第7話 舞踏会準備の大パニック
また学園で何か起こる予感しかしませんわ……。
わたくし、ただ静かに過ごしたいだけですのに、
黒薔薇会の皆さまも殿下も、どうしてこう……騒がしいのかしら。
ですが、事件が起こってしまう以上、
見届けるしかありませんわよね。
では、“今日の事件”をご覧くださいませ。
第7話 舞踏会準備の大パニック
学園史上最大の騒動は、戦でも怪物でもなく――
**“舞踏会の準備”**で起こるという事実を、
エリザベートはこの日初めて知ることになった。
朝の学園はいつになく殺気立ち、
廊下を走る生徒、泣き出す令嬢、家具運びで気絶する男子、
さらには教師同士の口喧嘩まで飛び交うという惨状だった。
「信じられない……! カーテンが逆さまに縫われている!?」
「照明班が全滅!? どうして!?」
「なぜか噴水に花びらが詰まって水が止まったぁぁ!!」
「男子ぃぃぃ! そこ、机じゃなくて私の足運んでるぅ!!」
校舎全体が阿鼻叫喚の嵐に包まれ、
新聞部は戦場特派員のように走り回っていた。
その中、
黒薔薇会の面々は比較的冷静に動いていた……ように見えた。
「シャンデリアの大きさ、三つ違うんですけど……?」
クレアが額を押さえる。
「え、これ……全部同じ型番ですよぉ……?」
フローラは説明書を逆さに持って泣いていた。
「わたしが吊るしてくる」
セラフィーナが腕まくりする。
「いや、重すぎるからやめてセラフィーナ! あなたの筋力は規格外なのです!」
クレアが本気で止める。
「ならわたしがいきます!!
“悪役令嬢、天井走り”!!」
リリアが天井を指差す。
「リリア、それは悪役でも何でもありませんわ!」
エリザベートは慌てて止めた。
マルグリットはといえば……
「こ、この……テーブルクロス……
どうして……勝手に……からまって……ほどけ……ない……」
半泣きで布と格闘している。
セシリアは紅茶を飲んでいる。
「……舞踏会準備って、毎年こんなものなのね。
地獄じゃない」
⸻
そんな大混乱の只中で――
エリザベートだけが、優雅に立っていた。
扇子を手にし、静かに様子を見守る姿は、
まるで戦場の中央に立つ冷静な指揮官のように美しく映る……のだが。
エリザベートの本音はこうである。
(……わたくしは何を手伝えばよいのでしょう?
壊す以外の未来しか見えませんわ……)
そう、
エリザベートは料理を壊し、
紅茶事件では黒薔薇会全員を暴走させ、
決闘しかけられるわ、新聞部の誤解を量産するわ……。
“実作業”は向いていない。
それをよく理解しているからこそ、
彼女は距離を置き、優雅に“見守る”ことに徹していた。
だが――
その姿を周囲はこう受け取った。
「ローゼンクロイツ様……」
「全体を俯瞰して指揮を……?」
「落ち着き方が常人ではない……!」
「こ、これは……女神……?」
新聞部が急いでペンを走らせる。
「――《エリザベート様、舞踏会混乱の只中で静かに見守る。
その余裕、まさに真の悪役令嬢たる風格》」
(書かないでくださらないかしらァァァ!!!)
⸻
そんな中、突然誰かが叫んだ。
「ローゼンクロイツ様!!
王女殿下が到着なさいます!!」
緊張が走る。
王女の随行が会場入りすると、
舞踏会準備の大惨状が広く知れ渡ってしまう。
生徒会長がパニックになった。
「急げ! 王女殿下に醜態を見せられない!!
誰か! 誰か指揮を――!」
そのとき、
全員の視線が一斉にエリザベートへ向いた。
(……え?)
100名以上の生徒が一斉に期待の目で見ている。
(な、なぜわたくし……?)
クレアが説明した。
「エリザベート様が立っているだけで、
皆、安心するようです」
(どうしてですの!?)
セラフィーナがさらに補足する。
「“混乱の中でも動じない姿勢”が、
リーダーとして認識されている」
(そんなつもりはまったくありませんのに!?)
しかし――
生徒会長はすでにエリザベートの手を取っていた。
「どうかお願いします、ローゼンクロイツ様……!!
あなたしかいない!!」
(待ちなさいませ!?
わたくし、指揮とか無理ですのよ!?)
だが黒薔薇会のメンバーまで口々に言う。
「エリザベート様ならできる!」
「エリザベート様に見られてると思うと……頑張れます!!」
「エリザベート様のためなら……っ!」
「悪役の風格だ!」
「……素直に頼れる存在だな」
(ちょっと待って!?
わたくし、一言もそんなこと言っておりませんわ!)
しかし――
エリザベートは諦めた。
(……もう。
こうなったら、“悪役令嬢らしく”静かに見守るしかありませんわね)
エリザベートは扇子を掲げ、静かに告げた。
「皆さま――
落ち着きなさいませ」
その一言が、
舞踏会準備全体に響き渡った。
まるで魔法の合図のように、
生徒たちはピタリと動きを止めた。
(……あれ? わたくし、何かした?)
フローラが感動で泣いている。
「エリザベート様ぁぁぁ……!
なんて……お優しくて……落ち着かれていて……!」
リリアが指を突き上げる。
「よし!! エリザベート様のために!
この舞踏会、絶対成功させるぞーー!!」
「おーーー!!」
(な、なんですのこの統率力!?)
セシリアが小声で呟いた。
「……エリザベート、すごいわね。
何もしていないのに」
「何もしていませんわよ!!」
クレアは淡々とまとめた。
「エリザベート様が“見守っている”だけで、
全員が勝手に動くのです。
これはもう……才能です」
(いやですわそんな才能……!)
⸻
その後、舞踏会準備は異常な速度で進んだ。
誰かが落としたカーテンを誰かが拾い、
誰かが調整した照明を誰かが直し、
噴水の花を誰かが取り除き、
テーブルクロスの絡まりをマルグリットが泣きながらほどき……
全員が一丸となって動いた。
動機はただ一つ。
――エリザベート様に恥をかかせないため。
(か、かかせませんわよ!?
恥も何も、わたくしは何もしておりませんのに!?)
⸻
夕刻。
王女が会場を視察に訪れたとき、
生徒会長が胸を張って言った。
「殿下。舞踏会準備が予定より三日も早く完了いたしました!」
王女は驚き、
ゆっくりと会場を見回した後――
エリザベートを見つけ、微笑んだ。
「……ローゼンクロイツ嬢。
あなたが、この場を整えたのでしょう?」
(わたくし!?)
全員が頷く。
「ええ、エリザベート様のおかげです!」
「エリザベート様が見守ってくださって……!」
「エリザベート様の気品が……私たちを導いて……!」
「エリザベート様がいなければ終わってませんでした!!」
(わたくし、何もしていないのですわーーーー!!)
しかし王女は深く頷き、手を取って言った。
「あなたのような方がいて、学園はとても幸せですわ」
エリザベートは――
(ああもう……どうして……こうなるのかしら……)
扇子でそっと顔を隠しながら、
静かにその称賛を受け取った。
この日、学園事件簿にはこう記された。
――《混乱の舞踏会準備、
ローゼンクロイツ様の“静かな統率”によって奇跡の早期完成。
その指揮は今後の学園教材に採用予定》
もちろん、
エリザベートはその記事を見て叫んだ。
「指揮などしておりませんわーーーーーーー!!」
だが学園では、
“エリザベート様の舞踏会奇跡”が新たな伝説として語り継がれていくのであった。




