黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ― 第2話「最初の集い ― 悪役宣言はなぜか感動を呼ぶ」
番外編 黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ―
第2話「最初の集い ― 悪役宣言はなぜか感動を呼ぶ」
東屋に差し込む柔らかな陽光の中、
六人の令嬢は行儀よく椅子に腰かけ、エリザベートの一挙手一投足を見つめていた。
まるで講義を待つ生徒。
違う。
これは養成である。
悪役令嬢の。
「まず最初に申し上げておきますわ」
エリザベートは、ゆるやかに扇を掲げた。
「黒薔薇の会は、慈善でもなければ慰め合いの場でもありませんことよ?」
しん、と空気が引き締まる。
「我らが目指すものはただ一つ。
冷酷、高慢、孤高……
恐れられ、嫌われ、最後には断罪される――」
そこで、誇らしげに微笑む。
「完璧なる悪役令嬢ですわ」
沈黙。
そして、ぽつりとマルグリットが呟いた。
「……美しいです」
「え?」
「その覚悟……とても……」
「ちがっ……そういう意味では……」
だがすでに遅かった。
「断罪される覚悟を持って生きる姿……なんて崇高なの……」
「流されない強さ……まさに誇りですわ……」
「ご自身の生き方をここまで明確に示せるなんて……」
「だから違うと申しておりますでしょう!?」
エリザベートは思わず扇子をぱたんと閉じた。
「そこは感動する場ではなくてよ!?
もっとこう……怯えたり、震えたりなさるべきなのですわ!」
リリアがきらきらした瞳で即答する。
「でもエリザベート様、怖いのに優しいって最強じゃないですか!」
「優しくはございません!」
「威厳があって包容力があって強くて……理想の上司です!」
「上司でもございません!」
「悪役令嬢って、つまり“信念ある女性”のことですよね?」
フローラの真剣な問いかけに、エリザベートのこめかみがぴくりと動いた。
「違いますわよ!?
信念ではなく悪意ですのよ!?
悪意!!」
クレアが冷静に頷く。
「なるほど。意図的に嫌われることで社会構造に揺さぶりをかける……高度な戦略ですね」
「戦略ではなく性格の問題ですわ!」
セシリアは紅茶を一口すすると、ふっと口元を緩めた。
「でも、ここに来てから初めて“自分の本音でいていい”と思えました」
「……なぜですの」
「エリザベート様が、“誰かに好かれるため”ではなく、“自分の在り方”で立っていらっしゃるからです」
その言葉に、場が静かになる。
マルグリットが頷いた。
「私……悪役になるって、怖いと思ってました。
でも、今は……誇らしいと思えるんです」
「……わたくしは恐ろしい存在になっていただきたいのですけれど……」
だが、困惑する声に誰も傷つかない。
むしろ穏やかに微笑む。
その光景を見て、エリザベートは確信した。
(……これはもう、完全に方向を誤っておりますわね)
だが。
だからと言って引き下がるわけにはいかなかった。
「よろしいですわ」
すっと背筋を伸ばす。
「ならば実演いたします。
悪役令嬢が何たるかを、その目に焼き付けなさい」
全員が息を呑む。
「リリア・ベルモント」
「は、はいっ!」
「あなた、本日のお菓子の選定が甘すぎますわ。
庶民の子どもの舌に合わせる必要はございませんのよ?」
ひっ、となる空気。
だがリリアは目を輝かせた。
「なるほど!妥協しない信念!!」
「信念ではなく、嫌味ですわ!!!」
マルグリットが両手をぎゅっと握る。
「すごい……言葉一つで場を支配なさるなんて……」
「支配ではなく孤立ですわ!!」
クレアが小声で呟いた。
「エリザベート様、今の言い方、たいへん洗練されておりました」
「褒められても困りますわ!!」
フローラはうっとりした顔で言った。
「意志を伝えつつも相手を貶めない……絶妙な配慮……」
「貶めようとしているのですけれど!?」
セシリアは静かに紅茶を置く。
「……どうしましょう。
本当に、尊敬してしまいそうです」
「もう既にしていらっしゃいますでしょう!?」
その瞬間だった。
東屋の外から、歓喜のような声が響く。
「こちらですわ!例の黒薔薇の会ですのよ!」
年若い令嬢たちが、勝手に見学に来ていた。
「まあ……あのお方が噂のエリザベート様?」
「素敵……あの凛とした立ち姿……」
「私もいつかあんな女性に……」
エリザベートはゆっくりと天を仰いだ。
「……なぜこうなりますの……」
だが、背後からマルグリットがそっと言った。
「エリザベート様は……“悪役”である前に、“人の希望”なのだと思います」
「希望になりたくはございませんの……」
しかし、誰もその言葉を否定しなかった。
黒薔薇の会。
悪役令嬢養成のはずが――
王都で最も品格ある令嬢たちの精神サロンとして、
すでに静かに評判を集め始めていた。
そしてエリザベートは、静かに呟く。
「……明日はもっと、過激にまいりますわよ」
その言葉に、全員が輝く笑顔で頷いた。
「よろしくお願いいたします!!」
「……違いますわよ……?」
黒薔薇の修行は、
あまりにも順調(?)に進んでいた。
次回予告
第3話
「嫌味講座開講 ― なぜか品格が爆上がりします」
本格的“悪役レッスン”開始。
だが、王都の評価はさらに上へ。




