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第二幕:イリマとヨシノ、出会いの経緯□

「それでさぁ、結局フヨウはイリマたんをする時結構ノリノリだと思うんだよなぁ」


 そんなことを、榊は講義の合間の休み時間中に隣の席から言ってきた。


「また蹴倒されたいの?」


 凄みを聞かせていうと、榊は身をすくませて身構えた。

 ちなみに僕はこれでも結構な経験があるので、素人のガードを抜くくらいの蹴りなら余裕で放てる。

 まぁやらないけど…


「しかしよお、今日だってあっちのバイトあるんだろ?」


「あ、ああアレな…仕方ないだろ受け付けはほとんどイリマがやってるようなもんなんだから」


「仕方ない…ねぇ」


 うわぁ腹立つそのにやけ面……やっぱり蹴ってやろうか。


「とにかくっ、楽しくないっていえば嘘になるのは確かだけどさ…僕はロールプレイ(イリマになること)そのものじゃなくって、戦神楽そのものが好きなの!!そこ間違えないように!!」


「へいへい…んじゃ、後で『柳生』でな」


 そういうと柳は手を振りながら教室を後にしようとする。


「あれ、次の講義は?」


「今日はサボり、ちょっと気になるニュースを見つけたんでね?」


 カメラ片手に笑う柳にほんの少し嫌な予感を感じはしたが、特に気にすることなく僕は次の授業で柳に見せてやる分のルーズリーフを広げてやるのだった。

 絶対来週になって見せてとか言ってくるんだから…




 今日も今日とて大学での課程を修了した僕は、外で食事を済ませて家路についた。


「ただいまぁ…って、誰もいないけどね」


 帰ってすぐに寝巻に着替えると、R.P.G.R.を頭に装着する。

 今日は特にバイトも入れていないし友人との約束事があるわけでもない、暇な一日だからだというのもある。

 しかし何より、今日は『イリマ』のほうに約束事があるのだ。


起動イグニッション


 その一言とともに、僕の意識は夢の中へと落ちて行った…



 …目を覚ますと、目に入ったのは和室の天井だった。

 この世界での僕…イリマのホームスペースだ。

 周りは暗い、ちょうど『前一日』における夜のようだ。

 戦神楽Onlineでは21時間周期で『前一日』が終わり、さらにもう思考加速器で引き伸ばされた体感21時間の『後一日』があるのだ、

 そして僕は『フヨウ』から『イリマ』になるために精一杯の伸びをする。


「ふぅ…っ、ん~…はぁ、寝た感じがせぇへんなぁ」


 ちなみに言うことはこれに含まれない、昨日の僕と同じことを言ったことに言った後になって気づいた。

 僕とイリマには少しばかり体格の差があり、ちょっとした行動でもそれは顕著に表れる。

 それを実感する儀式が、背伸びと準備運動なのである。


「おいっちにぃ…さんしっ……よっし、今日の私はイリマや!!」


 両頬をパンっと軽くたたくと、僕はフヨウからイリマになった。

 もともとこの世界では空間は地続きになっていて、普通のRPGのように部屋一つのために異空間があるなんて言うことはない…つまり、土地が有限なのだ。

 当然こういった部屋にもちゃんとした土地代があり、結構な金額で取引されている。

 (もっとも私はこれから行う『約束事』を対価に此処にいさせてもらっているのだが…)

 初心者のプレイヤーキャラはログインするときに大抵神社や神殿の共有スペースで立ち上がった状態で呼び起されるか、最後に使用した空間孔ポータルスポットを抜け出て現れるのだが

 私はここにホームスペースを家主から借りることで、ここから悠々と始めることができるのだ。

 また、ホームスペースの得点で忘れられないものがある…収納だ。


「ふんふ~んふふ~ん…♪」


 鼻歌を歌いながら箪笥を開ける、出てくるのは下にあるお店の制服だ。

 今私が着ているのは白い簡素な和服…要するに寝巻である。

 戦神楽オンラインは現実には起こりうるほとんどのことが再現されたVRDMMOであるため、より過ごしやすいように衣服をはじめとした生活に使う様々なものが用意されている。

 それもいやにリアルに…服の着替えとかもリアル仕様である。


「今日は武器は…まぁいっか、それよりノルマやな?」


 私もフヨウも特に気にせず着替えて、今日は武器やアイテムは持っていくかどうかと考える。

 とっくに慣れてしまっているんだけど…いや、慣れって怖いね。



 階段を下りると、牛鍋の芳醇な香りが鼻を突いた。

 ちなみにこの世界、作った料理にはちゃんと味も触感も再現される。

 料理人によって味が違うのは当然のこと、第六世代コンピュータの味覚再現エンジンをフルに使ているためこの世界ではそういった料理を疑似的に味わえるという楽しみ方があるのだ。

