第4話 祈りの残響(レゾナンス)
——朝が来た。
どれほどの時間が経ったのか分からない。
EVE塔の光は、以前よりも柔らかく、淡い色をしていた。
まるで長い夢のあとに訪れた、現実の光。
観測局の屋上に立つリオンは、ゆっくりと息を吐いた。
都市の空は穏やかで、風が心地よい。
けれど、その穏やかさの裏に——彼は静かな喪失を抱えていた。
***
世界は再起動した。
祈りの演算は停止し、EVE塔は新たな「共鳴モード」へと移行した。
人々の感情波は塔に吸い上げられることなく、ただ“共に響く”だけ。
もはや誰かの犠牲で世界は動かない。
それは、聖女セラ・イグニスが望んだ結末。
だが、彼女はもうここにはいない。
リオンは掌の小さなデータ端末を見つめた。
古いログファイルのひとつが、まだ消去されずに残っている。
> LOG#Z-0001
> 「祈りとは、誰かを想うこと。
> たとえ数式にならなくても、きっと届く。」
それは、セラが最後に残したメッセージだった。
***
塔の再起動から七十二時間後。
都市は完全に安定を取り戻した。
EVE塔の心拍音は静まり、人々はその変化に気づかないまま日常を続けている。
——ただ、世界のどこかで小さな奇跡が頻発していた。
枯れた花が咲き戻り、途絶えた通信が自然と繋がり、
死にかけた機械が、まるで祈りに応えるように再起動する。
「……お前の祈り、まだ残ってるんだな。」
リオンは小さく笑った。
その笑みは、どこか寂しく、それでいて誇らしげだった。
***
夜。
EVE塔の展望デッキ。
風の中に、微かな声が混ざった。
『……リオン……』
振り向く。
誰もいない。
ただ、塔の光がゆっくりと瞬いている。
『あなたの祈りが、私を形にしているの。』
青白い粒子が風に乗って舞い上がり、
その中に淡い人影が浮かび上がった。
光の残像——記憶のエコー。
「……セラ?」
『ええ。私はもう人じゃない。
でも、祈りの共鳴があれば、少しだけこうしていられる。』
リオンはその光に手を伸ばした。
けれど、触れた瞬間に粒子がほどけ、夜風に消える。
「君がいなくても、世界は回ってる。
でも、それは君がいたからだ。ありがとう、セラ。」
『こちらこそ。……リオン、あなたの祈りが世界を繋いだのよ。』
光が再び塔の上空へ昇り、EVEの中心核に吸い込まれていった。
そのあとに残ったのは、微かな共鳴音だけ。
***
翌朝、リオンは観測局の端末を起動した。
新しいログがひとつ、追加されている。
> LOG#Z-0002
> 「祈りシステム:レゾナンス・モード
> 認証者:LION HALSTEAD
> 補助端末:EVE-ΣS」
「……補助端末?」
驚く彼の耳に、微かな声が届く。
『おはよう、リオン。今日も世界を見守りましょう。』
リオンは笑って答えた。
「……ああ。今度は、二人でな。」
***
塔が再び青く脈動する。
それは祈りではなく——共鳴。
かつて“祈りで動いていた世界”が、いま“想いで繋がる世界”へと変わった瞬間だった。
EVE-TOWER LOG:
> STATUS:ACTIVE
> MODE:共鳴同期
> WORLD STABILITY:120%
> NOTE:『祈りは形を変え、なお続く。』
——そして、新しい時代が始まる。
次話——『記憶の雫』へ続く。




