4 私、お父様を捨てて良いですか?
「一体何の騒ぎなの?」
メラニアが腕を組みながらラデッシュに尋ねる。ラデッシュは目に涙を浮かべながら、メラニアに駆け寄って訴えかけた。
「お姉様が……私を泥棒だと言って罵ったのよ。このネックレスは自分の物だって言いがかりをつけて、私から奪い取ろうとしたの!」
器用なものでどうやら彼女は涙を自由自在に操れるようだ。
「言いがかり? 貴方、気は確かなの? それは今日、私の着ているこのピンク色のドレスに合わせて一緒に届けられたものよ。だいたい貴方の今日着ているドレスは水色、そのピンクのネックレスとは全然色が合っていないじゃない。誰がどう見ても可笑しいでしょう?」
私がそう言って反論すると、ラデッシュは涙を流しながら今度は父に縋りつく。
「義父様、義姉様はこうやっていつも私に罪を擦りつけようとするんです」
すると、今度はメラニアが父に縋りついた。
「あなた、私の娘を泥棒扱いするだなんて幾ら何でも酷すぎますわ。この子はいつもそう。自分が高貴な生まれだからって、平民出身の私達を見下しているんです。でもね、このネックレスは確かに以前私が伯爵夫人の予算を使って、ラデッシュに買い与えたものです。ねぇ、あなた、信じて……」
嘘八百とはこのことだ。私は呆れながら、また言い返した。
「だったらそのネックレスをお祖父様達の前でもつけていられるの? それが本当にラデッシュの物だと言い張るのならずっとつけていられるはずよね?」
私のこの言葉を聞いたメラニアは、流石にこのままでは不味いと思ったのだろう。いきなりハラハラと涙を流したかと思うと、助けを乞う様に父を見つめた。本当に親子揃って女優にでもなれば良いのに……。その様子を見た私はまた、心の中で悪態をつく。
だが、このメラニアの涙を見た父は、迷わず彼女の肩を持ち私を咎めた。
「アイリス良い加減にしなさい! お前は何故いつもそうなんだ!! 自分の妹を泥棒扱いするなんてとんでもないやつだ。ラデッシュとメラニアに謝りなさい!!」
……ああ……またか……。
この状況でもやっぱり貴方はその二人を庇うのね……。
私の部屋の前……。
ドレスとは全く違う色のネックレス。
そして父だって今日私に侯爵家からプレゼントが届いた事は知っているはずだ。
それでも私の言う事は信じては貰えない。
いや、違う……。信じていないんじゃない。分かった上であえてこう言っているんだ……。
私を悪者にする。それが一番、この場を収める楽な方法だから……。
失望した私はそれでももう一度父に反論した。
「何故私が二人に謝らなければならないの? それは今日届いたばかりの私へのプレゼントよ。だいたい伯爵夫人の予算っていくらあるんですか? お父様はそのネックレスがそんなに簡単に買える値段のものだって思っているの? それに、だったら何故ラデッシュはここにいるの? この先にあるのは私の部屋だけよ! 少し考えればどちらが嘘を吐いているかなんて簡単に分かるはず。ねぇ、お父様お願い。目を覚まして下さい!!」
祈る様な気持ちだった。
でも、私のこの言葉を聞いたメラニアが、また父に涙ながらに訴えかけた。
「ねぇあなた、聞いたでしょう? この子はこうやって何時も私達を元平民だからお金がないと言って馬鹿にするんです」
どうしてそう言う解釈になるんだ。私は怒りで手のひらを握り締めた。
「私はそんな事、一言も言ってない! ただそのネックレスが私のだと言っただけだわ!!」
私は父の目を見て必死に訴えかけた。
でも父はメラニアの肩を抱きよせると、私に向かって今度は大声で怒声を浴びせた。
「アイリス、何度も言わせるな! さぁ、早くメラニアとラデッシュに謝りなさい!!」
「いやです! 私は間違えた事を言ってはいません! 誰が何と言おうとそれは私の物。それを自分の予算で買っただなんて。泥棒の母親は嘘つきなんですね。そんな二人を庇うお父様はとんだ道化だわ!!」
父に対する最後の希望さえ打ち砕れた私は、売り言葉に買い言葉。最後にそう言い放った。
『アイリス、お父様のことをお願いね……』
母は亡くなる前、私の手を握ってそう言った。
でも、あの頃の父はもういない……。
お母様、ごめんなさい。
これまで頑張って来たけれど、私にはもう耐えられません……。
私、もう……お父様を捨てて良いですか……?