 私は厨房に赴いて、メモにペンを走らせる金髪の女性に声をかけた。


「まいど、イリマただいま到着いたしましたぁ」


「……!!いっりっまっちゃぁぁ~ん♪」


 ウィンクしながら挨拶すると、女性はこっちを見て人間にしては長い…いわゆるエルフ耳を嬉しそうにピンと立てて笑顔になると、突然にも抱きしめてきた。


「ほわっ!?むぐぐ…」


「今日は早いわねぇイリマちゃ~ん♪ちょっと早く出会えておねーさん嬉しいわぁ♪」


 抱きしめて、頬ずりしてきてくれているこの女性はいつか紹介しただろうか…ヤナギである。

 ギルド『柳生』のギルドマスターにして、ここ出雲國の都でそれなりに人気を誇るVR牛鍋屋『柳生』の店長を務める古種宿儺人ハイエルフである。

 『こしゅすくなびと』とも読むこの種族は、この世界では元々異国からやってきた人種である宿儺人のさらに貴重な古代血統にある。

 ゲーム的にいうなれば、キャラクターメイクの際ちょうどやっていた『異国人来訪』というイベントで、ランダムでエルフのキャラクターが制作可能となるキャンペーンが行われており彼女はその驚異的な幸運で(もっとも幸か不幸かが微妙なところだが)レアリティトップレベルのハイエルフを当ててしまったのである。

 そのため低レベルだった当時は追剥(PK)に狙われることが多かった彼女は『弱きを助け強きをくじく』を地で行くようなお人よしの用心棒を集めた。

 幸い戦神楽には追剥のような人のレア装備や経験値を目的にした卑怯者よりも、任侠や武士道といった義理人情に厚い人が多い割合を占めていたからそういう人は割と簡単に集まった。

 かくいう私もその一人だ。

 そして彼女はある程度力をつけるとギルド柳生を設立し、彼らへの恩を返すために牛鍋屋も初めて今に至るというわけだ。

 ちなみに、その時の恩……というか雇い両はもうとっくに返済し終えており、むしろ今は困ってる人を雇ってあげる側の人間になっている。


 …さて、長くなってしまったがつまり彼女は人情とか、人の友情や人情、愛情をこのゲームの中でも特に信じている珍しい人なのだ。

 その為かわからないが、私にはとくに過剰なまでかまってくれるのである。


「っむぐぐ…って、ヤナギさん、ヤナギさん…ぷはっ、そんなぎゅってされたら苦しいわぁ」


 特にそのでっかい胸で圧迫されたら、男でも女でも幸せのうちに窒息してしまうだろう。

 あくまでゲームだから死ぬことはないだろうけど、さすがに息ができないと苦しいというのは再現されている。


「あ、ごめんねぇ♪それじゃあ早速イリマちゃんには頑張ってもらわないとねぇ…今日なんだかお客さんが多いのよ」


「そうなん?了解、頑張ります!」


 鼻を鳴らして袖をまくり、割烹着のひもをきつく縛る。

 そして注文票の貼り付けられた牛鍋のお盆二つを両手に持って騒がしい店内へと続くのれんを潜った。

 そう、(ぼく)は……


挿絵(By みてみん)


