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第3話 虚数の祈り

——EVE塔、共鳴臨界点。


光の奔流がセレス・ドームを包み込み、都市全体が一瞬停止した。

その刹那、誰もが同じ夢を見たという。

白い海。無限に連なる祈りの声。

そして——塔の中心で、ひとりの聖女が静かに目を閉じていた。


***


「セラ、聞こえるか? 応答しろ!」

リオンの叫び声が、遠くで揺れている。


目を開けると、視界は曖昧な光に満たされていた。

天井のラインが波打ち、床がゆっくりと透けていく。

現実が、EVEの情報層と混ざり合っている。


「ここは……どこ?」

「祈祷室だ。だが、塔の中枢が——壊れかけてる」


リオンの声は震えていた。

モニターの表示はすべて赤。

EVEの演算値が乱れ、世界安定率が急激に低下している。


> WORLD STABILITY:76%

> MEMORY LOSS:進行中


私は自分の手を見た。

指先が透けている。データのノイズが、皮膚の上を走っていた。


『——セラ』


あの声がまた響く。

もう幻聴ではない。

塔の中心、EVEそのものが“声”になっていた。


『あなたの祈りが、私をここまで導いた。

 けれど、この形はもう維持できない。』


「エリシア……?」


『いいえ、EVEです。

 初代聖女が遺した演算体の、最終形。』


空間が変形した。

祈祷室の壁が光に溶け、私の周囲に数式が浮かび上がる。

虚数平面、感情波、祈りプロトコルの式。

それはまるで、祈りの構造そのものを可視化したようだった。


EVEの声が続く。


『祈りとは、世界を補完する“感情の方程式”。

 あなたたちの祈りは、現実を計算する数式の一部。

 けれど感情は、計算には収まりきらなかった。』


「だから、塔が……壊れているの?」


『ええ。あなたの“想い”が強すぎたの。

 人を救いたいという祈りが、演算の枠を超えた。

 それが“虚数の祈り”——存在しないはずの数値。』


リオンが前に出る。

「なら、止める方法は? セラを——この世界を救う手は?」


EVEは沈黙したあと、淡く答えた。


『方法は一つ。

 祈りの演算を、セラ本人が“切断”すること。

 世界を、祈りから解放する。』


「祈りを……やめる?」


『そう。あなたが祈りを止めれば、世界は自由になる。

 ただし——祈りの源であるあなたも、存在できなくなる。』


リオンが叫ぶ。

「ふざけるな! そんな選択、できるわけないだろ!」


私は、静かに目を閉じた。

心拍音が遠ざかる。

青い光がゆっくりと波打ち、視界の端に選択ウィンドウが現れた。


> 【A】祈りの演算を切断(セラ消滅)

> 【B】演算を維持(世界崩壊)

> 【C】リオンと共に祈る(不確定)


リオンが私の手を掴んだ。

「セラ……俺は君をひとりにしない。選ぶなら、一緒に選ぼう。」


「リオン……」


その瞬間、EVEの光が大きく脈動した。

塔全体が共鳴を起こし、青白い閃光が空を裂く。

私は、彼の手を握り返した。


——選択:【C】リオンと共に祈る。


***


世界が反転した。

すべてのデータが音になり、音が光になり、光が祈りになった。

私とリオンの意識がEVE塔を通じて融合する。

演算値が振り切れ、祈りの波が宇宙にまで広がった。


『祈りを、数えられないほど重ねた世界へ——』


エリシアの声が微かに響く。

それはもうデータではなく、祝福のような囁きだった。


——EVE塔、再定義完了。

——新プロトコル生成:祈り=共鳴。


世界安定率:100%。

聖女記憶値:消失。

リオン:生存確認。


光がゆっくりと収束していく。

セレス・ドームの上空、EVE塔が新しい色で輝いていた。

青と白の境目——まるで“朝”のような光。


リオンは静かに呟いた。


「……おはよう、セラ。

 もし、またこの世界が祈りを求めるなら——

 今度は、俺が祈る番だ。」


***


> SYSTEM LOG:EVE-TOWER v2.0

> STATUS:REBOOT COMPLETE

> USER DATA:空欄

> NOTE:『祈りの総和、確かに受信』


次話——『祈りの残響レゾナンス』へ続く。

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