黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ― 第5話「初めての悪役レッスン ― だがなぜか感動が止まらない」
黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ―
第5話「初めての悪役レッスン ― だがなぜか感動が止まらない」
本日の黒薔薇の会――
空気が、いつも以上に引き締まっていた。
その理由は明確である。
「ついに……本格的な悪役レッスンに突入いたしますわ」
エリザベートが、厳かにそう告げたからだ。
「これまでの発声や嫌味は、言葉の技。
本日からは“感情の技”……
すなわち、表情で相手の心を圧殺する方法を学びます」
令嬢たちが息を呑む。
「悪役に必要なのは、冷笑。
慈しみでも穏やかさでもありません。
見下し、嘲り、無慈悲――それこそが悪役の美学ですわ」
そのはずだった。
「では、全員。鏡をご覧なさい」
東屋に用意された姿見に、六人の令嬢が並ぶ。
「テーマは“相手を絶望させる微笑”」
エリザベートは、これ以上ないほど冷たい笑みを浮かべてみせた。
「貴女など、視界に入る価値もございませんわ」
完璧な悪役。
自信満々だった。
――が。
「……美しい……」
「まるで高潔な女神のようです……」
「なぜですの……」
最初に挑戦したのは、マルグリットだった。
「え、ええと……」
ぎこちなく口角を上げる。
「あなたなんて……どうでも……」
ところが途中で、視線がゆらぐ。
「……ごめんなさい……」
「謝ってどうしますの!?」
マルグリットは慌てて言い訳した。
「で、でも、傷ついた顔を想像したら……」
「想像しなくて結構ですわ!!」
フローラは控えめに微笑んでみせた。
「……貴女は、私より劣っていますわ」
その声には、やわらかな包容力しかなかった。
「癒される……」
「優しさに包まれてるみたい……」
「絶望させる練習ですのよ!?!?」
クレアが次に挑む。
冷ややかな視線、完璧な無表情。
「あなたは……感情を与える価値がありません」
空気が凍る。
だが――
「……ぞくっとしましたね」
「冷静さが魅力的ですわ……」
「魅了ではなく威圧ですわ!!!」
リリアの番になる。
「悪役スマイル、いっきまーす!!」
勢いよくニコッと笑う。
「負けてもいいんですよ!あなたの人生だって、ちゃんと輝けますから!」
「敵を救済しないでくださいませ!!!」
「でも、悪役ってかっこいいですよね!?」
「なぜヒーロー化しているのですの……!」
セシリアは鏡の前で静かに口角を上げ、深く息を吐いた。
「……あなたの選択は、愚かですわね」
その微笑は完璧に近かった。
だが続く言葉が柔らかい。
「けれど……それでも、生きていらっしゃい」
「情けをかけないでくださいまし!!」
エリザベートは額に手を当てた。
「どうして誰一人、冷酷になれませんの……」
だがそのとき、外からすすり泣く音がした。
「……すごい……」
「なんて強い言葉……」
「私も……ああいう言葉を持ちたい……」
黒薔薇の会の様子を見学していた令嬢たちが、感動していたのである。
「涙が出てきましたわ……」
「人生を見つめ直したくなります……」
「感情に訴える場ではございませんのよ!?」
だがさらに追い打ちをかけるように、セシリアが静かに呟いた。
「でも……不思議ですわね」
「何がですの」
「エリザベート様が“冷たくあろう”とするほど……
その奥にある優しさが、際立つのです」
その言葉に、場の空気がやわらぐ。
マルグリットが、小さく微笑んだ。
「だから……私たちはここにいるんだと思います」
「救われたいわけでは……」
「でも、救われています」
フローラが頷く。
「“強くあれ”と教えてくださっているから」
「悪役になれと申しておりますのよ!?」
だが、その言葉は誰にも届かない。
むしろ。
「私……ここに来るのが楽しみなんです」
「誰にも言えなかった本音が言える場所ですから」
令嬢たちの声は、穏やかだった。
エリザベートはそっと扇を閉じた。
「……本当に、困った方々ですわね」
だがその声には、わずかに微笑が混じっていた。
そして、ひとりで小さく呟く。
「けれど……悪くないですわ……」
黒薔薇の会は、今日もまた
“悪役を目指して、誰かの心を温める”という
謎の成果を積み重ねていた。
そして王都では、噂がさらに広まる。
――黒薔薇の会に通うと、自分を誇れるようになる、と。
悪役養成所の評価としては、
これ以上ないほど致命的である。
⸻
次回予告
第6話
「殿下、偶然通りかかる ― 黒薔薇空間が凍結します」
ついに王宮側が本格接触。
空気、地獄。




