した。
決闘フィールド…同じ国に所属するプレイヤー同士の戦闘を持ちかける際に用いる空間で、ここに入るということはすなわち決闘を受諾するよいうことだ。
「な、何をするんですか!!」
リュウちゃんが抗議の声を上げる。
宝箱は、タイミングが偶然ぶつかっても大丈夫なようにパーティ毎にクリア記念アイテムを配る仕様になっている。
つまりアイテムは柳生もあの侍もどちらも得ることができるのだ。
むしろボスの討伐Expが得られない分、本当はこっちのほうが損をしている…相手が決闘を申し込む理由がないのだ。
「そのパーティの中で最もレベルの高い戦士は誰だ?お前か?」
侍は、サカキの方を見た。
「いんや、違うべ」
サカキは私の肩をポンとたたいた。
「………私や」
そう言って名乗り出た私に、侍は驚いたような目を向けると…残念そうに溜息を吐いた。
「武器なしで暴漢にケンカを売るような無鉄砲娘か…その程度の連中ならたかが知れるな」
「………なんやと?」
侍は踵を返して決闘フィールドを解除しようとする…そのまえに私は『縮地』の魔法で決闘フィールドの内部に移動してその場を踏んだ。
[決闘の受諾が確認されました]
「……たかが知れるといったはずだが?」
「私をバカにするいうことは、柳生をバカにするということや。それだけは許せへん…」
正直、最初にあったときは…恋愛感情があったかどうかは別にして、カッコいいと思った。
しかし、今になってわかった…こいつ、強いやつに興味があるだけだ…強者のプライドを何より優先するやつだ。
………私の、一番嫌いなタイプだ。
私は未知のレベルのボスを相手に想定して全身に仕込んだ魔法の印を励起させて、威嚇もかねて魔力を放った。
その重圧に侍はすこし考え込むと、また好戦的な笑みを浮かべた。
「いいだろう…決闘を再度申し込む」
「受けて断ちます!!」
決闘の種類は三つ。
相手をキルするまでとまらない『完全決着モード』
キルの瞬間HP10のみが残る『限定決着モード』
形式として初撃で決着をつける『初撃決着モード』
なお、完全決着モードの決闘において相手をキルすること…それはPKには数えられず、オレンジフラグは立たない。
「ルールはどないします?」
「限定決着モードで…ここまで来たんだ、アイテムをとれずにおめおめと帰るのは寝覚めが悪いだろう」
「余裕やな…」
「配慮だ」
本当に、バッサリとした奴………。
[ルール受諾、10秒後に開始します]
[10]から徐々にカウントのウィンドゥが開いていく。
「私はイリマ…名前、なんていうんやっけ?」
[9]
「ヨシノだ…」
[8]
「あんた、何がしたいんや?」
[7]
「強さを求めている…私の生き方を満足させるほどの」
[6]
「戦争にでも参加したらどうや?」
[5]
「個としての…人としての強さだ」
[4]
「そういう奴、このゲームじゃ五万とおるけどなぁ…」
[3]
「私はゲームでそこまで考えるのはやり過ぎやとは思わへんけど…」
[2]
「……」
[1]
「そういうんは、自然に手に入るもんやで…!!」
[GO!!]
始まったその瞬間、私とヨシノは同時に動き出した。
ヨシノは長刀を手に持って、私はフィールドを旋回しながら塚に仕込んだ印を起動する。
高位の魔法剣士は、武器や己に魔法の印を刻みこみ任意に発動するスキルを持っている。
「『フレアチャフ』!!」
火の粉が舞って、ヨシノの目を塞いだ。
スキルの少ない多彩武芸者であるヨシノの強みは、おそらく高レベルにため込んだスキルを含む手数の多さ。
なら、初撃から大ダメージを与えてうろたえさせれば…!!!!
「……邪魔だな」
今や、長刀のスキル…『霧払い』!!視界塞ぎ系のスキルを無効化する代わりに、大きな隙が生じる!!
「『最大……炎舞』!!」
全身に炎をまとった私は、大回転の動きに合わせて長刀以上の高リーチに広がる魔法斬撃を放った。
「……外した!?」
ヨシノは、大きく屈んで炎舞を回避していた。
「『チェインアクション』」
そして大きく踏み込みながら、長刀から瞬時に槍へと持ち変える。
『チェインアクション』…多彩武芸者にジョブチェンジしたら、数レベルアップのうちに習得する基本スキル。
アイテムボックスを介すことなく、斧や鎚のような鈍重武器をのぞきレベルに見合う重さの武器を一瞬にして装備し直すスキル。
槍を構えたヨシノは、私の眉間を見据える。
『雫の穿ち』が来る…!!
「かかりなはったな?」
バチン!!と、電流が剣先からヨシノを貫く。
『ショック』、雷属性の魔法で一瞬だけ動きを止める魔法。
大技である炎舞のスキルサポートで自由な動きがとれない隙も、印に刻んだ魔法を視界コマンドで起爆することで埋め合わせる。
私が炎舞のモーションを終えた時には、逆にヨシノは雫の穿ちのモーションに入っている。
形勢逆転…私は雫の穿ちの照準から避けると、ヨシノに向けて剣を振るった。
「これで…終いや!!」
………しかし
槍が突然軌道を変えて私の剣を叩き落とした。
「なっ…くっ…!!」
私はとっさに脇差に持ちかえると『速度倍加』の印を刻んで投げた。
「!!!」
脇差はヨシノの頬をかすめて滝の中へ消える、その隙に私は落ちた剣を蹴り上げて握りなおすとエンチャントフレイムの印を新しく刻んで剣を発火させる…こうすることで剣そのものに相手の武器を破壊するクリティカル率を上昇させるためだ。「りゃぁぁぁぁあああ!!!!」
炎の剣が、長刀を刃の根元から叩き折った。
しかしヨシノはその棒を振り回しながらモーションを続ける…あの構えは、槍スキル!?
