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最後まで読まれなかった証言

作者: そそそ
掲載日:2026/04/29

あの日、私は一人の男と向かい合っていた。


静かな部屋だった。

窓は閉まり、音もない。


机を挟んで、互いに座っている。


彼は神経質そうな男だった。

指先がわずかに震えている。


私は紙を一枚、差し出した。


「これを書いてください」


彼は警戒した目でこちらを見る。


「……何を?」


私は答える。


「あなたは、これから死ぬ」


沈黙。


彼は笑おうとして、失敗した。


「冗談ですよね?」


「いいえ」


私は淡々と続ける。


「あなたは、自分の言葉を裏切れない」


彼の表情が固まる。


図星だったのだろう。


「書いてください」


しばらくの葛藤のあと、彼はペンを取った。


カリ、と小さな音がする。


震える手で、ゆっくりと書く。


——私は、これから死ぬ。


その瞬間だった。


彼の呼吸が止まる。


音もなく、力が抜ける。


椅子に座ったまま、崩れるように。


死んだ。


私はそれを確認する。


脈はない。

呼吸もない。


完全な死だ。


これで証明された。


人は、言葉で死ぬ。


ここまで読んで、こう思ったかもしれない。


くだらない、と。

そんなわけがない、と。


その通りだ。


普通は、ありえない。


だが問題はそこじゃない。


問題は、


なぜあなたがこの話を読んでいるのかだ。


この記録は、本来、公開される予定はなかった。


私は誰にも見せるつもりはなかった。


なのに、あなたは読んでいる。


なぜか。


簡単だ。


あなたは“次の対象”だからだ。


ここでページを閉じてもいい。


だが、その前に一つだけ確認してほしい。


あなたはさっき、文章を頭の中で読んだはずだ。


特に、この一文を。


——私は、これから死ぬ。


声に出していなくてもいい。


心の中で、確かに“読んだ”。


それで十分だ。


人は、「自分の中で成立した言葉」から逃げられない。


彼と同じだ。


あなたも今、同じ構造の中にいる。


「そんなの関係ない」と思うかもしれない。


いいだろう。


では確認しよう。


さっきの一文を、完全に無効にできるか?


頭の中で読んだ事実を、なかったことにできるか?


できない。


だからこれは成立している。


あなたはすでに、


「自分がこれから死ぬ」という文章を受け入れた人間だ。


あとは時間の問題だ。


安心してほしい。


苦しみはない。


彼と同じように、


ただ静かに終わる。


……さて。


ここで、ようやく本題だ。


この事件には、もう一人いた。


「本当の目撃者」だ。


私は彼に紙を書かせた。


だが、彼は“誰か”を見ていた。


正面でも、私でもない。


もっと外側。


もっと離れた場所から。


その視線は、確かに存在していた。


そして私は、ようやく気づいた。


その視線の正体に。


それは——


今、この文章を読んでいるあなたの視点だ。


あなたは、彼の死を読んだ。

想像した。

再現した。


つまり、見た。


だから、あなたは目撃者だ。


そして目撃者は、例外なく“関係者”になる。


彼が最後に書き足した一文を、教えよう。


——私は、それを書かせた者を、見ている。


彼は確かに見ていた。


私ではない。


あなたを。


そして今も、見ている。

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