黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ― 第4話「悪役発声練習 ― なぜか演説力が異常成長」
番外編 黒薔薇の会 ― 悪役令嬢なのに尊敬されるサロン ―
第4話「悪役発声練習 ― なぜか演説力が異常成長」
「本日の課題は“発声”でございますわ」
そう宣言したエリザベートの声は、いつもよりも低く、そして鋭かった。
「悪役令嬢に必要なもの、それは……声ですの」
扇をぱちりと閉じる。
「言葉だけで相手の心を抉り、存在そのもので空気を凍らせる――
そのためには、芯のある声が不可欠ですわ」
六人の令嬢は、真剣な面持ちで頷いた。
「まずは基本から参ります。
発声は腹から。姿勢を正して、視線は高く……そして」
すっと顎を上げる。
「“貴女には、相応しくありませんわね”
この言葉を――悪役らしく」
黒薔薇の会、発声練習開始である。
最初の挑戦者は、フローラだった。
「え、ええと……」
小さく息を吸い、慎重に口を開く。
「あなたには……相応しく、ありませんわね……」
控えめな声音。
だがどこか、優しい。
エリザベートは即座に眉をひそめた。
「優しすぎますわ。
それでは相手が惚れてしまいますわよ?」
「えっ!?」
外から見学していた通りすがりの令嬢たちがざわめく。
「フローラ様……お美しい……」
「慈愛の響きですわ……」
「だから違いますのよ!」
続いて、クレア。
「……参ります」
姿勢を正し、眼鏡の奥で冷たい光を宿す。
「貴女には、その場に立つ資格などありません」
完璧な声音。
冷静、無慈悲、完成された悪役。
エリザベートは思わず頷きかけ――
「素晴らしいわ……まるで演説のよう……」
セシリアがぽつりと漏らした。
「今の一言で、全体を引き締める力がありますね」
「引き締めてはなりませんのよ!!威圧ですわ、威圧!!」
しかし周囲の令嬢たちは拍手。
「さすがクレア様……」
「冷静な知性……」
「なぜ拍手が……」
第三の挑戦者は、リリア。
「いっきまーす!!」
なぜか気合十分で胸を張った。
「あなたには、相応しくないです!!!
ですけど!それでも努力するあなた、嫌いじゃありません!!!」
「敵にエールを送ってどうしますの!?」
リリアはきらきらした眼で答える。
「でも悪役って、相手を高みに導いてこそだと思うんです!」
「どこでそんな誤解をなさったのですか!!」
マルグリットは緊張しながら立ち上がる。
「わ、私も……」
小さく息を吸って、震えながら。
「貴女には……きっと……まだ、足りないものがございます……どうか、それに気づいてください……」
沈黙。
だがその声には、真摯な想いが滲んでいた。
フローラが感激したように言う。
「マルグリット様……相手を想う強さ……」
「想ってどうしますのよ!!!」
最後に、セシリア。
「やらせていただきますわ」
落ち着いた低音で言い放つ。
「貴女は……とてもよく頑張っていらっしゃいますわね。
でも、それでは“都合の良い存在”で終わりますわよ」
一瞬の、静寂。
それはもはや嫌味ではなく、人生の忠告だった。
「……心に刺さりますね」
「刺させるのは心ではなく誇りですわ!」
エリザベートは頭を抱えた。
「皆様……これは“悪役の発声練習”ですのよ?
人格形成の場ではありませんことよ?」
だが誰も悪びれない。
むしろ――
「エリザベート様のように、はっきりと物申せる女性になりたいです」
「私も……あんな声で言葉を届けられたら……」
「……なぜ憧れの眼差しになりますの」
その時だった。
王都の若い令嬢数名が、勇気を出して声をかけてきた。
「す、すみません……
もし可能でしたら……私たちにも発声を……」
「見学だけでは足りませんわ……」
「声を録らせていただきたいくらいです……」
エリザベートの肩がぴくりと震える。
「……ここは、悪役養成所でございますのよ?」
「はい!憧れです!」
即答。
「もうなんですのその即答……」
だが、クレアが冷静に言った。
「どうやらエリザベート様の声には、人を導く力が備わっているようです」
「導かなくてよろしくてよ!!」
セシリアがくすりと笑う。
「でも、これだけは認めざるを得ませんわね」
「何をですの」
「貴女の言葉は、誰かの人生を変える力があるわ」
その言葉に、エリザベートは一瞬だけ言葉を失った。
そして、ふっと目をそらす。
「……悪役令嬢の言葉に、そのような評価は不要ですわ」
だが、六人の視線は揺るがない。
尊敬、信頼、憧れ。
(……完璧に方向を間違えておりますわね)
そう思いながらも。
エリザベートは静かに、扇を掲げて宣言した。
「よろしいですわ。
明日は――“本物の冷笑”を極めてまいります」
黒薔薇の会は、
今日もまた静かに“美しい誤解”を積み重ねていた。
そして王都では噂がささやかれる。
――黒薔薇の会に通うと、人生観が変わる、と。
本当は悪役になりたいだけの会だというのに。
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次回予告
第5話
「初めての悪役レッスン ― だがなぜか感動が止まらない」
ついに“表情操作”へ。
しかし涙腺が崩壊する。




