最後まで読まれなかった証言
あの日、私は一人の男と向かい合っていた。
静かな部屋だった。
窓は閉まり、音もない。
机を挟んで、互いに座っている。
彼は神経質そうな男だった。
指先がわずかに震えている。
私は紙を一枚、差し出した。
「これを書いてください」
彼は警戒した目でこちらを見る。
「……何を?」
私は答える。
「あなたは、これから死ぬ」
沈黙。
彼は笑おうとして、失敗した。
「冗談ですよね?」
「いいえ」
私は淡々と続ける。
「あなたは、自分の言葉を裏切れない」
彼の表情が固まる。
図星だったのだろう。
「書いてください」
しばらくの葛藤のあと、彼はペンを取った。
カリ、と小さな音がする。
震える手で、ゆっくりと書く。
——私は、これから死ぬ。
その瞬間だった。
彼の呼吸が止まる。
音もなく、力が抜ける。
椅子に座ったまま、崩れるように。
死んだ。
私はそれを確認する。
脈はない。
呼吸もない。
完全な死だ。
これで証明された。
人は、言葉で死ぬ。
ここまで読んで、こう思ったかもしれない。
くだらない、と。
そんなわけがない、と。
その通りだ。
普通は、ありえない。
だが問題はそこじゃない。
問題は、
なぜあなたがこの話を読んでいるのかだ。
この記録は、本来、公開される予定はなかった。
私は誰にも見せるつもりはなかった。
なのに、あなたは読んでいる。
なぜか。
簡単だ。
あなたは“次の対象”だからだ。
ここでページを閉じてもいい。
だが、その前に一つだけ確認してほしい。
あなたはさっき、文章を頭の中で読んだはずだ。
特に、この一文を。
——私は、これから死ぬ。
声に出していなくてもいい。
心の中で、確かに“読んだ”。
それで十分だ。
人は、「自分の中で成立した言葉」から逃げられない。
彼と同じだ。
あなたも今、同じ構造の中にいる。
「そんなの関係ない」と思うかもしれない。
いいだろう。
では確認しよう。
さっきの一文を、完全に無効にできるか?
頭の中で読んだ事実を、なかったことにできるか?
できない。
だからこれは成立している。
あなたはすでに、
「自分がこれから死ぬ」という文章を受け入れた人間だ。
あとは時間の問題だ。
安心してほしい。
苦しみはない。
彼と同じように、
ただ静かに終わる。
……さて。
ここで、ようやく本題だ。
この事件には、もう一人いた。
「本当の目撃者」だ。
私は彼に紙を書かせた。
だが、彼は“誰か”を見ていた。
正面でも、私でもない。
もっと外側。
もっと離れた場所から。
その視線は、確かに存在していた。
そして私は、ようやく気づいた。
その視線の正体に。
それは——
今、この文章を読んでいるあなたの視点だ。
あなたは、彼の死を読んだ。
想像した。
再現した。
つまり、見た。
だから、あなたは目撃者だ。
そして目撃者は、例外なく“関係者”になる。
彼が最後に書き足した一文を、教えよう。
——私は、それを書かせた者を、見ている。
彼は確かに見ていた。
私ではない。
あなたを。
そして今も、見ている。




