悪役令嬢たちのお茶会――それは、断罪のその先で生まれた友情
悪役令嬢たちのお茶会――それは、断罪のその先で生まれた友情
王立学園の外れ。
小さな白い東屋に、静かに風が通っていた。
そこには二つのティーカップと、焼き菓子の乗った皿。
誰にも見せつけるためではなく、
ただ“話すためだけ”に用意された、質素なお茶会。
「……本当に、来てしまったわね」
マルグリットは、紅茶を見つめながらぽつりと呟いた。
「約束しましたもの」
エリザベートは、いつものように扇子を軽く閉じて微笑む。
「今日は学園の名も、立場も、噂も忘れて……
ただのお茶会ですわ」
「……あなた、やっぱり不思議ね」
「そうですか?」
「私なんかと、こうして笑って向き合える人なんて……
もう誰もいないと思っていたのに」
どこか自嘲めいた声。
「わたくしはずっと、あなたに憧れておりましたのよ」
「憧れ?」
マルグリットの眉がわずかに動く。
「ええ。
誰にも媚びず、自分の立場を貫き通した姿……
それはとても、誇らしく見えました」
「結果はこの有様よ」
「それでもですわ」
エリザベートは柔らかく微笑んだ。
「あなた様は“悪役令嬢”であろうとした。
逃げなかった。
それだけで、尊敬するに値しますもの」
沈黙が落ちる。
けれどそれは、心地よい沈黙だった。
カップの中の紅茶から、かすかに湯気が立ちのぼる。
「……こんなお茶会、生まれて初めてよ」
マルグリットは小さく笑った。
「私はいつも、誰かの敵でいなければならなかった」
「では今日は、わたくしの“友人”でいてくださいまし」
「……友人?」
「ええ。
悪役令嬢同士の、ですわ」
「あなた、悪役になれてないじゃない」
「それでも志は同じですもの」
「ふふ……」
マルグリットは、ほんの少しだけ微笑んだ。
それはかつて誰にも見せなかった表情だった。
「……ねぇ、エリザベート」
「なんですの?」
「私……これからどうすればいいのか、まだわからないわ」
「ではご一緒に探しましょう」
「……私の隣にいてくれるの?」
「はい」
迷いなく答える。
「悪役になりそこなった令嬢と、
悪役をやりきった令嬢が……
手を組めば、きっと面白い未来になりますわ」
「ふふ……変な夢ね」
「ですが、とても素敵ですわ」
マルグリットは小さく息を吐き、カップを持ち上げた。
「……じゃあ、乾杯でもしましょうか」
「ええ」
二人のカップが、静かに触れ合う。
音は小さく、けれど確かだった。
「これが……友人というものなのね」
「そうですわ」
秋の光が二人を包み、葉が静かに揺れる。
誰の視線もなく、誰の評価もない場所で──
ただ、ふたりの時間が流れていた。
「ねぇエリザベート」
「はい」
「あなた……相変わらず悪役令嬢になりたい?」
「ええ、もちろんですわ」
「まったく……」
だがマルグリットは、少しだけ優しく笑った。
「じゃあ私は、そんなあなたの最初の“理解者”になってあげる」
「それは光栄ですわ」
「次はもっと美味しい菓子を用意なさいよ?」
「善処いたします」
ふたりはまた笑った。
それはもう、孤独な悪役でも、称賛される聖人でもなかった。
ただの、少女たちの穏やかな午後だった。
断罪のその先にあったものは、
罰でも栄光でもなく――
静かな友情だった




