舞踏会事件――悪役令嬢コンビ、華麗なる失敗の夜
舞踏会事件――悪役令嬢コンビ、華麗なる失敗の夜
その夜、王立学園では恒例の舞踏会が開催されていた。
煌めくシャンデリア、甘い音楽、華やかなドレス。
まさに貴族の社交界の見せ場──のはずだった。
「セラフィーナ様……今日は舞踏会ですわね」
「ええ。だから何?」
「“悪役令嬢コンビ”が注目される絶好の機会ですわ!」
エリザベートの瞳はやけに輝いていた。
「今夜こそ……冷酷で高慢で、誰も寄せつけない完璧な悪役令嬢像を世に示しましょう」
「やめて。もう嫌な予感しかしないわ」
だが彼女の忠告など、熱を帯びたエリザベートには届かない。
⸻
舞踏会が始まると同時に、事件は動いた。
エリザベートは扇子を開き、ゆっくりと会場を見渡す。
「あちらにおりますのは、いつも殿下の近くをうろついている令嬢……
今日は“威圧的な視線”を送って、心を折ってみましょう」
「それ普通にいじめじゃない?」
「悪役ですもの」
「悪役でも最低限の品性は持ちなさい」
二人はゆっくりと標的(?)の令嬢の前に立った。
エリザベートがにこやかに微笑み、優雅に言う。
「……そのドレス、お似合いですわね。
少し地味ではありますけれど」
(来ましたわ……完璧な嫌味……!)
だが相手の令嬢は目を輝かせた。
「本当ですか!?
エリザベート様にそう言っていただけるなんて……恐縮です……!」
「え?」
「実は予算が足りなくて……悩んでいたので……
でも“品がある”って言われて嬉しいです……!」
(嫌味が励ましに変換されましたわ!?)
周囲の令嬢たちがざわめく。
「やっぱりエリザベート様は優しい……」
「美しさだけじゃなく心も品格も最上級……」
セラフィーナが小声で呟いた。
「……っていうか、もう聖母よね、あなた」
「おかしいですわ……今のは完全なる悪役ムーブでしたのに……」
⸻
そして第二の事件。
セラフィーナにも“悪役らしい仕草”をさせようと、
エリザベートが勝手に提案する。
「では次はセラフィーナ様、あの伯爵令息に冷酷な態度を」
「なぜ私ばかり巻き込まれるのよ」
不機嫌そうに令息の前に立つ。
「……何か?」
「ごきげんよう。よろしければ一曲……」
セラフィーナはふいっと顔を背けた。
「興味ないわ」
(悪役っぽい……!)
だが令息は目を丸くした。
「……なるほど、私の軽率な申し出を諭してくださったのですね……
さすがセラフィーナ様、毅然としたお方だ……!」
「は?」
「自分の立場に責任を持つその姿勢……尊敬します」
(断ったのに敬われてる!?)
⸻
そこへ現れたのが、運悪くもアレクシス殿下。
「……騒がしいな。何があった」
「殿下! 今、悪役令嬢コンビが見事な威圧ショーを……」
「威圧?」
殿下はふたりの様子を眺め、静かに頷いた。
「……なるほど。
場の空気を引き締め、秩序を保っているな」
「ただ嫌われようとしているだけですわ!!!」
エリザベートの魂の叫びも虚しく、周囲は感動の渦。
「やっぱりこのお二人がいると安心感が違う……」
「舞踏会の治安が守られている……」
「黒の守護令嬢……」
「悪役じゃなくて守護神扱いよ、これ」
⸻
極めつけはクライマックス。
“影の悪役らしく”
会場の端でふたりが並び、低い声で話しているだけで──
「あの二人……舞踏会を見張っているのでは……?」
「何か起きたらすぐ止めるつもりなのかしら……」
結果、問題行動ゼロの“史上最も平和な舞踏会”が完成した。
⸻
夜の終わり。
ふたりはテラスに出て星を見上げていた。
「……失敗しましたわ……」
「盛大にね」
「せっかくの舞踏会だったのに……
嫌われるどころか治安維持活動ですわ……」
セラフィーナはふっと息を吐いた。
「でもまあ……悪くないわ」
「え?」
「あなたと一緒なら、
悪役でも英雄でも、なんでもいいかも」
エリザベートはほころんだ。
「それは最高の褒め言葉ですわね」
「だから違うっての」
星明かりの下で、ふたりは静かに笑った。
その夜、学園に新たな伝説が生まれた。
『黒の舞踏会事件』
――悪役令嬢コンビが舞踏会を完全に支配し、誰ひとり不幸にならなかった夜。
だが本人たちはまだ気づいていない。
今日もまた、
“悪役令嬢になる夢”が一歩遠ざかったことに。




