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『【サイド】悪役令嬢とお友達になりたい。~エリザベート学園交流録~』  作者: ゆう
エリザベートの事件簿

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第1話 料理実習・闇のクッキーと誤解の嵐

本日も学園は平穏……とは限りませんわ。

わたくしが何もしていなくても、なぜか勝手に事件が発生して、

さらに勝手にわたくしの功績になりますの。

理不尽ですわよね?


黒薔薇会の皆さまも今日も絶好調に暴走しているようですし、

どうぞ肩の力を抜いてご覧くださいませ。


――では、エリザベートの学園事件簿、開幕ですわ。

第1話 料理実習・闇のクッキーと誤解の嵐


料理実習室の扉をくぐった瞬間、甘い香りよりも先に、いやな予感が鼻先にまとわりついた。


エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、そっと目を細めた。


「……今日は、料理実習ですの?」


優雅な声音とは裏腹に、胸の奥で鼓動がひとつ跳ね上がるのを自覚する。

よりにもよって、料理。

悪役令嬢を志す淑女の嗜みとして“料理をしないこと”は、ある意味で正しい。

だが――


(料理の授業で失敗すると……学園中に広まりますわ……!

 そして新聞部がわたくしの失態を“美談”に変換する……あれが一番つらいのです)


黒薔薇会の仲間たちも、すでにざわざわしている。


「えぇっと……粉を、混ぜればいいんですよねぇ……?」

フローラがふわりと指差しただけで、粉袋がふにゃりと傾く。


「混ぜるのはいいが、量と回数を守れ。……リリア、今の腕まくりは何だ」

クレアが冷静に指摘すると、


「いやいや!? 全力の五割ですよ!? 今日は本気じゃないですから!!」

「だからその五割が危険なのです」


リリアはいつも通り、悪役を誤解したままヒーローのようなテンションを持て余している。


マルグリットはボウルを抱えたまま、ひたすら震え続けていた。

セシリアはすでに紅茶セットを広げており、紅茶の葉の香りが教室に広がり始めている。


全員バラバラ。

だが、この混沌こそが黒薔薇会の日常であり、ある意味で心地よい光景でもあった。


(……問題は、わたくしの料理スキルが壊滅的なことですわね)


エリザベートが逡巡していると、料理講師が張りのある声で告げた。


「本日の実習は“クッキー作り”です!

 焼き上がった作品は、のちほど学園新聞部が実食します!」


その瞬間、生徒たちは歓声を上げたが、

エリザベートだけは――顔が見事に引きつった。


(新聞部……!?

 あの誤解装置のような方々にわたくしの料理を!?

 やめて……! 本当に……やめて……!)


講師はその表情の意味に気づかず、さらに畳みかける。


「新聞部の記事は全校配布されますからね!

 皆さん、自信をもって仕上げましょう!」


(仕上げる自信など、微塵もございませんわ!!)


エリザベートは優雅な微笑みの裏で心の中で土下座していた。



材料を並べ、エプロンを整えると、

黒薔薇会はなぜかエリザベートの周りに自然と集まっていた。


「エリザベート様……バターを切りましょうか……?」

マルグリットの声は、いつも通り震えている。


「お願いできます? わたくしが切ると……その……危険ですの」

「あ、危険……っ!?」

「物理的に、ですわ」


怖がらせてしまったが、嘘でも誇張でもない。


フローラは粉袋を抱え、にこにこしながら近寄ってきた。


「この粉ってぇ……いっぱい入れた方が美味しいんですよねぇ……?」

「いえ、分量を守りなさい。あなたは盛る傾向がある」

クレアが保護者のように注意する。


「えへへぇ……気をつけますねぇ……」


その後ろで、リリアが勢いよく気合いを入れた。


「今日こそ! 悪役の料理ってやつを見せてやりますよ!!」

「あなたの料理は悪役ではなく“火災予告”です!!」

クレアの必死のツッコミもむなしく、


「たあああああぁぁっ!!」


ばふっ!!


粉が爆散し、見事に教室一面を覆った。


フローラが悲鳴をあげてマルグリットに倒れ込む。

セシリアはため息をつきながら紅茶をかき混ぜる。

講師はその惨状を見て固まった。


エリザベートは霧のような粉の中に立ち、手を払って視界を開いた。


「……落ち着きなさいませ、リリア。

 そのように粉を飛ばしてどうするというのです?」


その声音は驚くほど凛としていた。

まるで嵐の中心で誰よりも冷静な淑女のように。


周囲の生徒たちは息を呑んだ。


「エリザベート様……混乱を鎮めるその姿勢……!」

「あぁ……美しい……」

「指揮官の風格すらある……!」


(粉を吸ってむせそうなだけですの……!)


誤解が一瞬で広がっていくのを肌で感じて、

エリザベートは一気に疲れが押し寄せた。


さらに悪いことに、新聞部が走り込んでくる。


「でました!! エリザベート様の“混乱を払う淑女の手”!!

 これは号外案件です!!」


(やめてくださいませーーーー!!)


その時、教室の隅にいた王太子アルフォンスが感極まった声でつぶやいた。


「……エリザベート。

 あの混乱の中でなお、あれほどの気品を……」


(違いますわ! 本当に違いますの!!)



クッキーはどうにか生地としてまとまり、

全員の祈りをこめてオーブンへ収められた。


待つこと数分。

やがて焼き上がりの鐘が鳴る。


講師がトレイを取り出した瞬間――


黒薔薇会のクッキーだけが、

黒曜石のように漆黒だった。


「…………………………」


「…………………………」


全員の顔が同じ形に固まる。「事故だ」という形に。


新聞部が、その黒い塊に震える声で近づいた。


「こ、これは……黒薔薇の会……“闇のクッキー”……?

 黒薔薇の名を象徴する……深淵の黒……!」


(焦げただけですわ!!!!!)


王太子まで両手を胸に当てている。


「エリザベート……料理にまで美学を……君はどこまで……」


(美学ではなくただの悲劇ですの!!!)


全校生徒が称賛を送り、講師が泣きそうな顔で頷いている中、

エリザベートは静かに呟いた。


「どうして……こうなりますの……」


クレアの冷静な答えが返ってくる。


「エリザベート様だからでしょう」


それは言い訳にならないほど、正しい言葉だった。


この日を境に――

黒薔薇会の“闇のクッキー”は、

**“学園史上もっとも謎に満ちた菓子”**として語り継がれることになる。


エリザベートの苦悩と共に。

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