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19 ヨーゼフ⑩ 子供のことを考えるのなら

メラニアとて元は王宮で働いていた文官。文章課がどんな所か知っていたのだろう。


 彼女は震える声で問い掛けた。


「そんな……どうして……。どうしてそんな新人がする様な仕事を貴方がしなければならないの?」


 だが今の私には、彼女のその問い掛けさえ不快に感じる。


「どうしてだと? 理由なんてお前が一番よく分かっているだろう? 侯爵家を敵に回したんだ、当然だろう!? 誰のせいでこんな事になったと思っている? 自分のしたことをよく考えてみろ。王妃に言われたよ。侯爵家と私。天秤にかけて侯爵家を選んだと。裏を返せば、侯爵はそんな選択を王家に突きつけたと言う事だ。この意味が分かるか? 侯爵家の我が家への怒りは、それ程に深いと言う事だ!!」


 するとメラニアは侯爵家に対する憤りを口にした。


「権力にものを言わせてそんな事をするなんて酷いわ!!」


 自分の非を認めようともしないメラニアのこの発言に更に怒りが沸く。


「酷いだと? どちらが酷いんだ!? 大切な娘の残したたった一人の忘れ形見を虐げ、まともに食事すら与えない。それに加え、娘が孫に残した遺品まで無理やり取り上げ、あろうことか勝手に売り払った。一度売られた物などそう簡単には見つからない。もう二度と取り戻せないかも知れない。そんな事をされれば、侯爵夫妻が怒るのは当然だろう!?」


 怒りに任せ声を荒げる。


 すると目の前のメラニアは、怯える様な表情を見せたあと、またポロポロと涙を流した。


「酷いわ……。貴方は私より侯爵家を庇うのね……私は貴方の為に怒っているのに……」


 またこれか……。


 私は辟易した。


 泣けば全てが許されると思っている。だがメラニアにそうさせたのは私だ。


 煩わしさからきちんと彼女に向き合って来なかった……私の責任なのだ。


「私のため? 違うだろう!? お前が怒っているのは自分が宰相夫人になれない事に対してだけだろう? だがな、その結果を招いたのは誰だ? ただ酷い酷いと繰り返し、侯爵家を非難すればこの結果が覆えるのか!? そうじゃないだろう?」


 私は言い聞かせるようにメラニアにそう問い掛けた。だが、メラニアに私の思いは届かなかった。


「だからっていくら何でも酷すぎるわ。そうだわ、そんな事よりお給金はどうなるの?」


 そんな事だと……?


 メラニアはこれだけ言ってもまだ、自分の非を認めようともしない。


 それどころか、さっきまでの涙は何処へやら。今度は金の事を言い出した。


 私は怒りに震えながら答える。


「給金はその役目の重要度を考慮して割り振られる。お前の言うように、文章課は新人が配属される部署だ。当然給金も新人並みになるのだろうな」


 その私の答えを聞いたメラニアが、また大きく目を見開いた。


「そんな……困るわ。この家の家計はどうすれば良いのよ?」


「困る? 何故だ? 収入が減るのならそれに応じた暮らしをすれば良いだけだろう? 事実、私が補佐官になる前も屋敷の家政は回っていたぞ。それとも何か? 男爵家に渡す金がなくなるからか? だがそれならもう気にする必要はない。私は全てを知ってしまった。もう男爵に口留めする必要はない」


「えっ?」


 メラニアの視線が私を捉える。


「嘘つき。アイリスはお前にそう言っていたな? その言葉通り、お前はずっと私を騙していた。自分が嫌になるよ。お前の吐く嘘を信じ、大切なものを全て失った自分自身がな!」


「……っ! ちょっと待って、あなた。これには理由……そう! 理由があるの。私は……「もういい」」


 その言葉で、私が本当に全てを知った事を悟ったのだろう。メラニアは途端に焦り出し、必死に言い繕おうとした。


 だが私は彼女の言葉を遮った。


「そんな言葉……どれだけ聞いても、どうせまた嘘なのだろう?」


 彼女の顔色が変わった。


 メラニアはいきなりガタガタと震え出し、泣きそうな目で私を見た。


 私はそんな彼女の目を見て告げた。


「メラニア、私と離縁して欲しい」


「えっ? 離縁……? い……。嫌よ! 貴方と離縁したら私はどうしたら良いの? 仕事だってやめたのよ。どうやって生活していくのよ! それにノア……。そう……ノアはどうするの? 」


 結局、最後まで彼女は私を失望させた。


 メラニアはまた、ノアを引き合いに出し私を引き止めようとしたのだ。


「心配するな。ノアは私が引き取り後継者として立派に育てあげる」


 何時ものようにノアの名前を出しても私が動じないからか、メラニアが突然騒ぎ出す。


「嫌よ! ノアは私が産んだ子よ! 貴方には絶対に渡さないわ!?」


「そうか? だったらお前はノアの未来を潰すのだな」


 私はそう言って、メラニアが売ったアリアの遺品の計算書をテーブルの上に置いた。


「これはお前が勝手に売り払ったアリアの遺品の査定額だ。侯爵家はこれをお前に返せと言っている」


 その私の言葉を聞いたメラニアが慌てて書類を手に取り、呆然とする。


「……こんな……こんな金額……返すなんてとても無理よ……」


「ああ、だから侯爵は20年の分割で良いと言った。私は何度もお前に言ったはずだ。アリアの遺品は必ずアイリスに返すようにとな。だがお前は私に嘘を付き、勝手に遺品を売った。だから予め言って置く。私はこの返済に手を貸すつもりは一切ない」


「そんな……そんな……」


 メラニアはそう何度も口にしながら、両手をテーブルに置いて体を震わせた。


 私はメラニアに諭すように声を掛けた。


「言っておくが返済から逃げられるとは思うな。侯爵家はそんなに甘くはない。お前が金を返さなければ騎士団にお前を訴え出るそうだ。そうなればお前は罪人。ノアもラデッシュも罪人の子になってしまう。なぁ、メラニア。もし本当にお前が少しでも子供の事を考えるなら、黙って私と離縁し侯爵家の意思に従って欲しい」


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