「おまちどぉさ~ん、牛鍋定食二人前お持ちしましたぁ!!」


「「いよっ!!待ってました!!」」

「かわい~♪」「あの子だよあの子…柳生の看板娘」


 姿を現したその時、複数の席から歓声が上がった。

 冷や汗を流しつつも、笑顔でそれに手を振ってこたえる。


 そう、私は牛鍋屋柳生の看板娘なのだ。


 雇われた町人(NPC)の店員たちも私を尊敬しているのか一瞬こちらを見てから深々と会釈して仕事に戻る。


「あはは…皆さん前一日お疲れ様やぁ、後一日のためにも今日はじゃんじゃん食べて騒いでしてってくださいなぁ♪」


 それから柳生を包む活気は一気に跳ね上がった。

 実際、牛鍋屋柳生が用心棒たちに借金を返せた鉱石のほとんどは私がいたからだとヤナギは言う。

 さすがにその評価は気恥ずかしいが…私はあの部屋が大事だから、あそこにいさせてもらうためにここで働いているだけなのだ。


「はふ、確かに今日は一段と客が多いなぁ」


 ため息をつきながら、今日何度目かもわからない牛鍋の配膳から戻ってきた私に町人の店員の一人がトテトテと駆け寄ってくる。


「あのセンパイ、お客様から聞いたんですけど…今日はほかの國の有名なグルメギルドが来るって情報があるみたいなんですよ」


 グルメギルド…まぁ要するに、この世界での美食を食べ歩く評論家気取りの団体である。

 それなりに規模のでかいものだと各國に自家製の情報誌を配布して回っているのでうちとしても決して無視はできないのだが…


「えぇ?そなんやったらとっくにヤナギがマークしとるやろ?」


 そんな会話をしていたら、ヤナギが後ろから手をまわして耳打ちする。


「ええそうなのよ…実際そのギルド…『満月工房』に問い合わせてみたんだけど、来てないって言ってるのよねぇ」


「それってつまり…」


 冷や汗を垂らしながら言うと、ヤナギは親指で特にやかましいある席を指した。



「がぁっはっはっは!!もっと酒持ってこーい!!」


「うちは蓬莱國の満月工房やぞぉ、下手な接客してんじゃねぇぞぉ!!だっはっは」


 顔を真っ赤にした、いかにもな迷惑客達が店員の一人の肩に手をまわして騒いでいた。



「うわぁ…VRの酒で本気で酔ってる人初めて見ましたえ」


「ああいうの、テンプレっていうのかしらねぇ?」


 私とヤナギが引いていると、その客の一人が私と目があった。


「げっ」


「おぉうお嬢ちゃん!!看板娘なんだろぉ、俺たちにもサービスしろよぉ!?」


 助けを求める目でヤナギを見たが、親指でゴーサインを送っている。

 とりあえすお冷を取りに行きながら、ギルド内会話で店長に文句を言う。


『ちょっとぉ、あれあからさまに偽物やないですかぁ!!あんなんにはできれば関わりたくないんやけど…』


『まぁまぁ、捕まってるお燐ちゃんも困っちゃってるし…ちょっと助け舟出してから丁重に出て行ってもらいましょう…ね?』


『うぅっ…店長めんどくさいこと私に任せる気なだけやろう』


『ごめん、大正解♪』


 腹立つわーこの人。



「お、おまたせしましたー…お冷の替えは要りますかぁ?」


「「ううぇえええい!!」」

「こっちに一杯ー」「こっちもこっちもー」


 お冷の瓶を持って声をかけると、偽物評論家たちは両手を挙げて大喜びになった。

 見たところ4人…平均40とそれなりのレベルだ、まぁ戦国時代のこの世の中で別の國にやってくるんだからそれなりなのは当たり前か。


(ハハハ、喜んでもらえて何より…それとお燐ちゃん今のうちに逃げて)


 そう思いながら首で捕まっていた店員に逃げるように示す、通じたみたいで彼女はそそくさとその場から退場した。


「お嬢ちゃん名前なんつったっけぇ?」


 特に泥酔している大男がしゃっくりしながら話しかけてくる。

 本当にテンプレ的な荒くれ者で、こいつは一体どんなセンスを持ってこのアバターをデザインしたんだと言いたくなるレベルである…あ、私も人のこと言えない?

 …………………落ち込んだ。


「い、イリマです…」


「きょどっちゃったかーわいいねぇ~♪」


 ひょろ長の男が野次を飛ばしてくる。

 きょどってるんじゃない、落ち込んでるんですほっといてください…

 大男が肩に手をまわして引き込んでくる、あぁ人身御供ってこのことね…?


