表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

第三幕:フヨウとサクラ、二度目の邂逅とのこと□


……


………


ぁ、綺麗な川が……


「おーいフヨウ!!!!」


「ひゃい!?」


 危なかった、今榊に呼び止められなかったらなんか危なかった。

 具体的に言うなれば魂が特に用もないのに綺麗な川の向こうに渡るところだった。


「あ、ありがとう榊…僕すっごく久しぶりに君に感謝してるよ」


「誉めてるの?貶してるの?それより大丈夫かよ、なんか今日は変だぞおまえ」


「うくっ…」


 そう言われるのも無理はない、実際今日は集中力が持たないからか散々な目に遭ってばかりだ。

 物理実験の講義で鉄球ふりこに頭を強打するし…

 加工の実技では爪をヤスリ掛けするし…

 化学実験では案の定爆発起こしてアフロになるし…


「ていうか何でこんな日に限って実技ばっかりなんだぁ!!」


「知るかよ!!ペアの尻拭いで片づけ手伝ってやってる俺の横で何言ってんじゃい、ていうかお前も働け!!」


 …そんなこんなで、僕と榊は居残りで爆散した薬品とガラスの掃除をしていた。

 ついでに実験室の整理まで手伝わされている。


「…ていうか、お前やっぱり今日おかしいべ?何があったよ」


「…っ」


 言えない…言えるわけがない。

 ゲーム世界であろうことか男相手にときめいたショックで呆けてたなんて…


「まぁ昨日面白いことが柳生であったらしいからその事だろうがさぁ」


「うわ――うわ――うわ―!!!!」


 ガツン!!と頭の天辺から鈍痛が走る。

 痛い…どうやら榊にぶたれたらしい。


「お前なぁ…ちょっと落ち着いて話してみろって。昨日もそうやっていきなり錯乱してログアウトしたもんだからヤナギが心配してたぞ?」


「ううっ……」


 どうやら確信まではいってないらしい、どうしよう…言うしかないのか…

 だよね、榊だって心配して言ってくれてるんだし…


「あ、誤魔化したらイリマたんの正体学内放送で流すから」


「鬼!!悪魔!!!!」


 前言撤回!!こいつ楽しんでるニヤニヤしてる!!





「……と言う訳なんだけど…」


「………ぷっ」


 言ってしまった…馬鹿がつくほど正直に言ってしまった。

 恥ずかしすぎて顔から火がでそうだ…。


「だぁっはっはっははは!!ときめいたってお前、少女漫画かお前!!すげぇわおまえ!!」


「う、うるさいなあ!!そうとしか言えなかったんだよ、だってあの時と…」


 昔、偶然会った後輩の女の子にときめいた時とまったく同じ胸の痛みだった。


「ハイハイ、ていうかすげぇのはおまえがそこまでイリマたんを育て上げたって事だよ」


「…は?どういう事?」


「いやいや、重傷って事だよ…ちょっと付き合え?」


 重傷、榊のその言葉が僕には重くのしかかった。


 榊は僕と同じロボット工学専攻だけど、精神医学もちょっとだけかじっていて今も講義に平行して勉強中だ。

 彼がロボット工学を目指すのは凄く不順な動機…なんたって『メイドロボットを開発したいから』。

 しかしそれは確かな彼の夢で、そこに至るには長い道のりが必要となる。

 特に一番肝心なのはAI…人工知能の開発とプログラミングだ。

 実際、昨今の第六世代コンピューターは人間の脳を物理、量子化学的両方とも完全に再現している。

 戦神楽onlineでも町人達は意志と魂と呼べるものを持って活動している。

 しかし、彼らの人格は戦神楽の世界の歴史設定から時間を加速して育てられたら完全な『ヒモロギ列島の住人』であり、彼らにとってはこの世界こそが夢の産物だという意識が生まれてしまうのだ。 それだからか、第六世代コンピューターで自動エミュレートされた人格は現実の世界に適合できないと言われている。

