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2 最後のチャンス

メラニアは最初から、生さぬ仲の私を毛嫌いしていた。


 私の母アリアは侯爵家の出身だ。だからメラニアの目から見れば、母やその娘である私は苦労して来た自分達とは違い、これまで何不自由なく過ごして来た恵まれた存在として映ったのだろう。彼女はそれが疎ましかった様だ。そして、それは母メラニアと共に我が家に迎え入れられた、彼女の娘ラデッシュも同じだった。


 その為、メラニアが我が家に嫁いで来てまず最初にした事は、屋敷中の全ての壁紙、絨毯、カーテンを代える事だった。あっと言う間に屋敷全体の雰囲気がガラリと変わっていく。全てを入れ替え終わった後は、もう母のいた頃の伯爵家の面影は全くと言っていい程なくなっていた。


 私は父に訴え掛けた。何もここまでする事はないのではないかと……。


 だが父は首を振って鎮痛な表情を浮かべながら、メラニアを庇った。


「お前はまだ小さいから分からないかも知れないが、メラニアにとってはやはりアリアが使っていた物に囲まれて暮らすのには複雑な思いがあるのだろう。お前には辛い思いをさせるが、我慢してやってはくれないか?」


 私はその父の顔を見て思った。


 そうか……。父だって辛いのだ。


「うん。仕方ないね……」


 私は無理やり笑顔を作って頷いた。


 だが、これは始りに過ぎなかった。


 気に入らないことがあるとすぐ屋敷内で暴れる。


 使用人達をぞんざいに扱う。


 ラデッシュを虐める。


 自分達親子を元平民だと言って馬鹿にする。


 軈てメラニアは何かにつけて私にそんな濡れ着を着せ、父の前で私を貶める様になった。そしてそれを証明する様にラデッシュが父の前で辛そうに涙を流すのだ。


 するとそんな彼女達の言葉と演技に、最初は私を庇ってくれていた父も徐々にその態度を変えていく。


「お前には家族と仲良くしようと言う気が少しもないのか? 何故それ程までに我儘なんだ!?」


 メラニアが父に私の事をどう報告していたのかは知らない。でも父はそれを鵜呑みにしたのだろう。いつの間にか私の言う事など一切信じず、一方的に私を叱りつけるようになった。


 そして弟ノアが生まれてからは更にそれが加速する。父はノアを溺愛し、私にはもう一切構う事すらしなくなった。


 こうして父を完全に味方に付けたメラニアは、それからというものあからさまに私を虐げるようになっていく。


 初めに私の部屋が屋敷の一番端の日当たりの悪い場所に移された。食事も家族とは別になった。母の生前から我が家で働いてくれていた使用人達は一掃され、屋敷の中はメラニアの息のかかった者達で溢れた。


 私の物は何一つ買っては貰えず、反対に私の物が次々に二人によって奪い取られいく。それは母が私に残してくれた遺品も例外ではなかった。


 現金なものであれだけ母が使っていた物を嫌っていたメラニアが、宝石や家具と言った高級品には目を輝かせていた。


 気付けば母の遺品の中で私の手元に残ったのは小さなロザリオ一つだけ。それ以外は全て取り上げられた。


 私はノアが生まれてからというもの、ドレスは愚かワンピースさえ、殆ど買っては貰えなくなったのだ。いつのまにか成長期の私のドレスは恥ずかしい程にピチピチになり、今にもはち切れそう。丈もくるぶしから下が顕になっていた。


 それを見たメラニアは「あらアイリス。貴方最近太り過ぎなんじゃないの? もっと節制しなくちゃね」そう言ってついに食事まで質素な物へと変えられた。


 家族での外出もいつも私一人だけ連れて行っては貰えない。そもそも私が外出しようとしても馬車さえ出して貰えないのだ。


 以前、あまりにもお腹が空いて歩いて食べ物を買いに外出した日は、玄関に鍵が掛けられ屋敷の中に入れて貰えなかった。


 その時は父が帰るのを夜までずっと庭で待っていたっけ。


 いくら多忙とは言え、ここまで来れば流石に父も私がメラニアに虐げられている事には気付いていた筈だ。


 でも父は何もしてはくれなかった。


 そしてとうとう昨年、伯爵家の後継が私からノアに代えられた。


 この国では長子継承が原則。女性にも継承権が与えられているにも関わらずだ。


 当時私には子爵家の次男の婚約者がいた。でもノアに後継が移った事により、私に継ぐ家が無くなったため、彼との婚約も解消された。


 そうなるともう、私にはこの家に居場所なんて無かった。


 父とメラニアとラデッシュとノア。


 私なんてまるでいない者のように新しい家族が形成されていく。


 私はこの家の邪魔者。いつも一人ぼっち。


 父は自分の留守中、私が一人になるからとメラニアを後妻に迎えた。でも今の私は、彼女が来る前よりもっと、ずっと孤独だった。


 祖父母はそんな私の置かれている境遇に気付いていたのだろう。いつしか二人にとって私の誕生日会は年に一度、私の安否を確認する場になっていた。


「アイリス、何か困ったことや辛い事があったなら、いつでも私達に気兼ねなく相談するんだよ」


 祖父母はいつもそう言って私を気遣ってくれていた。


 だがメラニアはそれさえも鬱陶しいと思っていたのだろう。


 私の成人を理由に、彼女は父に誕生日会の中止を訴え出たのだ。そうなればもう、私は祖父母に何かを訴え出る機会さえ失ってしまう。


 今でさえこの扱い。祖父母の目が届かなくなれば、今よりももっと私の扱いは酷くなるだろう……。


 そうなったら、これから私は二人からどんな目に遭わされるか分かったものではない。


 この時、私の心にそんな恐怖が過ぎった。


 その時、祖父が私の様子に気付いたのか、助け船を出してくれた。父に頭を下げてくれたのだ。


「ならば、最後に成人を迎えるアイリスを盛大に祝ってやりたい。来年まで待ってはくれないか? せめてアイリスがデビュタントボールで身につける物一式を、誕生日の祝いとして彼女にプレゼントしてやりたいんだ」


 昨年で誕生日会を辞めると言った父だったが、流石に貴族としては格上にあたる祖父母からそう懇願されると、渋々ながら頷くしかなかった。


 それから1年。


 今日がその私の最後の誕生日会の日だ。


 祖父母が来るのだ。今日は父ヨーゼフも久しぶりに仕事を休んでいる。


「今日が最後のチャンス。これ以降はもうない。お母様、お願い。私を見守っていて……」


 私はそう呟くと、胸にかけられた母の遺品のロザリオを握り締めた。


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