悪役令嬢のプライド
を帯びた空気は、まだ冷めきってはいなかった。
エリザベートが貴族たちに浴びせた一言一言は、確実にこの場の空気を支配し、マルグリットの肩身の狭さを静かに溶かしつつあった。
だがその視線の先に、さらに重たい存在が現れる。
ゆるやかに開いた扉。
そこから歩み入ってきたのは、ヴァンデル王太子レオナルトだった。
静かな威圧感。
決して感情を表に出さぬ、理性の王子。
周囲の貴族は一斉に姿勢を正し、頭を下げる。
「王太子殿下のお出ましですわ」
マルグリットの肩が、わずかに強張った。
エリザベートはその様子を一瞬だけ見つめ、そして小さく微笑んだ。
(勢いに乗っておりますわね……
ここで行かずして、いつ行きますの?)
扇子を閉じ、静かに一歩、前に出る。
「ごきげんよう、王太子殿下」
澄んだ声。
だがその音色には、あきらかな挑戦の気配が滲んでいた。
「本日はお目にかかれて光栄ですわ。
ですがひとつだけ――どうしてもお聞きしたいことがございますの」
周囲がざわめく。
誰も、初対面の異国令嬢が王太子相手にこうも自然に言葉を投げるとは思っていなかった。
「……申してみよ」
レオナルトは静かに応じた。
エリザベートはにこやかに、しかし視線は鋭く。
「殿下は、人を裁くことに慣れていらっしゃるのですね」
「……何?」
「いいえ、皮肉ではありませんの」
あくまで上品に。
「ただ不思議に思いましたのですわ。
この国では“誰かを悪役と定める”という権利は、どなたに与えられるのでしょう?」
その言葉は、明確な刃だった。
「……国の秩序を守るための判断だ」
「なるほど」
くすり、と微笑む。
「では、仮にその判断が誤っていた場合、
それは“悪役”の罪ですの?
それとも“裁いた側”の誇りでしょうか?」
空気が張りつめる。
貴族たちは息さえ潜めていた。
マルグリットの手が震えるのが伝わる。
だがエリザベートは、その手をそっと包み込んだ。
「殿下は、この方を悪役と断じました。
ですが……この方の心を、最後まで見届けましたかしら?」
レオナルトの視線が、初めてわずかに揺れる。
「裁きとは、誰かの人生を決める行為ですわ」
微笑みは変わらない。
「それを“こうあるべき姿だった”と断言できるほど、
殿下は神に近しい存在なのでしょうか?」
ざわ……と初めて、恐れに近いざわめきが湧く。
だが彼女は、さらに一歩踏み込んだ。
「もし“悪役”が必要だったのなら――
舞台に立つべきは、この方ではなく……
わたくしの方がふさわしかったのでは?」
マルグリットが息を呑む。
「なぜならわたくしは」
緩やかに扇子を広げ、優雅に告げる。
「悪役令嬢になることを、心から望んでおりますもの」
凍りついた空気の中で、王太子はしばらく彼女を見つめていた。
やがて、低く息を吐く。
「……君は、不思議な女性だ」
「光栄ですわ」
「だがその勇気と誇りは、悪役のものではない」
「では何ですの?」
「……高潔な貴族の姿だ」
周囲の貴族たちが小さく息を呑む。
(なぜですの……?完璧な悪役ムーブだったはず……)
その裏で、マルグリットが小さく苦笑していた。
「あなた……また尊敬されているわよ」
「おかしいですわね……威圧しにきたのに……」
レオナルトは静かにマルグリットへと視線を向けた。
「……私の判断がすべて正しかったとは言わぬ。
だが君がこのような友を得たことは……誇るべきだ」
マルグリットは驚いたように目を見開き、そして小さく頷いた。
「……はい」
その返事は、かすかだが確かだった。
エリザベートは満足げに微笑む。
(守れましたわね……悪役令嬢の誇り……)
そして小さく呟く。
「ですが次こそは、もっと完璧な悪役になってみせますわ」
誰にも聞こえないほどの声で。
だがその瞳は、どこまでも真剣だった。
夕暮れが庭園を染め、風が静かに通り抜ける。
今日もまた、
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは
“悪役になろうとして、誰かの心を救ってしまった”のだった。
そして王太子レオナルトは思う。
――この令嬢こそ、
最も危険で、最も誇り高い存在なのではないか、と。
だが当の本人はまだ知らない。
その“悪役令嬢ムーブ”が、
またひとつ、伝説となったことを。
こまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回のエピソードでは、
エリザベートが“悪役令嬢としての理想”を胸に、
友であるマルグリットを守るため堂々と王太子に立ち向かう姿を描きました。
さて――
悪役令嬢のかっこよさは、いかがでしたでしょうか?
誰かを傷つけるためではなく、
誇りと信念を貫くために放たれた言葉。
嫌われる覚悟で声を上げるその姿こそ、
本当の意味で“悪役令嬢らしい美しさ”なのかもしれません。
それでも本人は至って本気で
「まだまだ理想の悪役には遠いですわ」と思っているところが、
この物語らしいところでもあります。
これからもエリザベートは、
悪役になろうとして、誰かを救い、
意図せず伝説を作り続けていくことでしょう。
もし
「もっと悪役ムーブが見たい」
「さらに強気なエリザベートを見たい」
「今度は王族相手に暴れてほしい」
などご希望があれば、ぜひ教えてください。
それではまた、
次なる“悪役令嬢伝説”でお会いしましょう。
――あなたの悪役令嬢は、今日も誇り高く微笑んでいます。




