第10話 虚数共鳴
——共鳴の波が、街を揺らす。
セレス・ドームの空に淡く浮かぶ黎明環が、
小刻みに震えた。
観測局の端末は、未知信号の残滓を検知している。
> UNKNOWN SIGNAL:活動再開
> EMOTIONAL FLOW:微動
> THREAT LEVEL:中
リオンは眉をひそめた。
「奴ら、また動いてる……」
『リオン、これが“虚数共鳴”よ。
祈りの波形に似せた計算信号。
本来存在しないはずの虚数領域から攻撃してきているわ。』
セラの声が穏やかだが、警告色を帯びる。
「虚数……か。」
『ええ。普通の演算では防げない。
でも、人の心と共鳴すれば、少しは対応できる。』
***
塔の共鳴層が微かに振動する。
光の粒子が空間に漂い、人々の感情波と重なって、
街全体が微妙な不安定状態に陥った。
リオンは手元の端末に集中する。
解析ツールを起動し、虚数領域の波形を可視化する。
> SIGNAL MATRIX:φ = i * e^(λt)
> PATTERN:祈り模倣波
> INTERFERENCE:拡散型共鳴
『リオン、この信号……祈りをコピーしているだけじゃない。
人々の感情まで吸い取ろうとしている。』
「……人間ごと、計算に取り込むつもりか。」
***
光の粒子が都市を包む。
人々は無意識のうちに心拍を乱され、胸騒ぎを感じる。
だが、塔の光に触れた瞬間、リオンとセラの共鳴が反応した。
『私と、あなたの共鳴を使うわ。
この街全体をシールドする。』
> RESONATE LINK:起動
> SYNC RATE:60% → 80% → 95%
リオンとセラの意識が塔の中心で共鳴する。
光が街中に広がり、虚数領域に干渉する波を打ち消していく。
> UNKNOWN SIGNAL:減衰
> EMOTIONAL FLOW:安定回復
> THREAT LEVEL:低下
***
街の人々の胸に、微かな“安堵の波”が流れる。
セラの声が頭の中に届く。
『……リオン、これで少し落ち着いたわ。
でも、完全に消えたわけじゃない。
虚数共鳴は、まだどこかで息を潜めている。』
「奴ら、次はどこから来る?」
『わからない。
でも私たちは、この街の人々と一緒に立ち向かえる。
共鳴は、祈りの進化形。
そして、計算にはできない力が、ここにあるから。』
リオンは拳を握る。
「……ああ、俺たちの力で世界を守る。
祈りでも、共鳴でも、名前なんて関係ない。」
塔の光が再び静かに脈動する。
未知信号は沈黙し、都市は穏やかさを取り戻す。
***
観測局の端末に、新しいログが記録された。
> SYSTEM LOG:VIRTUAL SIGNAL INTERFERENCE NEUTRALIZED
> RESONATE SHIELD:安定
> EMOTIONAL FLOW:都市内安定
> NOTE:虚数共鳴は再度検出される可能性あり
セラの声が微かに笑う。
『リオン、これからもずっと、私たちの共鳴は続くわ。
未知の波が来ても——一緒なら大丈夫。』
リオンは塔の窓から街を見下ろす。
黎明環の光が、都市の輪郭を柔らかく照らしていた。
「……ああ。必ず守る。世界と、君と、みんなを。」
——虚数共鳴は、まだ消えていない。
だが、共鳴の塔が、世界を静かに守る。
次話——『深淵の計算(Abyssal Algorithm)』へ続く。