「ちょ、ちょっとやめてくださいなぁ」


「良いじゃねぇかよちょっとくらいよお」


 あまりにテンプレな行動に、若干イライラしてくる。

 そうこうしてたらこの大男、いきなり胸を触ってきた。

 この世界女の体で生活することには慣れたけど、さすがにこの感触だけ離れない慣れたくない。

 でかいナメクジに這い回られたような感触に鳥肌が立った。


「おいおいちっぱいかと思えばそれなりにあるじゃねぇか」


「ひゃ!!な、なにをするんや!!ハラスメントで訴えますえ!!」


「おやおやぁ良いのかなぁ?俺たちゃ天下の満月工房ですよぉ?」


 こいつらバレてるとかかけらも思ってない…ちらりと店長を覗くが、店長はこっそり常連の人たちと協力して机をどかし、この席から出入り口までの道をまっすぐとあけていた。

 OK,ゴーサインが出た…


「……天下の満月工房…へぇぇ」


 私は片腕で大男の肩をつかむと、もう片腕で自分の胸元に『力量活性』の印を刻んだ。


「は…?」


 そして背負い投げの要領で大男を投げると、大男の頭が地に着く前に強化した脚力で出口めがけて蹴り飛ばした。


「な、ごふぉぉあ!!?」


 どんがらがっしゃあ!! といった具合に男は綺麗に店の外へシュートされ、向かいの店の頑丈な柱にぶつかった。


「な、こいつ!!」


「兄貴になんてマネしやがる!!」


 無作法にも店内で剣を抜いてこっちを威嚇する小物達にため息をついて、私は外を指さした。


「表出ぇや、ちょお話しましょうか?」





「こんのガキぃ舐め腐りやがって…」


 外に出ると、見た目通りタフなのか大男は棍棒をアイテムボックスから取り出してこっちに向けていた。


「兄貴!!」


「舐め腐った料理屋風情が!!」


 外に出るや否や、私を中心に囲んでくる。

 外でこんな真似して乱南隊(らんなたい)にや自警団に見つかることも完全に失念しているあたり、どうやらかなり酔いが回っているようだ。

 ちなみに、通常このゲームではPKにつき犯罪者フラグというものが立ち、このせかいの警備組織である乱南隊や、追剥などの犯罪者を追う賞金稼ぎ(PKK)に追われるようになってしまう。

 しかし自分の所属していない國においてはその限りではなく、むしろ違う国であればPK推奨という恐ろしい仕様なのだ。

 まぁ迷惑行為になるようであればその限りではないのだが…


(仕方ない、適当に揉んでやりましょうか…)


 そう思ってアイテムボックスを探る…しかし、何もない。


「………は?」


 そこで私は思い出した…今日は店の手伝いオンリーにするつもりだったことを。


『今日は武器は…まぁいっか、それよりノルマやな?』


 そして、ついさっきそういって棚を閉じたことを思い出す。


(し…しまったああぁぁぁぁぁ…!!)


 私の職業は魔法剣士(エンチャンター)、武器や自身に魔法の効果をプラスして戦う職業である。

 自分の体にもできないことはないが、特に私は武器に対する魔法付与スキルがお気に入りで重点的にそのスキルを伸ばしているため、武器がないと戦おうにもほとんど戦えないのである。


「あ、あのぉ~…ちょお忘れ物してもうたから、いったん戻ってええかな?」


「あぁ!!?この餓鬼いまさら何言ってやがる!!」


「ビビッて帰ろうったってそうはいかねぇぞ!!!!」


「公衆の面前でその制服びりびりに引き裂いてやんよぉ」


 げっへっへと下卑た笑みを浮かべながら寄ってくる酔っ払いたち…あ、これアカンパターンだ…


「…戦略的撤退!!」


 私は踵を返してすこし先にある武器屋へと走ろうとする、しかし酔っ払いの一人が先回りして立ちふさがっていたことに気づき止まった。


「ほらほらどうしたんでちゅかぁ~?」


「く……」


 一歩あとじさって店長に助けを求める視線を送る。

 入口の向こうから店長と助けた店員の会話がかすかに聞こえた。


「大丈夫でしょうか…?なんか苦戦しそうなんですけど…」


「大丈夫よぉ、あの子強いから…ああやって演出してんのよ」


(してません店長ー!!ちょっと、助けてー!!!!)


 最悪だ、店長はこれが演出だと勘違いしてしまっている…しかたない苦手だけどここは徒手空拳で…

 そうこう思ってるうちに、酔っ払いたちは私の四方を取り囲んで…一気に飛びかかってきた。


「「「「おらぁ氏にさらせぇぇ!!!!」」」」


「……っ!!!!」


 やばい狼狽えすぎた…『自己強化』が間に合わな……




「待ちな」


 凛とした声が、とびかかってくる酔っ払いたちの声を遮った。




 一閃、戦闘用のエフェクトが綺麗な円を描き酔っ払いどもを吹き飛ばした。


「…!!」


「「「「…………がはっ」」」」


 酔っ払いたちは一撃で後方1mは吹っ飛び、地面に背中を打ち付けた。


「このスキル…」


 槍使いの高位スキル…?