槍スキルと長刀スキルは似て非なるもの、長刀をたたき折ったところで竹やりじゃあるまいし槍区分になるはずもない。
つまり、こいつのこのスキルは…
「せいっ!!」
「…っぶな!!」
そのまま大きく仰向けにのけぞった私の顎すれすれを砕けた長刀がかすった。
それだけでは終わらない。ヨシノは槍をそのまま離すと腕を大きく振り上げて連続した動作でアイテムボックスに腕を突っ込んだ。 私はスカートの中が見えることもいとわずに速度倍加した足を上げて振り下ろされたヨシノの手を蹴り上げた。
その手には斧、しかし斧は鈍重武器でありチェインアクションには入らない武器のはず……やっぱりこいつの強さの正体は…!!
それを察した私はその一瞬をついてそのままバク転を繰り返してヨシノから距離を取った。
「へぇぇ、成程なぁヨシノさん…私も結構長いことこのゲームやっとるけど、初めて見たわ」
「……ほう?そんなに珍しいか」
「ああ、まさかスキルモーションに頼らず独力でスキルを再現するプレイヤーなんているとは思わへんかったわ」
「なっ…!!」
「うそ…」
私の言ったヨシノの秘密に、ヤナギとサカキは絶句する。
それも当然だ、スキルモーションは確かに人間の可能な動きを自動的に行うものであるため再現そのものは不可能ではない。
しかし、そのスキルはどれもそれぞれの武道に通じるプロの監修の元で制作されたアクションであり、多彩武芸者の行うその模倣はつまり、数多くの武芸のプロを模倣するということ。
あらゆる武器、武術、武道に精通していないとそのような事は不可能、やろうとしても無様に失敗するのが通常だ、しかし実際に目の前の純白の侍はそれを成功させてしまっている。
「まさしくアンタこそ…『多彩武芸者』の名を名乗るに値するんやろうな?」
そう、私は素直に感心した。
ここまでするプレイヤーは始めて見た。
リアルでも武闘家として、かなりの努力と鍛練を積んだに違いない…
僕にはもう、たどり着けない場所だ……
「…イリマちゃん!!」
「あっ…!!」
私が、俯いたほんの一瞬で決着はついた。
胸への連続した強打……激しい痛みと、肺を揺さぶられた感覚に視界が暗転した。
「イリマ…イリマ!!しっかりしろ!!」
気がつくと、サカキが私を抱きしめて必死に呼びかけていた。
「んぁぁ…ごめん、ちょお寝オチしとった?」
「イリマ…ばかやろう、寝オチってレベルじゃねえべよ…」
だんだん意識がはっきりしてきた…そうだ、決闘は!?
「あいつは!?」
「ここだが?」
「ひにゃあっ!?」
いつの間にか真横からのぞき込まれていたとは…ていうか、私負けたのか…
「おい、小娘」
「イリマや」
ヨシノはこんな場所で律儀に正座しながら、私に面と向かって訪ねた。
「何故手を抜いた」
かすかに怒りを込めた声で、ヨシノは言った。
「…え? あっ」
「お前ほどの魔法剣士、スキル殺しの…いいや、通常攻撃殺しの奥の手くらいは持っていたはずだ、そうでなければ私の攻撃を再現スキルだと見抜く必要はなかった…」
「あぁ…うん」
やばいなあ、ついリアルのトラウマに触れてしまったとは…返しようがないしなあ。
「その上全身から力を失っていたな…だから技がかかりすぎてペインアブソーバがあってなおショックで気絶した…下手をすればショック死だぞ馬鹿小娘」
あ、はい、ごもっともです。
「…ごめん、ちょお気が散ったんや…みんなかんにんな、完璧に私の負けや」
柳生のみんなにとりあえず謝る。
「そんな、イリマちゃんは悪くないわよ」
「そうです、元気出して下さいせんぱい」
「……」
ヤナギは…やっぱり怒ってるか……
「……こほん」
「はっ、はい!!」
咳払いにびっくりした私はヨシノの方を向く。
「こんな勝負認めない」
「…?」
首を傾げると、ヨシノは続けていった。
「『次』は来週…第一迷宮区三回の休憩スポットで待つ!!」
ヨシノはそう言いながら、宝箱からクリアアイテムを拾い出して空間孔に向かう。
「なっ…あんた、何言っとるんや!!次って、さっきので決着は…」
「次は気を散らせない…気絶している間に決闘予約にオーケーサインを押させてもらったぞ」
そういって、ヨシノは決闘の規約書が書かれたウィンドウをとって私に見せた。
[前決闘敗者イリマは、次回の決闘を敗退もしくは棄権した場合…]
[強制的に前決闘勝者ヨシノの所有アカウントとして登録され、絶対服従とする]
[これは天帝公認の確定事項である]
時間が、止まった。
次回:サクラとフヨウ、早すぎる縁結び