 ロボットを介して何かの仕事を任せるだけなら可能だが、メイドのように日常的な暮らしをさせるのは難しい。

 だから榊は、メイドロボットのAIを精神面からカウンセリングでサポートする手法を切りだそうとしているのだ。

 そんなこんなで、こと精神医学において榊の意見は下手な医者より宛てになる。

 実はログインの時にやる切り替え体操も榊の発案なのだ。

 その実績があってなまじ信用できるから…気が重いのだ。






「あくまで仮説だが、フヨウの中でイリマたんという人格が出来始めているんじゃないか?」


 学食でフライドポテトをくわえながら、榊は言った。


「つまり、多重人格って事?」


「まぁ近いな。ただでさえフヨウはややこしい過去があるから、同一性拡散しやすい傾向があるしな」


 聞いたことがある、虐めや虐待を受けたことがある人は逃げ道を求めるために別の人格を形成する事があるらしい。

 特に僕の場合は…あまり思い出したくないが、榊と出会う前にこの顔が原因でクラスメイトからいじめられたことがある。


 僕が昔暮らしていた田舎は、古き良き自然に囲まれた住み心地の良い土地だった。

 だからか此処から引っ越そうという発想の浮かばない、悪く言えば閉鎖的なコミュニティーを築く傾向があった。


 僕らの家族は、子供の頃に東京からそこへ引っ越してきた。

 警戒され、すぐにいじめの対象になった…いじめというのは、する側にとって正当な理由が必ずしもこじつけられている。

 正当な理由があるからこそ、彼らは安心して『遊び』の延長にいじめができるのである。


 その理由が…


『お前、男のくせに女みてーな顔してて気持ち悪いんだよ』


 …ということ。

 僕はそれが嫌で、近所の道場に通い空手や剣道を習って自信をつけた。

 女みたいな顔でも、僕は強いんだと。

 でも、高校生も半ばになった頃に事故にあった。

 そのせいで僕は右肩のけんがいかれて、もう二度と空手や剣道が出来ない体になってしまった。

 僕がロボット工学を学ぶのはそれが原因、それを活かして義肢や障害者サポート用の人工筋肉の開発をしたいからだ。

 そして、榊と出会ったのも、僕の半分がイリマになったのも、その事故のすぐ後である。


「…こほん」


「あ…ごめん」


 いつの間にか考え込んでしまっていたらしい、咳払いに気づいた僕は続けて榊の話に耳を傾けた。


「まぁそこまで病的なとこではないから安心せい…フヨウはタルパって知ってるか?」


「タルパ?」


 美味しそうな名前だと思ったのは、僕のお盆の上に大好物のたまごタルトが乗っているからだろうか?


「人工聖霊…つまり、同一性拡散を誘発して人格を持った『自分だけに見える友人イマジナリーコンパニオン』を作り出すオカルトの秘術だよ。一個の脳である第六世代コンピューターサーバーの中にいる町人達も、それに近い奴かな」


「つまり…イリマも僕の中でそのタルパになってるってこと!?」


「まぁ仮説に過ぎないけどな…スイッチの切り替え体操も今になって考えるとタルパのオンオフに似ている部分があるしな」


 確かに思い当たる節はある…流石にイリマの方から話しかけることはないが、イリマの時には思考でさえも口調がイリマのそれになっているのだ。

 他にも、僕にはとても出来ないような恥ずかしいこともイリマには出来てしまう。

 例えば柳生で客にウィンクしたりとか、小躍りしたりして場を盛り上げたりとか…


「おーい大丈夫か?顔赤いぞ?」


「だ、大丈夫……」

「つまりだ、ときめいたのはイリマたんであって…フヨウ、おまえじゃねぇって事だよ。男の精神の中にはふつう、アニマっていう『女性の性質』があるもんだからな…それを介して生まれたイリマたんが男に惚れてもなんら問題はないのさ」


「な、なるほどぉ…」


 安心した、肩からなんだか重荷が下がった気がした。

 僕の中にイリマという別人がいて、それがあの侍にときめいたのなら…別に僕個人がそっちに目覚めた訳じゃないという訳なんだ。

 まぁ、そのままあの侍にイリマが惚れちゃったら僕の精神衛生に悪いから…あいつには会わないように気をつけないとな。


 そう思っていると…いきなり榊は重い表情になった。


「……でも、このままじゃやべーかもな?」


「…どういうこと?」


「イリマの人格とフヨウの人格はお互い気づかないくらい近いとこにあるかもしんないんだ、下手したらイリマの人格にフヨウの人格が合体されるかもな?」


 ……嫌な予感がする。


「もしそうなったら…どうなるの?」


「リアルでガチで男に惚れたり、リアルオカマになったり」


 聞くもおぞましい!!

