第2話 “恋文騒動”と偽悪令嬢の誤解倍増劇
本日も学園は平穏……とは限りませんわ。
わたくしが何もしていなくても、なぜか勝手に事件が発生して、
さらに勝手にわたくしの功績になりますの。
理不尽ですわよね?
黒薔薇会の皆さまも今日も絶好調に暴走しているようですし、
どうぞ肩の力を抜いてご覧くださいませ。
――では、エリザベートの学園事件簿、開幕ですわ。
第2話 “恋文騒動”と偽悪令嬢の誤解倍増劇
朝の学園は、いつもよりざわついていた。
「ねぇ聞いた!? 誰かが……恋文を……!」
「しかも今度は“黒薔薇会”宛てだって!!」
噂は一瞬で校舎中に広がり、廊下を通る生徒の耳に否応なく入ってくる。
エリザベートは自分に関係のある噂ほど早く届くことに、もう慣れつつあった。
(黒薔薇会宛ての恋文……?
わたくしに……ではありませんわよね……?)
心のどこかで「もしや?」と思いながらも、
慎重に表情を整え、生徒会室に指定された緊急集合へ向かった。
ドアを開くと、すでに黒薔薇会の面々が集まっている。
「エリザベート様ぁっ! 大変ですよぉ……!」
フローラが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「何が大変なのかしら?」
優雅に問いかけると、フローラが震える手で一枚の封筒を差し出す。
真紅の蝋が押された封筒。
封蝋には――黒薔薇の紋章。
「……これ、黒薔薇会の紋ですわね?」
「誰かが勝手に使ったんです!!」
マルグリットが涙目で叫ぶ。
リリアが拳を握りしめた。
「この紋章を勝手に使うなんて! 許せませんよ! 悪役の名を汚してますよ!!」
(悪役の名……? ええと……?)
クレアは封筒を分析しながら言った。
「文字の角度、筆跡、封の仕方……すべて“素人”。
これは黒薔薇会のメンバーではありません」
セシリアが肩をすくめる。
「問題は、これが誰宛てなのか、ね」
「どなた宛てなのでして?」
マルグリットが震える声で尋ねる。
クレアが封筒を静かに裏返した。
黒々とした美しい筆跡で、そこには――
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツ様へ
と書かれていた。
「……わたくし宛て、ですの?」
その瞬間、黒薔薇会全員が息を飲んだ。
「エリザベート様ぁぁ!! ついに……ついに恋文が……!!」
フローラが両手で頬をおさえて叫ぶ。
「これは事件だな」
クレアが即座に答える。
「全力で対応しましょう」
マルグリットがこくこくと頷く。
「開けてみましょう!」
リリアが勢いよく前に出かけて――
「待ちなさいリリア。あなたが開けると紙が破れますわ」
「……バレてます?」
(バレておりますわ)
エリザベートは深く息を吸い、封筒を開いた。
中にはたった一文。
“あなたの孤高さに心奪われました。
放課後、裏庭にて”
(……どこのどなたですの?)
見覚えのない筆跡、言い回しも典型的。
「これは罠ですね」
クレアが断言した。
「わたくしもそう思いますわ」
エリザベートも頷く。
マルグリットが怯えた声で言う。
「エリザベート様を……罠に……!?」
フローラは手をぶんぶん振りながら、涙目で叫んだ。
「絶対絶対行っちゃダメですよぉぉ!!
犯人はきっと……きっと……エリザベート様を利用しようとしてるんですよぉ!」
セシリアは紅茶を飲みながら静かに提案した。
「……逆に、行ってみれば?」
視線が一斉に彼女に向いた。
「敵の正体が分かるし、何より……面白いじゃない」
「大人の意見が黒いですわね!?」
エリザベートが突っ込む。
「黒薔薇ですもの」
(……確かに)
そこへ突然、生徒会室の扉が開いた。
王太子アルフォンスが勢いよく飛び込んでくる。
「エリザベート!! なんと……なんと卑劣な手を……!!」
「殿下、まだ何もお話ししておりませんわよ?」
「学園中に広まっている!!
“エリザベート様に恋文”と!!」
(誰ですの広めたのは……新聞部ですわね、間違いなく)
アルフォンスは拳を握りしめ、憤っている。
「エリザベート、君が困っているなら私が助け――」
「殿下は黙っていてくださいませ」
「なっ……!? なぜだ!?」
「殿下の介入は……状況を十倍悪化させますわ」
クレアが淡々と告げる。
「なぜ君たちは私をそんな扱いに……!? 私は王太子だぞ!?」
「だからです」
「だからですよ殿下」
「だからなんです殿下!」
黒薔薇会全員のハモりに、アルフォンスが涙目になった。
エリザベートは封筒を閉じ、静かに決意する。
(罠であろうと、わたくしは“悪役令嬢”。
逃げるよりも、堂々と受けて立つ方がふさわしいですわ)
「皆さま、裏庭へ参りますわよ」
その言葉に黒薔薇会の瞳が輝く。
「了解です!」
「つ、ついていきます……!」
「わくわくしますねー!!」
「……悪役の出番だな」
アルフォンスが慌ててついてくる。
「待て、待ってくれ! 危険だぞエリザベート!!」
「殿下は保護者ではありませんの。離れてくださる?」
「ひどいっ!?」
(ひどくありませんわ。事実ですわ)
⸻
裏庭。
夕陽が差し込む中、そこにいたのは――
緊張した顔の一年生の少年だった。
「え、えっと……その……ローゼンクロイツ様……!」
(……この方が犯人?)
少年は真っ赤な顔で震えながら言う。
「ぼ、僕は……! あなたに憧れて……!」
マルグリットが小声で言う。
「え……罠じゃなくて……ファンの方……?」
フローラが胸に手を当てる。
「純粋な気持ち……!」
セシリアがため息をつく。
「……健気ね」
リリアが叫ぶ。
「恋文は正々堂々とやるべきですよ!!」
そしてクレアがエリザベートに一歩近づき、囁く。
「エリザベート様。対応を間違えると彼は……崇拝者に進化しますよ」
(それは……困りますわ……!)
エリザベートは優雅に一歩前に出た。
少年の手をそっと取り、穏やかな笑みを浮かべる。
「あなたのお気持ちは、確かに受け取りましたわ。
ですが……わたくしは“誰かの恋の相手”になれる器ではありませんの。
学業と……悪役修行が忙しいのですもの」
少年は一気に涙ぐむ。
「そ、そんな……でも……ローゼンクロイツ様は……!」
その時――
アルフォンスが割って入った。
「彼女は私の婚約者候補だ! 諦めろ!!」
「殿下ァァァァァァァッ!!!!」
黒薔薇会の悲鳴が裏庭に響き渡った。
(殿下のせいで……誤解が……増えましたわ……!!)
少年は勢いよく頭を下げた。
「わ、わかりました!!
応援しています!! ローゼンクロイツ様!!」
エリザベートが「応援はやめて」と言う間もなく、少年は走り去っていった。
夕陽の中に残されたのは、
深いため息をつくエリザベートと、興奮する新聞部の影。
「今の言葉……! 黒薔薇の慈悲!! 新聞に載せます!!」
(載せないでぇぇぇぇぇ!!)
エリザベートの心の叫びをよそに、
学園中は再び騒ぎに包まれていくのだった。
⸻
こうして――
エリザベートの学園事件簿は、またひとつ混沌を刻むことになった。