「女一人に集団でかかるとは、貴様らそれでも男か?」


 いつの間にか私の目の前に立っていたのは、雪のように白い鎧袴に身を包んだ青い髪の侍だった。

 私は突然の事態に呆然としながら、その人を見上げていた。


「怪我はないか、婦人」


「ふぇ、あ、大丈夫です…」


 侍はこちらを見て無事を確認すると、起き上がった男たちに何も持っていない手を出して警告する。


「これ以上続けるのなら、このヨシノが相手をしよう」


「あぁ!?何だてめぇ女の前でカッコつけやがって!!」


 大男の罵声に、侍は薄く笑って涼しげに返した。


「ならば、貴様等は女相手に格好をつける気概もない負け犬…ということか?」


「なっ…こいつ!!やっちまえええ!!!!」


「「「へい!!!!」」」


 攻撃に割って入られたことへの警戒か、高AGI戦用の小刀に持ち替えて斬りかかる三人に侍はほくそ笑んだ。


「情けない…!!」


 侍は、アイテムボックスから長刀を取り出すとそれを振り回して酔っぱらい三人を牽制した。

 そして瞬時に長刀をアイテムボックスに仕舞い、くないを出して酔っぱらい三人の眉間を正確に打ち抜いた。


「がっ!!」


「うひっ!?」


「ぎゃっ!!」


 あまりにも短い断末魔をあげて死亡エフェクトで消滅する三人には目もくれず、侍はアイテムボックスから蛇腹剣を出すと大男の腕に巻き付けた。


「げげっ…!!」


「鈍いぞ、馬鹿者」

 侍は片腕で蛇腹剣を引いて大男を拘束し、もう片腕でアイテムボックスから槍を取り出した。


多彩マルチ武芸者ウェポン…!!!!」


 私は、無意識のうちに呟いていた。


多彩武芸者マルチウェポン…数多ある戦神楽の戦闘職は殆どが使用できる武器に制限がある。


 そんな中、多彩武芸者だけはその制限を越えてあらゆる武器を使うことができるのだ。

 しかしその利点に制限をつけるような特殊能力の低さとスキルの少なさで、多彩武芸者はかなりなれた人でないと使いこなせないイロモノ職とされ、めったに高レベルのそれに会うことはない。


 侍は槍を構え、収得できるスキルのうち必殺の一撃を大男に放った。


「ぜぁぁぁあああ!!!!」


「うぎああああああ!!!!」


 『雫の穿』…一度に複数の命中判定を持つ一撃が、大男の眉間を打ち抜いた。

 VRDMMOである戦神楽には、あらゆるキャラクターに破格のダメージを受ける必殺の『急所』が設定されており、どんな頑丈な敵でもそこを突けばひとたまりもなくキルされてしまう。

 そんな急所への複数命中判定攻撃を受けた大男は、悲鳴を上げる前に白目をむいて死亡エフェクトに消え去った。


「………」


 私がその見事なまでに洗練された戦い方に見惚れて呆然としていると、ヨシノと名乗った侍は私の手を握って立たせた。


「大丈夫なら立て…」


「は、ひゃい!!」


 ぐいっと持ち上げられて、顔が近づいた。

何か攻撃を受けたかと心配しているのか、物憂げな瞳に私の顔が映った。


 自分で女の子らしく、誰もが納得する美少女へと調節した綺麗な顔…少女らしいあどけなさが客に人気だったその顔は

 まるで恋を知った乙女のように真っ赤に染まって、潤んだ瞳を侍の瞳にむけていた。


「……う、うわわわ…わあああああ!!!?」


「なっ…!?」


 私は情けないほど大きな絶叫を上げて侍の手を振りほどくと、全力で柳生の店内へ逃げ帰った。


「ちょっと、イリマちゃん!?」


「センパイ!?」


「うわああああぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 ヤナギと店員の制止も振り切ってのれんをくぐり、階段を駆け上がり、布団をかぶって自動的に開いたウィンドウを押した。


『ログアウトしますか?』


「します!!イエス!!せやから早お帰らせて!!!!」


 枕で顔を隠しながら、私は必死にウィンドウを押しまくった……そして…






「うわあっ!!!!」


 僕は勢いよく布団から起き上がった。

 そして、深呼吸してすぐ近くの鏡を見た。


「はぁ……はぁ……」


 顔は耳まで真っ赤だった…


「……っ、しっかりしい…いや!!しっかりしろ僕!!僕は男だ…僕は男だ!!僕は男だぁ!!!!」


 まくらに八つ当たりをしながら、僕は呪詛のように叫んだ。

 有り得ない、だってあり得ないでしょ!?

 ……でも、あの時の痛いほどの胸の高鳴り…やばい、やばい!!




 何で僕、あの侍にときめいたんだ!!!!

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