 僕は席を立って榊にすがりついた。


「助けて!!たすけて榊ぃ!!」


「うわひっつくな!!ていうかその顔やばい、ノンケでもヤバいから泣きやめ、な!?」


 ハンカチを差し出してきたので、受け取っていつの間にか出ていた涙をふいて鼻をかむ。


「おいこら…まったく、それじゃあ行くか!!」


「ぐすっ…行くって、何処へ?」


 僕の問いに、榊は嫌な笑みを浮かべていた。


「治療だよ、荒療治だけどな」


 …嫌な予感しかしない。






[あるしな動物病院]


 そんな大きな看板が立ててある建物の正面玄関に、本日休業を示すプレートが下げてある。

 僕らが立っているのはそのすぐ横、スタッフルームなどにつながる裏口だった。

 そこには…


[戦神楽online:ギルド柳生オフ会会場]


 と書かれた張り紙が貼ってあった。


「お…おふ?」


 かちこちになった口から、やっとでた言葉がそれだ。


「ああ、おまえオフ来ないから知らないんだったな。此処リアルのヤナギがやってる動物病院なんだよ。そこ借りてオフやってんの、リアルで柳生の牛鍋が食えるのは此処だけだぜ?」


「世間って狭い!!…いやいやいや、僕が言いたいのはそこじゃなくて…なんでオフ会!?」


「VRDMMOが始まる前から、ネカマに限らずロールプレイにはまり過ぎな奴を正気に戻すにはこれが一番手っ取り早いんだよ。リアルのつき合いを通じて、より強くリアルの自分はリアルの自分だとキャラクターから分離できるんだよ」


「で…でも、ネカマがバレちゃったら…柳生の人達とも前みたいに付き合えるかわかんないじゃないかぁ…」


 柳生は、イリマにとっても僕にとっても大切な仲間だ。

 でも、僕ははじめから性別のことで彼らに嘘をついてきた…もし、気持ち悪がられたら…僕は戦神楽に居られる自信がない。

 涙が出てきた僕を見て、榊はため息をついた。

 そしてポケットからシュシュを取り出すと僕の髪に結んだ。


「ほら、これならお前女顔だから相手にもショックは少ないだろ?それにお前にとってもイリマたんに近い感じになるはずだ」


「……うん…ちょっと恥ずかしいけど」


「…いずれ明かさなきゃならない事だべ、思い切っていってみなよ。少なくとも悪い経験にはならねぇべ…柳生の連中は、お前がネカマだからって気にするようなタマだったか?」


「…っ!!」


 そうだ、榊だって柳生の仲間だ…榊だって僕の正体に気づいてるのに、イリマをイリマとして受け入れてくれているじゃないか…。


「榊…ありがとっ、僕行くよ」


「はっ、その髪型で笑われると本気で女にしか見えねえから。さっさと行ってこい」


「うん…!!」


 僕は駆け出した。

 新しい自分を始めるために…これまでの自分を変えるために…!!




「あら、いらっしゃ~い♪」


 そこには、耳の短いヤナギが居た。

 大分戦神楽のヤナギより背が低くて僕と同じくらいだけど…首からぶら下げている手製のネームプレート、そこにもプレイヤーキャラとしてのヤナギの写真が貼ってあり、ヤナギとも堂々と名前が書いてあった。

 その下にはリアルの名前だろうか、[Arcina.M.A.]と筆記体で書かれている。

 ヤナギってリアルに外国人だったんだ……そう思って呆然とヤナギを見ていると、ヤナギは首をかしげて訪ねてきた。


「どちら様かしら?オフ会の参加は初めて?」


「あ…あのっ…その……」


 どうしよう、声が出ない…なにか下手なこと言ってヤナギを驚かしたくない……


「いや待った!!当てて見せるわねぇ、う~むう~む…」


 どうしよう、なんか人差し指と中指を眉間に当ててなんだか魔○光殺砲でも放ちそうな格好で考え出した……どうしよう…


「………この雰囲気…わかった!!ずばりイリマちゃんでしょう!!!!」


「な、なあああぁぁぁぁ!!?」


 当たってる!!!!というかバレてる!!え、驚かないの!?


