黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ― 第9話「挑発の夜会 ― 黒薔薇、王都に宣戦布告」
黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ―
第9話「挑発の夜会 ― 黒薔薇、王都に宣戦布告」
それは王都最大の夜会だった。
貴族、王族、令嬢、紳士、各国使節。
華やかさと虚栄が渦巻く舞踏の夜。
そしてそこに――
黒薔薇の会が、招かれていた。
「なぜ夜会にまで招待されますの……?」
エリザベートは、鏡の前で深いため息をついた。
今日の彼女は黒を基調としたドレス。
薔薇の刺繍。
冷たい美しさを極めた悪役仕様。
――完璧である。
「本日は“宣戦布告”ですわよ」
背後でマルグリットが少し緊張した声で言う。
「宣戦布告……ですか?」
「ええ。王都の品格という幻想に、
“黒薔薇の誇り”を突きつけて差し上げますわ」
クレアは静かに頷いた。
「挑発、ですね」
「その通りですわ」
リリアが拳を握る。
「ついに!悪役の華舞台ですね!!」
「ええ。今日は誰も味方につけません。
嫌われ尽くして差し上げますわ……!」
その言葉だけが、場違いなほど楽しげだった。
――開場。
ざわめきの中心に、黒薔薇の六人が足を踏み入れた瞬間。
空気が変わった。
「……あの方が……」
「エリザベート様……」
「美しい……」
「聞こえましたか皆様」
エリザベートは低く告げた。
「すでに尊敬の気配が漂っております」
「でも視線がすごいです……」とフローラ。
「羨望に近いですね」とセシリア。
「いいえ、これは警戒ですわ」
(と、思いたいですけれど……)
そして事件は、すぐに起きた。
「エリザベート嬢」
声をかけてきたのは、以前彼女を見下していた高位貴族の令嬢だった。
「黒薔薇の会とは……随分と派手な真似をなさるのね」
この瞬間、黒薔薇メンバーは一斉に静まる。
来た――
格好の獲物である。
「ようやくですわ……」
エリザベートの目が、きらりと光った。
「派手?
まあ、貴女の感性にはさぞ刺激的でしょうね」
「なっ……」
「周囲の評価に怯えながら微笑み続ける人生でしたら、
確かに理解不能でしょう」
静かに、にこりと笑う。
「ですがご安心なさって?
貴女のような“安全な令嬢”がいるからこそ、
わたくしたちの存在が引き立つのですもの」
宮殿の空気が凍った。
だが――
「な……なんて凛とした……」
「まるで女王のよう……」
賞賛が、漏れた。
「殴り合いにならないのは奇跡ですわ……」とセシリア。
だがエリザベートはさらに踏み込む。
「それとも、貴女も本当は――
この檻から抜け出したいのではなくて?」
相手の令嬢の顔が揺らぐ。
「そんなこと……」
「ならば、そのまま籠の中で歌い続けなさいませ」
完全なるトドメ。
そこへ王太子まで現れる。
「エリザベート……少し押さえた方がいいのでは」
「殿下は黙っていていただけますか」
即答である。
「ここは“虚飾の舞台”ですのよ?
美しい仮面を並べて安心する方々のための」
会場がざわつく。
「そして今宵、わたくしたちはその仮面を壊しにまいりましたの」
マルグリットが小さく息を呑んだ。
「エリザベート様……少し過激では……」
「過激で結構ですわ!!!
今日は“嫌われる日”ですのよ!!!」
――そして、エリザベートは宣言した。
「聞きなさい。王都の皆様」
シン、と静まる会場。
「黒薔薇の会は、
誰にも媚びません。
誰にも縋りません。
誰にも利用されません」
扇を掲げて、誇り高く言い放つ。
「好かれようとする努力より、
嫌われる勇気を選びます」
誰も息を継げない。
その空間で――
先ほどの貴族令嬢が、ふいに言った。
「……でも……あなた方は……」
躊躇いながら。
「……美しすぎる……」
ざわっ。
「誇りが……」
「言葉に力が……」
「正しい……」
エリザベートの瞳が揺らいだ。
「……違いますわ……
これは、暴言であって、理念では……」
だがもう止まらない。
「黒薔薇に入りたい……」
「私も……」
「どうすれば……」
夜会の空気が、完全に“黒薔薇染め”になる。
リリアが小声で言った。
「エリザベート様……伝説です……」
「伝説になりたくはございません!!!」
マルグリットがそっと言う。
「……でも、誇らしいです」
クレアも小さく微笑んだ。
「これはもう、革命です」
「革命ではなく暴走ですわ!!!」
だがその瞬間、
拍手が鳴った。
一人、また一人と。
やがて夜会場は、喝采に包まれていた。
エリザベートは、その中心で立ち尽くす。
(……なぜ、宣戦布告が祝福になりますの……)
その背後で、セシリアが囁いた。
「嫌われるつもりで立って、
称えられる女……それが貴女よ」
「それは誇りではなく呪いですわ……!」
だが、夜会の最後まで拍手は鳴り止まなかった。
こうして王都に刻まれる。
――黒薔薇の夜会。
女性たちの精神を解放した伝説の一夜。
本人の意図とは、真逆に。
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次回予告
第10話
「黒薔薇は革命の象徴となる ― 悪役令嬢の理想像」
ついに番外編ラスト。
“悪役”という言葉の意味が変わる。