「ど、どうして…僕がわかったんですか?」


挿絵(By みてみん)


 そう言いかけた僕を、いつもと変わらないように抱きしめてヤナギは言う。


「やっぱり当たってたかぁ…どうしてって、雰囲気かしらねぇ?こんなに可愛い子イリマちゃん以外思いつかないもの。昨日は心配したんだからねぇ?」


「ごっ、ごめんなさい……」


 やっぱり心配をかけていたみたいだ、申し訳なくて頭を下げる………ん?

 なんか違和感を感じる…扱いがいつもと変わらな杉っていうか…まさか、髪型かえたくらいで格好は男物のまんまだし…まさか……


「いいのよん♪…しかしリアルのイリマちゃんがこんなに可愛いボーイッシュな僕っ娘だったなんて、それもメガネ!!萌えねこれは!!」


「   」


 結局…度胸もない僕はたいして弁解もせずに性別をごまかしたまま牛鍋をごちそうになり、オフ会を楽しむだけ楽しんでいったのだった。

 …あと、ギルド内で優しくて可愛いなぁと思っていた美少女錬銃士(エディショナー)のリュウちゃんがリアルではがたいの良いおじさんだったことには凄くびっくりした…いい人だったけど。





「それじゃあフヨウちゃん、また後で柳生で会いましょうねぇ♪」


「は、はいっ…それじゃあ。楽しかったです!」


 リアルヤナギ…獣医のアルシナさんと分かれて帰路に就く…

 帰り道でふと考える…リュウさんがあれでも普通にみんなで楽しめていたんだから、確かにうちのギルドはただそんな事で気にするようなギルドじゃないのかもしれない。

 そういう心配が、実は徒労だった事に気が付くと…僕はちょっと嬉しかった。


「次にオフで会うときには、ちゃんと話さないとなぁ…」


 そう呟いて、あるマンションの前を通り過ぎると…マンションの入り口に向かう人影とすれ違った。

 その時、確かに心臓が高まった。

 しかし、その相手はあの侍ではない…スポーツ用の薙刀袋を背中に担いで、青黒い長髪を揺らす凛とした女の子……僕は確かに、その子に見覚えがあった。

 もう3年前になる…あの頃、偶然出会った初恋の女の子……でも、そのあとすぐに事故にあって自信を無くした僕なんかが釣り合わないと…そう思って諦めた女の子。


「そ……染井(そめい)ちゃん!?」


 呼び止めると、彼女……染井サクラは振り返った。

 彼女は僕と目が合うと、その綺麗な鋭い瞳を驚愕に丸く開けて潤ませた。


「……フヨウ…さん?」


 彼女もそうとう驚いたようだ、まさかこんな所で会えるなんて……


「ひ…久しぶり……」


「…………っ!!」


 声をかけると、彼女は赤くなった顔をそらして足早にアパートの中へと消えていった。

 僕はやっぱりとため息をついた。


「………やっぱり、今更仲良くなんかなれないか」


 ………でも、嬉しかった。

 再び会えたこともそうだけど、僕はちゃんと女性にときめくことができたのだ。

 うん、これで一々喜ぶのも変な話かもしれないが…今日は特にそれが嬉しかった。


「………よぉし、今日は帰ったら新しいダンジョンでも攻略しに行くかな…!!!!」





 食事を済ませて、軽い運動と学業の復習を済ませてから…寝巻に着替えて綺麗な夜景の見える寝室のベッドに腰掛ける。


「……はぁ、はぁ」


 動悸が止まらない、まさかあんなところで会えるなんて思わなかった…。

 この近くに住んでいることは知っていた、T大を受けたのも…全部は彼がいるからだ。


「フヨウさん……」


 4年前、私の生き方を決めてくれた男性のことを思い出しながら…私はR.P.G.R.を頭にかぶる。

 パソコンのモニターには、私が作ったキャラクターのデータが映っている。

 強く、たくましく、己の意思と意地を通す武人の生き方…その夢が詰まった私の半身……『ヨシノ』。


「今日は、新しいダンジョンでも探検しに向かおうかしら…接続(アクセス)


 機嫌がいいのが自分でもわかる…薄く笑いながら、私はR.P.G.R.を起動させて眠りに落ちていった。

次回:イリマとヨシノ、衝突する

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